1-18【ノルベルト】興味
普段は少し面倒だと思うお茶会が、今日ばかりは楽しみだった。
いつも過保護な父上に囲い込まれている母上がたまに大勢と距離も近く気楽に話せる機会……というのがこの二ヶ月に一度催されているお茶会で、それなりの年齢の僕と弟は「だって令嬢達も気合い入れてくるから華やぐんだもの……!」という理由で駆り出される。
大人には夜会という社交もあるけれど、母上は重要なもの以外ほとんど不参加……眠いらしい。それでいいのだろうか……。
やっぱりレイは……ラクエルはからかいがいがあって面白い。
僕はほぼ王になると確定しているから、どうしても権力の匂いを嗅ぎ分ける強かな令嬢達のあざとい反応ばかり見せつけられる。
そこはにこやかに応対するくらい訳もないけれど、後からため息の一つもでる。
ラクエルの、あの「会いたくなかった……!」という嫌悪感がまるごと顔に出てるのがたまらなく良い……!
こんなに嫌がられるのは初めてで僕は楽しくてたまらない。
甘ったるい菓子ばかり押し付けられているところへ『食べれるものなら食べてみろ』と出される激辛メニューのような珍妙さ。あるいは、程よい苦味のコーヒー。
母上に呼ばれて紹介された時もどう話を持っていこうかわくわくしながら思案した。
……マリウスまでついて来たけれど。
マリウスには『妹が可愛い』という話を腐るほどされていた。
そもそもマリウスはクールで澄ました容貌に似合わず、小さくて癒やされるとか、眺めていて飽きない──要は可愛いモノに目がない。
マリウスに取り入ろうとする令嬢は彼の横に立つためにということだろうが、大人びた雰囲気で迫っている。
知的な女性をアピールしたりもしているが……知性なら自分が持っているからいらないと思っているのがマリウスだ。
……マリウスは見た目にそぐわず『可愛い』が正義の男なのだ……。
それでと今日、マリウスの妹であるラクエルを見れは大人っぽいドレスを着てきていた。
おや?っと思ったが、多分、マリウスは……背伸びしちゃう行動を指して『可愛い』ともだえるんだろうな。
赤ちゃんの頃から見て育っているからってのもあるのかもしれない、親バカならぬ兄バカだろう。
ラクエルは……大図書館で会った時から少し不思議な子だった。
あの子がマリウスの妹ラクエルだとわかると少し納得もしたが。
ラクエルは八歳の時にお披露目パーティーをして顔を見せて以降、表には出ていなかった。(これには僕と弟は呼ばれなかったけど……)
そのことで様々な噂も上がったが、マリウス曰く「気の合う友人が見つかったから社交はもういいと言われた」らしい。それが許される筆頭公爵家、たいがいではあるが……うちの母上の件を持ち出されると何も言い返せない。
今日も最初からラクエルは二人の友人を連れ歩いていた。
伯爵令嬢と男爵令息……興味が湧いてこっそりと風魔術で音を拾おうとすれば遮断された。
ラクエルか、友人二人のどちらかが王城にあって障壁を張っている……。
無理に聞き出すのはやめようと風魔術は引っ込めたけれど、笑ったりムッとしたり、親しい友人とリラックスしている様子は見ていて、やはり他の令嬢とは違う何かを感じてしまう。
大図書館で話したときも、しょっちゅう高位貴族の仮面が剥がれて庶民のような話し言葉になっていた。
あれは、庶民に紛れてお忍びしているのかもしれないと思わせるには十分だった。
八歳から四年間、公爵家の令嬢なのにとても自由に暮らしているんだ……。
それが僕には珍しく、羨ましいものに思えた。僕の場合、お忍びに十人も護衛がついて回るから週にニ〜三回が限界だから。
──それ以上の興味がまた湧く出来事も起きた。
会話を楽しんでいたところで、縦揺れと瘴気の流出……王国騎士団敷地の地下にある魔孔の封印が緩んだのだとすぐに察した。
五百年前は当たり前だった。まず瘴気が流れ、次に魔獣が現れる。
瘴気は人の動きを著しく阻害する。
まるで瘴気のある世界で人間など生きられないのだと突きつけるような……。
前世で魔王のいた五百年前を生きた経験のある僕は、真っ先に避難を優先させる。
さらに一番の地揺れがおこる。縦横ぐるぐる揺れ続けた。人によっては酔うレベル。
この濃度ならまだ王族や聖水の用意のある者はいいが、聖女もいないのにもっと濃い瘴気が流れてきたら対処しきれない。
瘴気に対して、僕ら王族はやや耐性がある。
そこは勇者聖女の子孫という点によるところが大きい。女神の加護が薄らぎつつもしっかり残っている。僕の場合はそれがより強く出ている。前世で直接、女神から加護を与えられた経験があるからかもしれない。
あとは、とある古代魔法が瘴気を和らげると一部に知られている。古い魔法で詠唱内容の意味はわからないが、発動して瘴気が減るのだから必要があれば使う──。
「………………ラクエル嬢は平気?」
「え……あ、いえ……なんか、く、くるしいなー↑?」
なんだろう、この可愛さは。
瘴気なんて全然気になりませんってのが見え見えだ。
なんで平気? なんで隠す?
何がある?
考えて、あれこれ聞き出したいところだったけれど、我慢した。
すぐにラクエルの友人達が来て──騎士団演習場で爆発がおきた。一気に吹き出す瘴気。
魔獣だ……魔孔から魔獣がきた……!
「…………」
正直に言えば焦った。
何せ、前触れから本揺れまでが短過ぎる……召喚が速いということで……。
──これは封印が緩んだんじゃない。
誰だ!?
誰かが意図的に『何か』を召喚した。それ以外考えられない。
魔孔からは尋常ではない量の瘴気が流れてくる。
不可視の瘴気だが、雲の塊が解き放たれたかのように王城内に一気に広がったことだろう。
女神の加護によって王城は結界に包まれているが、内側に瘴気が湧いてしまったら……密閉空間に煙が充満するのに任せているようなものだ。
避難しかない。
人間には女神の加護であるこの結界をどうこう扱うことなど出来ないのだから。
あとは『何かを』迅速に倒す……!
ラクエルはマリウスや友人達に任せ、演習場へ急ぐ。惜しみなく風魔術を無詠唱で発動して移動した。
騎士団演習場は、地面がデコボコに荒れ果て、あちこちに演習からそのまま対処に当たったらしい軽装の騎士達が横たわっていた。
演習場の端の木陰から一人、鎧を装備した騎士が駈けてくる。
「ノルベルト殿下!」
「──何がきた!?」
「わかりません……! 龍亜人かとは思いますが何せデカい……! それに第二魔術師団が到着後、対魔獣攻撃魔術を放っていますが全然効きません……!」
「……大きくて魔術の効きが悪いのはだいたい古代種だ……厄介だな!」
五百年前でもほとんど遭遇しなかった、古龍亜人なら幹部クラスだろう……、聖女無しでやれるのか……?
「騎士団長は!?」
「陛下へ遠征結果を報告に伺っておりましたから、そのまま陛下のところかと」
「わかった、第二魔術師団は僕のところへ集めろ。ここには騎士団は何隊残ってる? 指揮は今誰だ??」
「第四、第六が演習中でした。位置から第六が残り、第四が装備を整え戻っているところです。私は第四騎士団副団長メイノ・ブルスです。第四騎士団団長は初手により負傷して医務室におります。また、第六騎士団団員の大半が……」
「なるほど、その辺に転がっている騎士達だな……くそ、足りないな」
その時、大音量が響き渡る。
『魔゛王゛ー゛ざ゛ま゛ぁ゛ー゛ー゛!! あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ー゛ー゛ー゛!!』
思わず両手で耳を塞ぐ。
──魔王軍は、魔王を中心に深く繋がっていた。その連携連帯にはどれほど苦戦を強いられたか……。
舞い上がっていた土煙がようやっと収まり、大型魔獣の姿がはっきりしてくる。
魔獣は演習場のど真ん中、僕は演習場前で眺める距離だ。ただ、やはり並の魔獣より遥かに巨大……距離があるようにはあまり感じられない。
無意識に少しジリっと下がる。
「伝達は僕が魔術で担うから君は第四第六騎士団をまとめろ。君より上の者が現れても君がやれ。僕が直接魔術で君に指示を出す、そのまま答えたら僕には聞こえる。このノルベルトの命令だ。いけ……!」
轟音とともに木々がなぎ倒されながら、騎士数名が宙を舞う。
相手が古龍型魔獣なら、龍身の薙ぎ払いか──サイズの分、凶悪な一撃だな……。
両手を伸ばし、無詠唱魔術の緩めの大きな風で受け止め、足元に降ろしていく。五人は拾えたか……気絶してる……うーん、早く起きてくれよ?
『魔゛王゛さ゛ま゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーー!!』
両手を術の制御に使っているせいで耳が塞げない。
酷い声だな……死を呼ぶ魔女のスキル招死並じゃないか。
魔獣の号泣する声が落ち着いてから魔術に声を乗せる。
「父上、ノラだよ、大丈夫?」
『──む。無事か?』
父上からも風魔術で声が返ってくる。まるで真横で返事してもらっているかのように聞こえる。
「今はまだね。演習場にいるんだけど、増援が欲しい」
『わかった。私はたまたま騎士団総団長と魔術師団総団長といて安全なところで指揮をとっている。ソレは幹部級魔獣だと聞いたが』
「間違いないね。第四第六団がズタボロでまともに動けるのがほとんど残っていないと思う。瘴気を発生源でくらって動けなかったんだ……。前線は現場判断で第四騎士団副団長に渡したけど、数分ももたないはず。ひどい瘴気だよ」
『うむ──うむ──総団長らの指示で合同遠征帰還後、荷解きしていた第二騎士団八百名と第三魔術師団半分二百名を回した。ノルベルト、そなたが使え。瘴気については第四魔術師団以下全員を瘴気緩和古代魔法に当たらせた。これから第一騎士団、魔術師団が地下で封印を重ねる。魔獣が返還されるまで耐えられるか?』
「…………父上……また無理難題を……」
『──頼むぞ』
「……なんとか、しのぎましょう」
ため息まじりに告げてお互い風魔術を切る。
瘴気は濃く、胃の腑を焼いてくるような不快さだ。多少の耐性があってこれは……。
見上げた魔獣の姿が完全にはっきりした。
頭部だけで馬車の客車くらいのサイズ、ギトギトにぬめったように見える紺色の髪を上半身にまとわりつかせた、半分人型で下半身が長く太い蛇のような魔獣。
青黒い顔色で、涙を流し続けている……本当に死を呼ぶ魔女じゃなよな……?
「さて……やるか」
簡易召喚術で自室に置いていた杖を手に呼び出す。
十二歳の誕生日に強請りに強請った杖──五百年前の魔王討伐を成した初代国王たる勇者と初代王妃の聖女が率いたパーティーの魔術師が使ったという杖…………最後、魔王の顔から仮面を剥ぐに至った杖。
クルクル回して扱えば実に手馴染みがいい。
名前はない。
僕の杖だ。




