九十一話 爆誕・喋るザリガニ
「「「しゃ、喋ったー!」」」
ザリガニに【人語スキル】を与えるという、前代未聞な実験(禁忌?)をした結果。
恐るべし【人語スキル】よ。
発声器官などない甲殻類であっても、問答無用で喋らせるとは……!
――俺達は目の前のザリガニをよく観察する。
まず大きさだが、手のひら一つ分だったのが一・五倍くらいになっている。
ロブスターほどではないにしろ、ザリガニとしては相当大きな個体だ。
その瞳に関しては、【人語スキル】を取ったやつの特徴として知性が宿って……いるのか?
ズク坊やクッキーら動物と比べると、サイズが小さいからイマイチ分からんな。
「む? 何だおめえら人の顔をジロジロと――って、ああそうか。そういやおめえらのおかげで俺は喋れてるんだっけな」
と、テンションが上がっているのか、ザリガニは鋏をカチカチと開閉しながら言う。
その際、『よっ、サンキューな!』的な感じで、片方の鋏だけを上げている様は……なんかシュールだぞ。
「……ぬおお。俺がやった事だけど、いざザリガニが喋ると衝撃的だな」
「ですね先輩。ズク坊先輩とかクッキーで慣れているはずなのですが……」
「ちっちっち、バタローにすぐポンも何を言ってるのっ! これもまた『迷宮の摂理』ってやつなのだ!」
喋るザリガニをガン見しつつ、俺達は感想を言い合う。
あ、ちなみにズク坊はというと、俺の右肩に止まってくると、何も言わずにただザリガニを見ているだけだ。
「ま、ザリガニの俺だって喋る時は喋るってこったな。頭の中に入った瞬間からどんどん世界が鮮明になって――いやはや、【人語スキル】ってのはただものじゃねえぞ!」
「……お、おう。みたいだな」
興奮気味に、普通に感情が伝わるレベルで滑らかに日本語を操るザリガニ。
その口元を注意深く見てみると、パクパクと器用に動いている。
にしても、ズク坊と比べたら体も口も小さいのに……変わらないくらいのしっかりした声量だな。
どういう理屈なのかは完全に意味不明だが、とりあえず色々と根底から作り変えられているらしい。
「やっぱり喋れるだけあって、目も雰囲気からも知性を感じるような……気のせいか?」
「む、知性? ……ま、目も雰囲気も自分で自分のは確認できねえからな」
俺の独り言に、しごくもっともな意見を言うザリガニ。
見た目は完全に赤いザリガニ(アメリカザリガニか?)なのに……。
目の下を自分の鋏でトントンと軽く叩くなど、一つ一つの行動も人間みたいになっている。
「……ホーホゥ。まさか甲殻類まで喋らせるとは……俺は想像以上のトンデモスキルを習得してたんだな」
「む? 何だおめえも喋れるタチか。って事は……俺の先輩ってわけだ!」
「そうだぞ。ホーホゥ。もう一年以上お喋りミミズクをやってるぞ」
「おお、そりゃ頼もしいな。こりゃ同類の先輩として色々とご教授願おうか」
互いに言葉を交わして、ズク坊は俺の肩の上からザリガニの前に降り立つ。
最初こそ誰よりも驚いて固まっていたが、やはりそこは同類、仲間意識が芽生えたらしい。
早速、翼と鋏を合わせて握手みたいな事をしている。
……うん、改めて見てもスゴイな【人語スキル】は。
喋るだけでなく知能も上げて、『様々な面で極めて人間に近づく』、か。
ズク坊やクッキーを見ても、今じゃ種族としての寿命も延びて、食性も完全に人間のそれになっているし……。
もう人語とは名ばかり、【人化スキル】と言ってもいいレベルだろう。
と、そんな感じで俺が感心していたら。
言葉と意志と自我を持ったザリガニが、
「なあ、とりあえずここ出ねえか? 地下は陰気臭くてかなわねえや」と言うので、
本人(?)の望み通り、俺達は迷宮から出る事になった。
まだキラーフィッシュ一体しか倒していないものの……まあ、それどころじゃなくなったしな。
◆
ザリガニを手に乗せて迷宮を出た後。
『腹が減った』と言うザリガニに、残っていたキャンプの残飯(野菜ばっか)を処理させつつ。
俺達の自己紹介を済ませてから、お喋りザリガニから色々と話を聞いた。
なぜ迷宮内に? という問いには、『人間に連れてこられた』とザリガニ。
本格的なザリガニ時代(?)の記憶はおぼろげだがあり、迷宮の外の水辺にいたところ、人間に掴まれて強制的に迷宮へと入れられたらしい。
そして、あの池に投げ捨てられたという流れ。
人間は遊び半分だったらしく、
『野郎! 世話する気がねえなら元いた場所に帰すのがルールだろ!』とザリガニは憤慨していた。
……元から知能が高い動物でもないのに結構、覚えているな……。
ザリガニなのに、【人語スキル】を得る前から記憶ってあるものなのか?
「あ、おいおめえ! バタローっつったな。今ザリガニだからってナメやがったな!?」
「え? あ、すまんすまん」
「まったく。助けてもらって言葉までもらったのは感謝してっけど、ザリガニをバカにしたらその鼻を挟んじまうからな!」
絶対に知っているはずないのに、たまたまだろうが某有名芸人のリアクション芸をするぞと怒るザリガニ。
……うむ、今後は気をつけよう。
そもそも重要なのは、言葉を話せて『コミュニケーションが取れるかどうか』だからな。
ミミズクだろうとザリガニだろうと、外見とか種族はどうでもいい事だ。
……ただ、そうは言っても気になる事が一つだけ。
ズク坊やクッキーの時も思ったが、『話し方』ってどうやって決まっているんだ?
何か妙に江戸ッ子っぽいというか何と言うか……。
まあ、いまだに【スキル】については謎だらけだからな。きっと本人の性格とか種族が関係しているのだろう。
「――さて、んじゃ話も聞けたしどうするか。体力は一ミリも減ってないから、もう一回潜るかどうか……」
「何ッ、俺はもうゴメンだぞ。迷宮なんて危ねえだけでエサの一つもねえしな」
「そっか。なら他に用もないから……潜らずにさっさと帰るか?」
「おう、帰ろう帰ろう。何か俺は急激な進化で疲れちまったからな」
と、体格差をものともせずに俺とザリガニで話を進めていたら。
「え、先輩? まさかそのザリガニも連れて帰るんですか!?」
隣にいたすぐるが、驚きの声で割って入ってきた。
「そりゃそうさ。せっかく【人語スキル】も取れたからな。この状態で返しても、今まで通り自然界で生きるのも大変だろう?」
「し、しかしザリガニ……」
「大丈夫、ちゃんと世話はするって。元よりそのつもりだったしな。……あ、お前の方はそれでいいか?」
「へっ、あたりめえよ。こうなっちまったら俺はもう『人間側』だからな!」
「ホーホゥ。ちゃんと本人の意思もある、か。なら俺としては歓迎するぞホーホゥ!」
「禁忌を破って生まれしザリガニちゃん……これぞ男のロマンだねっ!」
ズク坊と花蓮は喜び、すぐるのみ心配そうだが――まあ特に問題もないだろう。
どうせすぐに慣れるしな。
台所にいる黒光りのアイツとか凶暴な蜂とかは無理だが、それに比べたらザリガニなんて可愛いものだ。
――と、いうわけで。
花蓮の従魔のフェリポン以来となる、俺達『迷宮サークル』の新しいお仲間の誕生だ!
小さいから戦闘には向かないし、あまり本人も迷宮は好きそうではないものの……。
適材適所。それなら留守の家を守ってもらうとか、仲間の形は一つだけではないからな。
俺は鎧をパパッと脱いでマジックバッグにしまう。
そして、右肩にズク坊を、左肩にザリガニを乗せて――冷たい風が吹く高原に声を響かせる。
「リフレッシュもできたし、新たな仲間と共に! いざ東京に帰りますか!」
新しい仲間もモフモフにするか迷ったのですが……。
そう都合よくはいないよなー、と思ってザリガニを採用しました。




