1-14【三人称】不可避お茶会 曼珠沙華
「………………」
「………………」
二人してやや目を見開いて見つめ合ったその間を、まず王妃が勘違いした。
こそっと隣のメレディスに耳打ちする。
「メ、メレディー……これ、もしや、運命の出会いじゃない!?」
「……ゴクッ……」
「ちょっとあなた唾を飲む音が大きいわ、恋愛小説の読みすぎよ」
「いえでも王妃様、私達は大恋愛婚姻組なのでほら、知ってるじゃありませんか、このトキメキを……!」
「ええ……ええ、わかる。わかる……! でもまさか……そんな、私とあなたの子が……やだ、親戚になるの!?」
「五代前あたりの王妃様はうちの家門からだった気がしますが……そうですね、親戚……!」
「……母上、ヒソヒソヒソヒソと。聞こえてますからね。オレは認めませんよ」
「何言ってるのよ、それにノルベルト殿下のどこがダメなの? 殿下は王太子になるのはもうほぼ確定、あなた王太子殿下の義兄になれるのよ!?」
「興味ありませんね」
「まぁ……! マリウス、冷たい……ノルベルトとはヨチヨチ歩きの頃から幼馴染じゃない!」
「そうよ、でも王妃様、マリウスはラクエルをとっても可愛がっておりますから嫉妬ですわ、きっと」
「あら! ほんと~! なに、なにこの感じ……うふふー! ドキドキしちゃう!」
「…………母上方……父上や陛下にご報告致しますよ?」
「好きになさいよ、私達が仲良しなのはいいことなんだから」
「はぁ……ノルベルトも今まで浮いた話ひとつも無かったから心配だったけど、まさかメレディーが隠していたお嬢様がお相手だったなんて……」
「決まってませんよね?」
「思い出すわ……出会った瞬間にこう、全身がざわっとして、あとは頭のてっぺんからつま先まで熱くて熱くて、もう体が揺れるくらいにドキドキドキドキ」
「わかる! わかるわ、メレディー!」
見つめ合ってしまったのは不覚──ラクエルとノルベルトはそんな顔をしながら視線を外した。
「…………」
「…………あー……ラクエル」
まず、ノルベルトがにっこりと微笑んで手を差し出した。
「こちらに居ても僕らは目の前で母上達の妄想のネタにしかされないよ。西側の庭園は見た? 一緒に行く?」
「ちょっと、ノルベルト? ラクエルちゃんを独り占めする気!?」
「母上は気持ちが盛り上がり過ぎてるんです。少し落ち着いてください。それに、母上と話したがっているご婦人はあちこちにいらっしゃいますよ?」
「んん……そうだけど……」
王妃は羽扇を畳んで口元に乗せた。
「ノルベルトがエスコートだなんて珍しいな、母上方の言っていることが正しいとか、やめろよ?」
「マリウス、君が散々僕に『妹っていいぞ……』なんて言っていたんじゃないか。僕にも妹がいるのに『そうじゃない』とか言って。僕はどうそうじゃないのか知りたいんだ。教えてくれるね? ラクエル嬢?」
「えっと……その……」
しどろもどろするラクエルはひたすら帰りたい。しかし、この場で王子の誘いを容易くは断れない。
「ラクエル、オレも一緒に行こうか」
「はいお兄様……! はいです!」
即答のラクエルに一瞬だけ眉を跳ねさせるノルベルト。
「…………マリウス、君は遠慮してくれないかな? ラクエル嬢とは毎日顔を合わせているだろう? たまには譲りなよ」
「残念だが、二人きりは阻止させてもらう。当然だろう? ほら、ラクエル」
そう言ってマリウスはラクエルに手を伸ばし、ラクエルも嬉々として腕をとる。
「二人きりだなんて人聞きが悪い。西側の庭園は珍しい花も多くて人も多い場所、誤解だ」
「では王妃様、母上、しばし失礼しますね」
「まぁ……! 私が直接、王妃様に私の天使ラクエルちゃんをお披露目したかったのに……!」
「マリウス、ノルベルトだけズルいわ!」
「母上方は改めて私的な茶会でも開けば良いでしょう? では失礼します」
「マリウス! ──母上、僕も行ってきます」
「あ、ノルベルト……!」
王妃様への挨拶などそこそこに、華々しい筆頭公爵家令息マリウスと令嬢ラクエル、第一王子ノルベルトは男女男の横並びで西側の庭へのフラワーアーチをくぐった。
しばらく花を眺めて進んだ先でマリウスが花壇を指差す。
「ほら、ラクエル、このリコリスという花は東の方の国の花だよ。綺麗だろう」
「へぇ…………曼珠沙華みたい」
「マンジュ……なに?」
細い花びらが二層になって広がっている。赤や黄色、白の花が順番に植えられていた。
「花言葉、お教えしましてよ?」
そっと近寄ってきて口元を羽扇で隠しつつ現れたのはラクエルも見知った令嬢。
「ヴィオラ、どうしたんだ?」
「あら、マリウス様ったら今日はちっとも私の相手をしてくれませんのね?」
「やあ、ヴィオラ嬢。君からも言ってくれるかい? シスコンにもほどがあるって」
マリウス、ヴィオラ、ノルベルトが言葉を交わす。この三人は幼馴染だ。
十五歳のヴィオラは菫色の髪、四大公爵家のひとつの令嬢だ。
「ヴィオラお姉様、お久しぶりです」
「ラクエル、お茶会で会うのは久しぶりね、元気にしていた?」
「はい」
ラクエルがお姉様と呼ぶ理由はひとつで、マリウスとヴィオラが婚約すると内々に決まっているからだ。
「さすが王城のお庭よね、季節ではないリコリスを置いているなんて」
「今ではないのですか?」
「夏の花だから、春過ぎの今ここにあるのは、おかしいわ。となると、庭師と魔術師がつきっきりで咲かせたんじゃないかしら?」
「へぇ~~」
「ちなみに花言葉は『生まれ変わり』とか『再会』とか、色々あるらしいわよ」
「生まれ変わり!?」
「ラクエルは信じる?」
「………………私は、あまり」
「そう? 最近はロマンチックな、悲恋で死んだ男女が生まれ変わって再会、また恋に落ちる……なんて恋物語も流行っているわよ、知っていて?」
「あー……ヴィオラお姉様、申し訳ありません。私はあまり物語を読まないので」
「あら、ラクエルのお母様はたくさんお持ちよ、聞いてみたら?」
「──いえ、興味が持てなくて」
「そうなのね。ううん、ごめんなさい。そういう子がいるのは当然ね」
そこまで言うとヴィオラはくるりと回り、マリウスの方を向いた。
「マリウス様、東の庭には冬の花も咲いているって聞きましたの。ラクエルはノルベルト殿下にお任せして、私をエスコートしてくれません?」
そう言って手のひらを下に向けて差し出す。
「…………」
遠く主催者席に目配せしたマリウスはラクエルの手を外し、しぶしぶヴィオラの指先をとった。
「いつから刺客なんて真似事をするようになった?」
「うふふ。私だって気になっただけよ」
微笑み合って腕を組む二人。
ラクエルも主催者席に目を向けると──手庇をしてこちらを見ている王妃と母がいた……。
「なるほど…………」
マリウスとヴィオラが去ると周囲には誰もおらず、期せずしてリコリスの花の前でラクエルとノルベルトは二人きりになった。
「やっと話せるね?」
背後から声をかけられ、ビクッとしつつもラクエルは振り返る。
悪役ポジション第一王子ノルベルト──その事実を否応なく思い出させる笑顔で彼は立っていた。




