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だから、魔王やめたい  作者: 江村朋恵
一章 12歳編
12/18

1-12【三人称】不可避お茶会 開始

 低木エリアの通路はすっきりとした広さを確保しており、ここにテーブルセットを置いてお茶を楽しめるようになっている。

 その広めのスペースに、さらに成人男性並に背の伸びたサシャが立っていた。

 とても十二歳男児には見えない立派な体格の桃色短髪少年だ。

 が、これもアイリオルと同じく魔王軍大幹部の一人である。


「お嬢! 久しぶりだな!」

 ラクエル令嬢としては、サシャは性差もあり、無駄な誤解は回避しておくべきとアイリも交えたお茶会四回に一回程度の低頻度で招いて会っていた。

 お嬢呼びは前前世で会った頃からで直らない。


「サシャ、元気?」

「おおよ! いつになったらお嬢と手合わせ出来る? オレもそろそろ身体が出来上がる。ドンドン実戦訓練でこの人間の体を慣らしたい……!」

「十二で出来上がりはせんでしょ……正直に言うけど、このラクエルの体は普通の令嬢並……それよりちょっとマシってくらいにしか鍛えてないから」

「はぁ!?」

「だから、魔王モードになれるまではサシャとはやりあえないよ」

「うそだろう……? オレはそれだけが楽しみで……人間なんて相手にしてたら簡単に潰すから全力で手合わせできるのはお嬢くらいで……」

 サシャは肩を下げ、見た目以上にションボリする。


 見かねてラクエルはアイリを見る。

「アイリとは出来ないの?」

「魔王様は私を暇だとでも思っておいでですか? こう見えて伯爵家三女のフリも完璧にこなしており、人間どもの家族にも全うに認識され奴ら騙されているとも知らず私を本当の家族のように愛してくれております。ちゃんと。私がそのためにどれだけ無駄な時間を食われているのか」

「え? 出来ないの?」

「……ま、魔形態でよろしければ」


 サシャが眉を寄せた顔を上げアイリを睨む。

「そんなの意味ねぇだろ。人間のフリしたままどこまでやれるかだろ。先週会ったクインは人間のナリのまま魔形態時とほぼ同じ出力の魔術打ってたぞ」

「え? もう?? クインさすが!」

「!?」


 眼鏡の奥で目を見開くアイリをラクエルとサシャはゆっくりと振り返る。


「アイリ……」

「頼むぜ、直属補佐官」

「…………」

 アイリが珍しく「ぐうの音」すら出せずにいると、にわかに周囲がざわめきはじめた。

 あちこちで人がメイン会場へ流れている。


「そろそろ行くか」

「そうね」

「……はい」

 仕切りたがりのアイリは最後尾だった。


 戻ってみて、またさわさわと噂されるのかと思っていたラクエルだったが、人々の視線は主催者席の近くのガゼボ付近に集中していた。


 キラキラした笑顔の少年と少女がベンチに腰掛けて見つめ合っている。

 明確な声は聞こえなかったが、談笑している。

 お互いしか見えないというように、周囲の視線などおかまいなしだ。


 少年は紫の髪で毛先にかけて赤い。瞳は金に近い色味……誰もが知っている──ウィリアム第二王子だ。


 一方、少女について、あちこちで「あれはだれだ?」とヒソヒソ聞こえてくる。


 が、ラクエルはもちろん知っている。

 作中作ゲームではヒロインたる庶民出身の男爵令嬢オフィーリアだ。

 薄い金色の髪に透けるような青い瞳が特徴的。宝石のように美しい。

 狭い肩幅や少しタレ目なところも庇護欲をそそる。

 前前前世の日本人時代にはスーツも肩パッドいらず、オフショルダーが死ぬほど似合わないゴリラだったことを思い出してしまったラクエルは目をこれでもかと細めて見つめていた。


(ヒロイン……ヒロイン……ああ、ヒロイン……)

 一般人とはかけ離れた、それこそ人間と魔形態ほど違うのではないかという可愛らしさを前に言葉を失う。


「ああ、あれが魔王様に調べるようご依頼頂いていた第二王子殿下ですね」

「ありゃ恋仲か?」

「私の調査時より親密に見えますね」


 あまり凝視してもいけないとラクエルはついと視線を反らし、スイーツの集められたテーブルに体ごと向いた。


 ゆっくり歩きながら呟く。

「…………出会ってんの? ヒロインちゃんと第二王子、もう出会ってんの??」

「ヒロインちゃんとは男爵令嬢オフィーリアですかね。庶民から男爵の養女になってすぐ作成された絵姿をご覧になった王子ウィリアムが接触に行ったというネタが上がっておりますよ」


「まじで!?」

「魔お……ラクエル様がどのような情報をお望みだったのかわかりませんでしたので、ウィリアムについては様々な角度で調べさせて頂きました」

「聞かせて」

「国王と正妃の間の子に間違いありせん。実子です。親子間、また兄弟、兄王子ノルベルトとの仲は良好」

「……良好なの?」

「ええ。どのように掴んでらっしゃいましたか?」

「優秀なノルベルトと不貞腐れるウィリアム」

「ふむ。ノルベルトは優秀で間違いありません。彼は面倒みもよく、まさに、不貞腐れかけたウィリアムを根気よく引き上げたり、一緒にサボったりして王子としてのあるべき姿へ導いていますね」


 立食形式のスイーツのテーブルにつくとラクエルは虹色のマカロンに狙いをつける。

 ──始まったら真っ先に食べる、絶対に食べる。


「それ、いつ頃の話?」

「ウィリアムは五歳頃から二歳上の優秀な兄と比較されることに嫌悪感をいだき始めています。ですが、ノルベルトは早々に手を差し伸べていますので七歳……」

「は? 七歳で弟のフォロー? え……優秀なんてレベルに収まるの……? 私が知ってるノルベルトは早々に見切りをつけてた気が……」

「ラクエル様のおっしゃるノルベルトがどのノルベルトか存じ上げませんが、全方向に、もちろん兄弟にも慕われているのが現在のノルベルトですね。ウィリアムはノルベルトに劣るものの特に気にせず、本人も周囲も個性として受け止められるようになり、ありのままで王子として全うしつつも己の生きがいを模索している……というところでしょうか」

「生きがいを模索?……なにその堅苦しい感じ、ウィリアムも今、十二歳でしょ?」


 皆、主催者席の近くに集まっており、スイーツテーブル周りにはまず人がいない。が、それでもサシャを壁にしてラクエルとアイリはヒソヒソ話した。


「……王に好きにしろとはっきり明言されているのが嫁選びなのでウィリアムは絵姿を集めはじめ、今ではすっかり幼女絵収集家になっていて、この先どう生きるんだろうなコイツとは思っていますね、私は」

「は? 幼女絵……──まぁ? どう生きるとか幼女に変装してきたアイリには言われたくだろうけど」


「どうとでもおっしゃってください。私は魔王様に全てを捧げる生き方以外必要ありませんけどね。──で、ウィリアムは幼女絵収集の過程でオフィーリアを見つけ、好みドンピシャと閃いて会いに行ったようです」


 アイリの説明する現在のウィリアムの話を聞き、ラクエルは口元に手をあてる。


「……何がどうなって??」

「ですから、今お話しましたが?」

「わかるけど……わかるけど──乙女ゲームどこいった……?」

「おとめ……なんです?」


 困惑を深めるラクエルを置いて、主催者席で王妃が立ち上がる。


「今日のこの素敵な日を、みなさん楽しんでね」

 王妃の斜め後ろには第一王子ノルベルトが控えていた。

 お忍びでノラと名乗っていたときは茶髪茶目だったが、いまは本来の緑の髪と深い金色の瞳、さらに泣きぼくろを晒している。


 主催者席の近くまで行くような令嬢達は色めきだち、頬を染めてノルベルト王子をうっとりと見つめている。


「アイリ、サシャ」

「はい」

「第一王子ともなるべく接触したくないわ」

「は。かしこまりまして」

「了解」


 昼の三時、さわさわと人の流れが活発になった。

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