1-13【三人称】不可避お茶会 挨拶
すいません、予約投稿しようとしたら本日2個目の投稿をしてしまいました。
ご確認くださいませ。
基本的に、身分の低い者から高い者に話しかけてはいけませんというマナーがある。
そのおかげでラクエルは狙いのマカロンを気ままに食べることが出来た。
キッズ社交界男児に一気に顔を売ることになったオフィーリア嬢。
長いまつげにタレ目、潤んだ瞳はとろけるような甘さ。また身分の低さ故に「自分でも手が届く」と注目の的で、第二王子ウィリアムから早く離れろという念があちこちから飛んでいる。
また、ラクエル令嬢は十二歳なりの可愛らしさと少し背伸びしたドレスでもスラリと伸びた身長で着こなし似合っている。深層令嬢の噂通り、真っ白で透き通るような肌、手入れの行き届いた輝かんばかりの金髪、意志のしっかりした碧眼は吸い込まれるような強さだ。
しかし、高位貴族の公爵令嬢のラクエルに話しかけられる者はいない。
ラクエル令嬢の周りには既に二人、開式前からにこやかに話す相手は伯爵家令嬢三女に男爵家次男。
お気に入りを侍らせているとして「ラクエル嬢は身分の区別なく話せる気さくな方かもしれない……!」と思わせるには十分で、綺麗系が好きな男児、また取り入りたい女児が何人も周りをうろつきチラチラ様子を伺っている。
「……ねぇ、アイリ、話しかけなきゃだめ? なんか周りに人が増えてきたわ」
「不要です。魔お……ラクエル様は気にされず、無邪気に振る舞われるのがよろしいかと」
「無邪気……とは? 本来の私が何歳だと思ってるの? 子供じゃないんだから無茶だわ……」
「でもお嬢、ほら、頬にカスついてるぜ」
そう言ってサシャはアイリの頬に一瞬触れ、離れた。
「取れた。その隙が無邪気ってやつだな」
ニカッと笑うサシャに周りがざわりと揺れる。
「なに?」
ラクエルは目をパチパチさせている。やはり、十二歳という子供のあどけなさと、眦から消しきれない──むしろ内面の確立された意志が色香になって魅了の矢を飛ばしている。この辺は兄マリウスと同じだ。
「ああ、ヤバい? でもなぁ、これは不可抗力だろ。つーかあいつら人のこと見過ぎだろ……」
「いいんじゃないか。多少の牽制があっても。サシャはそれでいい」
「だろ? アイリが男役やらねぇならオレがやっとくとこであってたよな」
サシャは通りかかった給仕からジュースを受け取り、ラクエルとアイリに渡し、自分にも一つ取った。
上背があるため、様になり過ぎている。
「とはいえ、年齢層上の子供達は子供達であれこれあるね」
十二歳のラクエル達より少し上、アカデミー入学の十四歳から卒業の十八歳までの層は二つに別れる。
十四歳十五歳は第一王子と兄マリウス、また侯爵家令嬢ら数人が注目を集め、また人だかりも出来ている。特定の少年少女が大人気という状況。
社交界デビュー済みで夜会にも出ている十六歳から十八歳は婚約者やパートナーがある程度固定化していて、男女で社交に動いている。
「貴族社会なんてものを私は今回はじめてまともに調べましたが、学園入学前のこの時期の婚約者選びは貴族子息令嬢にはとても重要なようですね」
「……とはいえ、社交界デビューの十六歳になる歳なんて……」
「ははは、オレらはもうここにいないかもな」
「──その頃には天使が殺しにくるものねぇ」
「今までの魔お……ラクエル様はその年頃には女神側に隠しきれず存在がバレてしまっていましたが、前回までの反省も踏まえ、クインシーが新しい結界魔術の開発に勤しんでおりますので多少は伸ばせるかと……今回、王城入りするにあたって我々に遠隔結界を張らせていますが、これもその一貫ですよ」
「まじで!? うわぁ、何から何までクインったらすごいわね」
コソコソと会話を続ける三人。
念の為アイリが初級の障壁魔術を張っており、周りの少年少女に内容までは聞き取れていないはずだ。
周囲は人脈作りにあちこち動いているが、ラクエルはアイリ、サシャから離れずずっと話していた。
そこへ、十四歳十五歳で人気を二分する兄マリウスが単身やって来た。
周りが一気に華やぐ。
当然、マリウスに話しかけられたい令嬢の群れもついてきている。
「ラクエル、おいで。王妃様にご挨拶だ」
「──ぇ!?」
「アイリ嬢、サシャ君、いつもラクエルの話し相手をしてくれてありがとう。ここからは俺がエスコートするから君たちは君たちで楽しんでくれ」
「え!?!?」
マリウスはラクエルの手からジュースのグラスを取り上げ、近くの給仕に返した。
「──はい、マリウス様」
にこやかなアイリの返事、すっと会釈するサシャ。
「え?!?」
二人に手を伸ばすラクエルだが、それはマリウスに取られてしまう。
一瞬マリウスを見上げ、ラクエルは助けを求めるようにアイリとサシャを見る。
──魔王様、ここはご自身でどうぞ。
──お嬢、がんばれ!
「……あ……あ……」
胸の内で「裏切り者ぉぉー!」と叫ぶラクエルは引っ立てられる罪人のように兄マリウスに連れて行かれた。
「本人に任せたが大丈夫か」
「ああ見えてラクエル様は我々の誰よりも胆力がおありだ。いざとなった時の馬力は最強だろう?」
「それは戦闘の話だろ」
「同じだ。何をお考えなのかまではわからないが、今回のラクエル様は随分と身構えておいでだ。人間ごとき相手に。臣下として、そこは払拭しておいて頂きたい」
「……クインが聞けば怒るぞ」
「クインはすぐに甘やかす。それではお一人のとき、我々がいないときにラクエル様が困ることになる」
しかし、サシャは視線を上げて苦笑い。
「見ろよ、お嬢、めちゃくちゃ睨んでるぞ」
元のスイーツのテーブルに残った二人はこちらをチラチラ見ながら離れていくラクエルを見る。
アイリはにっこりと微笑んで小さく手を振った。
「何の心配もいらないというのに。我らが魔王様は本当に面白いお方だ」
アイリは眼鏡の奥で瞳を和らげる。
グイッとジュースを飲み干したサシャが「オレらはオレらの仕事があるしな」と言って笑った。
公爵令嬢ラクエルと親しい、しかし身分の低いアイリとサシャの元には、二人と近い身分の少年少女が集まり始めているのだ。
「まぁぁ~! あなたがメレディスの娘ね! はじめまして! はぁ~~ロベルトによく似てるのね! その目元、色! うり二つ! ロベルトは私達の世代では一番の美丈夫で有名だったのよ! 今もモテモテだけど! うふふ! ほら! ほら! ラクエル! 椅子を用意したから隣にいらっしゃい!」
ラクエルがお辞儀をするより先に王妃がまくしたてる。
王妃の隣には母メレディスがおり、間に無理やり椅子が一脚差し込まれている。
王妃はその椅子の背もたれをバシバシ叩いてアピールしていた。
なお、ロベルトとはラクエルとマリウスの父の名だ。
「…………」
ラクエルは腰を下げた姿勢を戻しつつ、隣の兄マリウスを見上げた。
「気さくな方なんだ」
母メレディスが見守る中、改めて二人でゆったりと歩いて王妃の前へ移動する。
「はじめてお目にかかります。ラクエルでございます」
「はい! 王妃のシルビアよ、よろしくね! それから……ノルベルト!」
「────」
華やかな装い、太陽のような笑顔で王妃シルビアは後ろにいた第一王子ノルベルトを呼びつけた。
「私の自慢の息子よ! メレディスがラクエルを自慢しまくるから私だって!! ね!! ほら、ノルベルト! あなたの母上の一番の親友のお嬢様よ!」
ノルベルトはそれまで話していた大人達に軽く手をふり、にこやかな笑みで主催者席へ戻ってきた。
「母上、そんな大声をあげては侍従長にまた叱られますよ」
「いいのよ、今日くらい!」
「こんにちは。ノルベルトだ。マリウスの妹だね」
「……は、初めまして。ラクエルと申します」
緊張から世界から色が薄れる思いのするラクエルだが、お辞儀から目線を上げる時には普段の心拍に戻っていた。
ラクエルのすいと上げた目線と、本音を隠し込むノルベルトの視線がぶつかった。




