1-15【三人称】不可避お茶会 顛末
「…………っ」
ラクエルはつんとそっぽを向いて黙秘するくらいしかできない。相手が悪い。
「あの分厚い5冊をあんなに早く読み終えてしまうような賢い君なら、僕の言いたいこともわかるよね?」
にっこりと微笑んでいるからタチが悪い。
「…………何のお話かわかりかねます」
「普通はバレないし。再会しないように気をつけるし、間隔が開けば髪や瞳の色が違うと似た人だったかな? と思える話なんだよ。あんな場所で会うはずがない、とかね」
「…………」
ノルベルトはクスッと笑う
「もう少し言おうか?」
「……」
「第三身分以上が出入りする図書館内では確かにバレてしまうかもしれない。けど、逆にあそこは身分をわきまえてくれる場所だから大きな問題にならない。僕らより低い身分の者は察して気付かないフリをする。顔立ちでわかってもサンストン卿みたいにね」
「…………」
サンストン卿は変装したノルベルトを呼ぶのに「でん……でん…」と殿下と言いかけては頑張って引っ込めていた紳士だ。気付いてませんよと必死で装っていた。
「庶民は……すれ違ったって彼らは僕らを庶民だと思うはずだよ。魔力の豊富な貴族は様々な髪色だと知っている。庶民が変装魔術を見破ることはまずないから、彼らの目には僕らが変装魔術通りの茶髪に見えていた。魔力の低さでオーソドックスかつ一般的とされている茶髪に見えていると貴族という枠組みから外してくれる」
「…………」
ラクエルはその通りだと頷きたいのを我慢してそっぽを向き続けた。
「庶民相手なら例え顔立ちで覚えられたとしても二度とすれ違わないに等しいから気にする必要もない。で、これらは──」
「……」
「片方だけが変装していた場合だよね?」
ノルベルトはにっこりと微笑んだ。
「お互い変装してお互い気付かないふり……さすがに、ねぇ、レイ、ここまできて知らないふりは出来ないよね?」
ラクエルはハァと息を吐き出す。
「──むしろ、隠す気無しなんですね? お忍びだったのでは? 会って二日後に再会しちゃうとか……」
「半年後一年後でも僕は気付いたと思うよ? 変装した君も僕も自分達で言うのは何なのだろうけど、目立つ顔立ちだしね?」
ひと目見たら恋に落ちる、忘れられない美形二人だ。簡単に記憶から消えてはくれないだろう。
ラクエルはだからこそフードのある服を選んでいたのに、建物の内装を仰ぎ眺めて顔を晒したのは迂闊にもほどがある。
「……やっぱりお茶会なんて来るんじゃなかった……」
がっくり肩を落とすラクエル。
ノルベルトはふふふと笑っている。
「そもそも、昨日の段階でわかっていたけどね」
「え?」
「君の髪を撫でたこと、覚えてる?」
「そういえば……」
あの時は疲れたと愚痴るラクエルを下の兄弟のいるノルベルトが慣れた手付きで慰めたのだと思っていた。
「追跡魔術をつけさせてもらったんだよね」
「──はぁ!?!?」
「気付かなかった? この髪色の通り、緑魔術──つまり、風と木々の魔術──風追尾が大得意なんだ」
「…………」
それは完全なる油断。
日頃からアイリに『人間風情』と聞かされて『人間にしてやられる』なんて発想がなかったせいとも言える。
「僕が護衛にってつけた騎士も四人全員撒いて、魔術でどこに帰るのかと思えば公爵邸なのだからビックリしたよ。確かに、弟の集めた絵姿に君の絵は無かった。逆にね、最新の絵がないから顔を知らない令嬢……となると、君だけだったから、一昨日のうちに仮定、昨日確定してたんだ。君が今日コソコソしてたのは……面白かったけどね」
「…………」
ラクエルは絶句するしかない。
人間だから、まだ十四歳だからと舐めきっていた。
前世で知った作中作ゲームや物語で性格や能力は大体把握しているから、未来ならある程度知っているから……そんなものはアドバンテージになり得なかったことを認識する。
「…………それで……ノラは──ノルベルト殿下は何をお望みなんです?」
「──何も」
「何も?」
「むしろ僕は脅迫も交渉もするつもりないよ?」
「でも」
「変装のお忍びはお互い様だったじゃないか。あえて言うなら──」
ノルベルトは腕を組んで視線を上げ、考える素振りを見せ……──。
「ちゃんと安全に送りたかったなぁ」
ラクエルをチラリと見やる。
「…………」
眉間にシワを寄せることしか出来ないラクエル。
「だから、図書館に行きたいなら僕に声をかけて? それで一緒に行けばいい。何なら王城に訪ねておいでよ、城の図書室の蔵書もなかなかのものだよ?」
腕を解いて提案してくるノルベルトに、今度はラクエルが腕を組んで首を傾げた。
「…………なんで?」
「なんでって?」
「安全に移動しろって話なら今度からは侍女連れてくし、王城の図書室なら城にお勤めのお父様を訪ねるから問題ないんだけど」
「あー……そうくるかぁ」
「私にはノルベルト殿下が何をしたいのか理解できないんですが」
「うん、ラクエルの言いたいことはわかるけど……そうかぁ……じゃあ」
その時だ、地面が縦にズドンと大きく揺れた。
「っわわ」
「──っ」
城の結界で魔術も初級以外使えず、人間のふりのままだと筋力も足りない。ラクエルは安全のために座り込もうとした。
グラリと傾いだラクエルをノルベルトはギュッと抱き込むように引き寄せた。
次に空気がどんよりと重苦しく沈む。
「──魔族の気配だ……大きい! 地下、魔孔か。封印が緩んだな」
瞬時に状況を把握するノルベルトだが、その小さな呟きはラクエルにも聞こえた。
「魔孔……? 封印?」
「ラクエル、失礼するよ」
そう言うとノルベルトはラクエルをお姫様抱っこで抱き上げ、まだ余震の続く庭を駆け出した。




