1-16【ラクエル】人間には魔獣
ひぇー!
お姫様抱っこで走られると、揺れが! 私自身が軽くてポンポン跳ねるってのもあるけど、何故全力疾走よ!?
ああもう、言ってたね!? 風魔術得意って! これ風魔術付きのダッシュかー!!
必死でノルベルトの首にしがみつく。
ああああ! 人間の身体もちゃんと鍛えておけばよかったー!!!
それはそれとして──ノルベルト、魔孔って言った? 魔孔、閉じてないの??
「退避!! 騎士は来ているか!? 近衛も子供たちや令嬢を優先して馬車置き場へ! 急ぎ城外へ脱出させろ!!」
ノルベルトが走りつつ叫んでいる。
風魔術が得意……とのことでこの声まで風に乗せて遠くまで運んでいるみたいだ。いわゆる拡声器モード。
現場騎士は弾かれたようにノルベルトの指示通り動き始めるが、地揺れに表へ出てきた文官なんかはキョロキョロしているだけ。人によっては大袈裟な……と首を降っている。
実際、地面が揺れただけのいま、差し迫った危機はないように見えるからだ。
「城から出ろ! 退避!! 母上! 聞こえたら全員連れ出せ!!」
母親に命令してるし……。
父親──王はいいのか? と思わなくもないが、王には優秀な側近がついてるのかも。
文官たちは様子を見てまた屋内へ戻っていく。おいおい……それはまた……。
──魔孔が開いたんなら、ノルベルトの対応が正解なのに。
動けなくなる前に避難……魔王がいる時代なら基本中の基本だ。
封印とも言っていたから多分、魔王軍が前世で使っていたものを潰していないんだ。
魔孔は使い方次第なのは間違いがないから……。でも多分……。
二日前、大図書館で読んだ。
この王城は、先の魔王城跡に建てられている。前世の私が死んだ場所だね。
女神を討つ気で気合い入れまくった魔王城には、地下に巨大な魔孔を開いていた。
魔孔──実際の穴ではなく、直径で百メートルを楽に越える魔法陣、転移召喚魔法陣だ。
その魔法陣で各所に散っていた協力関係にある異亜人を召喚したり、休憩所に送ったり、負傷兵を遠隔地に作った夜戦病院に届けたりしていた。
魔王城はただただ迎え撃つ要塞で、魔王軍本体は別の場所で休みつつ、随時補給される物資で籠城してたんだよね。
女神人間側からしたら延々と敵が湧き続ける城──ダンジョンにみえただろうけど。
数百人単位を一度に転移出来る門みたいなもの。しかも、動力は地中深くのマグマから原初魔素を吸い上げていて、転移にかかる魔力は最小限で済むというスグレモノ。
作ったクインシーすげぇ!
──そうかぁ、魔孔の上に城作っちゃったかぁ…………わかる……!
だけど、魔王を倒しはしたものの、いつ異亜人が入ってくるかわからなかったろうに。いや、だからこそ「封印」しながら使っていたんだろう。
下っ端らしき騎士達が右往左往、文官やらが「さっぱりわからない」という顔をしているところを見ると、魔孔はノルベルトのような王族、上層部のみで運用していたのかな。
またいきなり大きく縦に揺れ、ノルベルトは一歩ダンッと足を踏み出して耐えた。
「ごめん、大丈夫?」
「…………はい」
距離が近い、イケメンが目の前……腹黒じゃなかったら眼福なんだけどなぁ。
気遣ってくれる余裕もあるって本当に十四歳だろうか? すごいな、さすがヒロインちゃん達の敵、堂々と立つ悪役ポジション。
……ひきかえ、私、情けなくないか?
まだ魔王モードになれないから女神に見つかるわけにはいかない。
索敵オン結界の張られた王城で私の魔力──魔王の力は使えない。
遠隔地からクインシーの結界魔術を張ってもらい初級魔術は使っても大丈夫らしいけど、出来れば使いたくない。
女神の城の結界を超巨大バルーンと例えるなら、私はその中に放り込まれた水風船。割れたらすぐに漏れ出してバレバレだ。
バレたら即、女神の従者、真っ白く光る有翼人──私達が天使と呼ぶバケモノ軍団がやってきてしまう。
あいつらは人間のままじゃまるで歯が立たない。
現状、普通に人間に転生する私は魔王モードになれない。
元々が人間ではないアイリ達、サシャやクインシーは魔形態で生まれ変わって人間のフリをしているだけだから前前世、前世から引き続き、地続きの魔形態になれる。
実は、言うなれば、魔王の私と魔獣部隊を除く魔王軍はほぼ全員、強くてニューゲーム。
私も人間の体が出来上がれば引き継ぎゲームになれるんだけど、十二歳じゃまだ……だから、今は女神側にバレたらいけない。
──というわけで、馬車置き場・広場に到着。
避難してきた人達、王城から出ようとする茶会招待客達が一度に集まっていて酷い混雑だ。
人波かき分けかき分けノルベルトが叫んだ。
「マリウス! 着いてるか!?」
……なるほど、お兄様と合流するのに呼んでおいた?
ノルベルト、魔術師団長クラス楽々超えてるなこれ。
二日前につけられたという追跡魔術も無詠唱かつ魔力探知妨害の二本立てでやってくれちゃってる。
そんなの、女神の加護を受けた勇者パーティーに入るくらいの魔術師でないと見ないレベルだ。
乙女ゲームキャラというのは攻略対象じゃなくてもすごいんだな。いや、ゲームの方の悪役令嬢は魔力もないし残念ポンコツだけど……。わ、私は違う……はず!
「ラクエル!! ノルベルト!」
人波の間からマリウスお兄様が飛び出してきた。
「マリウス! ラクエルも外へ。母上達は?」
「みんなもう先に出た。馬車置き場の広い大公園や観劇場に散らしている。その辺は第三魔術師団が仕切りに入ってくれて王も把握済みだ」
「わかった。マリウス──」
その時、一際大きく縦横に揺れた。時間は数分だっただろうけど、何が起こるのかわからない人には長く感じたことだろう。
はー……懐かしい感覚……。
魔孔からは濃厚な魔素が溢れだしているようだ。
この魔素ならわかる。古龍亜人種だ。長寿だから顔見知りかも。誰が来るのかな。
右腰のポケットがもぞもぞしだした。神獣も気付いたんだ。
女神から迫害されていた人間以外の各亜人部族──魔獣部隊はララの管轄だったもんね。ララの気心知れた部下の誰かかもね。
ラストの地震で辺りに無色透明無味無臭の原初魔素が広がった。
周りで、バタバタと膝をつく人が出てくる。
「あ……ぐぅ……」
「……はっ……はっ……くるし……」
「息が……」
「タスケ……テ……なんなの……重……」
「……なにこれ……」
目の前でもマリウスお兄様が眉間に皺を強く寄せている。
「くっ……なんだこの重い空気は」
「瘴気だ……! 何かが来た……!」
「何か??」
「……魔王もいないのにこの瘴気……、五百年前の幹部の生き残りかもしれない」
私は……ノルベルトを見る。
──詳しすぎないか? なんで瘴気出てもケロッとしてる?
ノルベルトもあの時代を調べたと言っていたけど、確かに彼はあの時の勇者聖女の子孫だけども……。
並の人間なら立っていられない原初魔素──人間の言う瘴気、すぐにわかるものかな?
そこらの天然の魔獣を狩ったことがあるにしても、あいつらの瘴気はごく僅か……優秀にしても行き過ぎてる。
──違和感がある。
ついジッと見上げていると、ノルベルトが気付いて見下ろしてきた。
「ラクエル嬢は……平気?」
「え……あ、いえ……なんか、く、くるしいなー↑?」
咄嗟で棒読みかつ疑問になった気がする……自分で嘘臭すぎて顔を逸らす。
私が瘴気──原初魔素をつらかったり苦しいわけないじゃんか、魔王の魔力もそっち寄りなんだから、むしろ漲るよ、溢れるよ! 困る……!
マリウスお兄様は手で胸を押さえて短い呼吸を繰り返している。
これ真似しとこうかな……?
「ラクエル様!」
「おじょ──ラクエル嬢!」
走ってきたのはアイリとサシャだ。ナイス!
ノルベルトの気が逸れた一瞬でお姫様抱っこから脱出した。
ほぼ同じタイミング──。
地響きとともに王城敷地内、南西の方で地面がボコんっと吹き出した。
地下から出てきたのだ──。
土煙がもうもうと舞い上がり、夕方手前の太陽がそのシルエットを縁取っていた……。
サイズは三階建ての建物分はある。
ズルリと飛び出してきたのは上半身が人型、下半身が長龍身(蛇)の巨大な古代種。
うねる長い髪を翻し、頭部には白いリングを巻きつけ、真っ赤な目をしている。
それは天空に大きな口を開いて吠えた。
あ! あれ──エキドナかな?
久しぶりー!!
前前世(千年前)で生まれた子で私もご飯あげたなぁ。前世(五百年前)では成体になっててたくさん力を貸してくれて──。
『く゛あ゛あ゛!! 死゛ね゛! 死゛ね゛っ!! ニ゛ン゛ケ゛ン゛と゛も゛め゛!! 女゛神゛の゛加゛護゛に゛オ゛ド゛リ゛ク゛ル゛う゛オ゛ロ゛か゛も゛の゛と゛も゛!! 魔゛王゛さ゛ま゛は゛と゛こ゛た゛!? ワ゛か゛魔゛王゛さ゛ま゛ヲ゛か゛え゛せ゛ぇ゛え゛え゛!!!』
………………。




