1-10【ラクエル】公爵令嬢ラクエルの家族
今、悪役令嬢で魔王の私は何もしていない。
ヒロインちゃんと接触するでもなく過ごしている。
悪役令嬢らしくワガママ放題で暴れ回ることもしてない。
むしろ、各家門どころか行くべき王家主催のお茶会も全スルー。この点に関しては作中作や物語を超えたワガママを発揮しているのかもしれない……。
アイリに聞いた話だけど、公爵家のラクエルは深窓令嬢あるいは病弱令嬢と噂されているんだとか。悪質な噂は我が公爵家が許していないらしいから見当たらないとは言う。
けど、表に出せない病とか、太り過ぎあるいは痩せすぎとか、実は男児とか、既に亡くなっているのに認めないだけとか、どうしょうもないワガママ娘だとか、色々な噂が持ち上がっては消えているらしい。
掴みどころがなく、幽霊令嬢なんてのもあるらしい。
ワガママ令嬢っていうのは否定出来ないからきっと根付くだろうな。
頑張って噂も整理してくれているらしいけど……両祖父母、父母だけじゃなく、兄もいとこもみんなラクエルに甘いなぁ。
ほぼほぼ、機能不全家庭かドロドロ甘やかしパターンのどっちかだもんね、悪役令嬢ワガママ発生源なんて。
八歳の誕生日以降、実は家族&使用人と大幹部の変装バージョンなアイリ、サシャ、クインシー、家庭教師数人としか顔を合わせていない。
あとお抱えの商人とか、年一で家族肖像画を描かせている絵師には見られているかな。
お見合い・貴族年鑑向けの絵姿も八歳から更新してない。
十二歳の私を知っているのはある程度限られる。
作中作ゲームでは既に婚約している年齢、悪役令嬢物語バージョンだとしても婚約の打診は十歳で来てた……。
いま、意外にも第二王子からの婚約打診がない。そこはなんでだろうね?
完璧第一王子と軟弱第二王子の関係性がゲームや物語と異なっているとでも……?
いや、私も魔王軍の子達もまったく何もしていない。
何もしてないのに、変わることってあるの?
あれこれ考えを巡らせていたけれど、現実、大図書館でカウンターへ離れていく紳士の背中を見送り思考を終了させる。
改めて、第一王子ノルベルトを見る。
王子だってバレてると気付いていないのかノラと名乗るので、私もレイと名乗り返す。
が、さすが腹黒キャラ……十四歳とあなどっているとなんだか手のひらコロコロされてしまう……。
ヤバイよね、魔王軍の大幹部にも青髪腹黒アイリってのいるけど、それ以上かも、読みにくい。
ガラスの天球儀あげるとか、一点物アピールとか「我、ノルベルトなり」って名乗ってるじゃん、全然お忍んでないじゃん!
私が子供だからわからん、気付かんとでも思ってんのかこの王子。
国に一点とか、調べたら持ち主に簡単に辿り着けちゃうじゃん、ヒント残そうとすんな?
ノラって偽名を名乗るならちゃんとどこぞのボンボンのフリし続けて……!
第一王子ノルベルトと出会ってなんかない、私は出会ってないってことにしたいんだよ……!
正体をチラつかせないでくれまいかっ!?
──とはいえ、家にバレずに図書館で情報収集させてもらえたのはありがたいことだった。
紹介された分厚い本をララの腹の中にコピーし終えると夕方だったし、策略込みだったし、とんでもねぇ腹黒王子だと再認識したよ。
ノラには送らせろとしつこくねちこく言われ、彼の紋章無しお忍び高級馬車で王城から見てセンターストリートの反対側にある王立サンライト大公園で降ろしてもらってやっとどうにか離れられた。
公園に馬車も侍女も待たせてあると嘘ついたからね。
さっきも大図書館で馬車置き場に人やられた時は焦った。
徒歩だよ……私は徒歩! 馬車なんて無いったら……!
すみませんね、貴族としても令嬢としてもありえないことしでかしてて!
ノラ……ノルベルトとのやり取りは疲れるからもう会いたくないよ、ホント。
明後日のお茶会の憂鬱度と言ったら……。
ノルベルトは私は本を読んで疲れたんだと思ったんだろうな。
──あなただ、あなたの対応に疲れたんだよ……。
頭撫でてくるし。
ノルベルト第一王子の下には第二王子の他に三人弟妹がいる。年下の相手はお手の物という感じだ。
お勉強も剣術も魔術も、大人との駆け引きも対等以上にこなし、超絶イケメンって攻略対象にならなかったのが不思議。
ファンディスクとか出てたかな、そっちでなってなかったのかな……そこまではプレイしてないからわからんな。
大きな池を内包する大公園の馬車置き場でヤツの馬車が去っていくのを見送ってから、適当な馬車に近付く。
さすが大公園……50台は置けそうな馬車置き場は三割埋まっている。
(他のエリアにも数カ所馬車置き場があるのでほんとすごい……)
ササッと馬車と馬車の合間を縫って……。
──駄目だな、後をつけられてる。
いつ手配したんだ……気配も動きもアレだ、洗練されてる。相当訓練積んである……ベテラン騎士だろうなぁ。
お忍びのノルベルトを隠れて護衛していた一人ってところかな?
ったく……。
ノルベルト……変装魔術に偽名……さらに間者つけるなんて……ニコニコ「君とのおしゃべりは楽しいから」とかなんとか言っておいてこの仕打ち……!
さすが、さすが悪役ポジションだよ……! 見習わなきゃ……!
馬車周りは待機の御者、もちろん馬もあちこちいるので、それに紛れて薄っすらと索敵用の魔力を広げる。
私に注目している存在を拾う程度のゆるいヤツ。
後をつけてきている騎士が一人、この騎士と所属が同じっぽいのがあと三人。
──は? 何人残して行ってんの……。
気付かれても面倒なのでいったん魔力を引っ込めて隠す。
──連敗中でも魔王なんだな、私。
密集した馬車のうち、何台も連なって一番込み入った客車の下にスルリと入り込み……。
日もほとんど暮れて馬車の下は真っ暗け。
その地面に丸い穴が開く。
滑り込む勢いのまま私はその穴へ足から飛び込んだ。
すぐに頭上で穴が閉じる。
無詠唱、地属性の魔術。
そのまま真っ暗な中、感覚だけである方向へ走る。
──ふふん、魔王様を舐めないで頂きたい。黒魔術含む全属性使いこなしますよ、当然。
しばらく走って地上に出たのは、公爵邸のでっかい庭の片隅の木陰だった。
「ラクエルさまー!」
「ラクエルさま! どちらにいらっしゃいますかー??」
使用人総出で私を探しているようだ……くぅ、昼には帰るつもりだったからなぁ。
「ラクエル……!!」
ひときわ大きな声でガシっと抱きついて来たのは兄。
グリグリと私の顔を胸に押し付けるように抱き締めてくる。
「ちょっ……マリウスお兄様!? ──く、くるし……っ!」
「はっ!? すまん! 大丈夫か!?」
サッと離してくれた。
見上げれば、鼻梁すっきり切れ長の目の兄と目があった。
私と同じ金髪碧眼。
第一王子、第二王子、さらに我が兄の公爵令息は乙女ゲーム世界でも悪役令嬢物語でも社交界で大人気になる美少年達だ。
第一王子がこれでもかと整った容姿をしているのに対し、我が兄マリウスは全体的にこう……シュッとした凛々しい方向性のイケメン。
なお、第二王子は柔らかい雰囲気を纏う、若干のなよなよしさの見え隠れするイケメン。きっと女性の母性本能も揺さぶれるタイプ。
「ラクエル……どこに行っていたんだ?? 昼食にも出てこないで」
兄は第一王子ノルベルトと同じ学年で仲が良いらしい。意識したことなかった……あんな腹黒とよく付き合ってられるな、お兄様。
「すみません。木の上で寝ていました」
「木の……上!? ……そ、そうか、なるほど、見つからないわけだな」
「はい。みんな探してくれていたんですか?」
「そうだよ。だからラクエル、どこで何をするのか、上に立つ者としても最低限、側付の侍従か侍女……タチアナには言っておかないと」
「はい。次からそうします」
ニコッと笑って告げた頃、中庭を突っ切って母が走ってくる。
……うん、元令嬢、現公爵夫人の走り方じゃないね……。
#邸宅用__部屋着__#ワンピースのスカートをたくし上げ、陸上選手のような走りでやってきて──。
「ラクエルっ!!! 探したのよっ! 探したのよ!?!? どこに行ってたのよぅ!!! ばかぁああ!!」
兄の腕の中にいた私をあっさり奪い、豊満なお胸にギュリっギュリ押し付けて抱きしめてくる。
意外にも、谷間で呼吸確保……と思っていたら弾力、柔らかさに埋め込まれて窒息寸前。
両手を突き出し、勢いよく離す。
「──ぶはっ! お母様!?」
声も裏返ったわ……!
「息が……!! はぁっ……はぁっ……! 死にます!!」
顔を合わせると──ああ、お兄様はお母様似なのねぇ……──目尻を下げ、瞳をウルウルさせた。
「ラクエルっ!! 私の天使っ!!!」
ギュムっと再び抱きしめられる。
だから息が出来ないって言ってるじゃん……!
そして、さらに屋敷の方から低めの声で「ラっクエールっ!」と……これはお父様の声……。
悪役令嬢ラクエルはつまり、溺愛デロデロ甘やかし系育ちのワガママ令嬢だったということで、やっぱり金髪碧眼の父に、母ごと抱きしめられちゃいましたとさ……。
──こんな甘やかされてるけど、四年間サボり続けたツケか、明後日のお茶会は不可避なんだよ……。
ヤダなぁ……。




