1-11【三人称】不可避お茶会 入場
庭でのお茶会ということで遅まきながら「雨乞い」をしていた令嬢がいたとかいないとか──。
快晴の昼過ぎすぐから王城には多数の馬車が乗り込んできては高貴な令息令嬢を降ろしていく。
アルデンス王国の舞踏会や夜会ははじまりが遅く、それまでの間を埋めるお茶会は15時頃から17時頃で催されている。
王妃主催となっているこの日のお茶会に、ラクエルは母メレディスと兄マリウスとともに14時には王城入りを果たした。
ラクエルのドレスはといえば、10日ほど前に母メレディスの呼んだ商人から買ったもの。
母や兄がひらっひらのフリルまみれの淡いピンクのドレスを推しまくったが、ラクエルはちぎっては投げ、ちぎっては投げ、最終的にはギンガムチェックベースのワンピースに腰と左肩の大ぶりストライプリボンの愛らしい、お茶会らしい、少女らしいドレスに落ち着いた。
ギンガムチェックが流行りかというとそうでもなく、少女期はフリッフリのレースまみれが好まれているだけだった。
ラクエルの選んだドレスは16歳、早い者で婚姻していく年齢層の女性が好むようなデザイン。
そういうこともあり、兄マリウスはラクエルを目を細めて眺める。
「……いつか、ラクエルもお嫁さんになるんだね……」
「お、お兄様? 突然なに?」
母はそそくさと王妃の元へ行き、ラクエルは兄マリウスに片腕を預けエスコートされ、王城の大庭園に移動していた。
「ラクエルはあまり外出をしないだろう? 普段は楽そう動きやすそうなシンプルなワンピースばかりだから、こんなおめかしした姿は久しぶりで……大人っぽいし、お兄様はドキドキしちゃうな」
マリウスはそう言ってにっこり微笑み、ウィンクまでしてくる。
「……」
ラクエルは内心、冷や汗である。
馬車置き場から大庭園への回廊は道幅も広く、多くの人が行き交える。
もちろん、ラクエルとマリウスの前後左右にもたくさんの招待客が歩いていたのだが……。
日頃は無表情が標準デフォルトのクール美少年で名が通っている公爵令息マリウスの微笑みは、とんだ流れ矢としてあちこちの令嬢のハートを射抜いてしまうことになった。
「…………知らない……私は知らない……」
ついっとよそ見を決め込むラクエルだった。
大庭園までたどり着くと、ラクエルの前に薄茶色がベースで臙脂色の小粒なリボンが多くあしらわれたドレスを着た少女が飛び出てくる。
「おや、アイリ嬢、こんにちは」
「御機嫌よう、マリウス様。ラクエル様! お久しぶりです。お待ちしておりましたわ! わたくしと一緒にお花を見に行きませんか?」
マリウスへの挨拶もそこそこに、アイリは透明の尻尾をふりふりしながらラクエルに話しかけた。
「ではお兄様、私はアイリと一緒にバラを見てまいります」
「わかった。俺はノルベルトに声をかけてくる。アイリ嬢、すまないがラクエルを頼む。茶会に慣れていないんだ」
「もちろんですわ、おまかせくださいませ」
にっこり満面の笑みでマリウスを見送るアイリだが「──貴様に言われるまでもない」と小声でつぶやいているので、横にいるラクエルはお茶会用に貼り付けていた笑顔を苦笑いに変える。
「ちょっとアイリ、面倒はやめてよね?」
「もちろんでございます、魔お……ラクエルさま」
「それで、真っ先に来たのはなんで?」
「……ご自覚、おありでしょう?」
アイリは丸い眼鏡の真ん中をくいっと持ち上げた。
「…………」
マリウスが離れ、周囲の視線はラクエルに集中している。
ひそひそと喋っているが、魔の者たるラクエルやアイリの耳にはよく聞こえている。
「……ちょっとご覧になって、マリウス様がエスコート……」
「んまぁ、可愛らしい方じゃない……ようやっとお姿をお見せになったのね」
「……あら、噂はあてにならないものね……」
「…………今日は珍しくノルベルト殿下とウィリアム殿下お二人が揃って出席されるからかしら……」
「でも公爵家でしょう? だったらもっと早く婚約なさってても不思議じゃない……」
「…………あのドレス、ずいぶんと背伸びをしてらっしゃるのね」
「……気の強そうなお顔をされているし、目立ちたいのよきっと」
噂話に明確な悪意はない。
魔王業などしていたら罵詈雑言からの「死ね」などは数え切れないほど聞いている。わかりやすくすっきりする。
なので、このふわふわとした囁きは逆に「かゆい」……。
「……アイリ……花壇の方へ行きましょう」
「ええ。わたくし何度も来ておりますので案内いたしますよ、ラクエルさま」
「ありがとう」
アイリはくすっと笑ってみせ、子供っぽい仕草でラクエルの手を取りフラワーアーチをくぐった。
「……人間風情が……」
にっこりとした笑顔のまま伯爵令嬢アイリこと魔王直属筆頭補佐官アイリオルは低い声を絞りだす。
「いやさ、そう言わないで。私もアイリがいてホッとしたし、それでいいでしょ」
「魔お……ラクエル様……。わたくしめ如きにお優しいお言葉……」
「……優しさあった?」
「魔王軍にあって我々下僕は労りの言葉をかけて頂くだけで寿命が1000年伸びます」
「……アイリが言うと嘘か本当かわからないのが面倒くさいな」
両側に大ぶりなバラの咲いたエリアを二人で歩く。
会も始まっておらず、人が集まってきている段階なのでほとんどの人がテーブルの並ぶメイン会場の方にいる。
花壇にはまばらにしか人がおらず、アイリも人間には不穏な「魔王」ワードを出してきていた。
「もう少し先の低木エリアにサシャも待機しております。クインシーは今回は欠席しております」
「クインシーいないの?」
「感じておいでではないですか? 女神の加護を」
「ああ~……」
王城全体に巨大なバブルのような女神の結界が貼られていた。
魔力さえ表に出さなければ魔王ラクエルには問題なく通れる結界だが……。
「あれ? でもクインシーならこのくらい通れるでしょ? アイリもサシャも入れてるし」
「出入りする分には問題ありませんが、魔力を流すことはできませんから」
「うん」
「クインシーには遠隔結界をラクエル様、私、サシャに貼らせています」
「──うん?」
「全身うっすら膜のような黒魔術による結界を貼らせています。初級魔術程度ならば使っても問題ないようにしておきました」
「おおおおっ! さすが! さすがだ……!」
「お褒めいただき光栄です」
「私もまだ十二歳、まだ魔王バレは避けたいからね。魔力魔術を使わなくて済むといいけど……」
「もちろんでございます。ですが、もし魔王様の存在が人間どもに明らかになり、必要とあらば──今日このアルデンス王国を滅ぼしましょう」
アイリはこれまでにない良い笑みを浮かべている。
「好きだよね、アイリ、そのキャラ設定」
「…………キャラ設定とはなんです、私は元からこのような性格ですよ」
「はいはい」
「……最近、扱いが雑すぎませんかね? これですか? この女装がお気に召しませんでしかたか?」
「…………女装というか……男として立派にイケメンなのに地味女装をしようっていう精神性?」
「……魔お……ラクエル様はおわかりでないのです。地味の本質を……」
そう言ってヤレヤレという風情で多めに息を吐き出すアイリ。
「何そのため息、心底腹の立つリアクションね。地味の本質ってなんだ、地味、本質」
「地味……とは、過剰な装飾のない状態です。むしろこう、生まれたままの姿とでも申しましょうか、手垢のついていない処女のような──」
「まてまて。ますます気持ち悪いからちょっと黙れ」
そんなこんなで、ラクエルはリラックスした面持ちでお茶会を迎えることになった。




