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八十七話 断罪の爪

四日連続投稿の三日目です。

「柊さん! 何でここに……!?」


 血生臭い殺し合いが再び始まる直前。

 尋常じゃない重圧を携えて俺達の前に現れたのは、『DRT』隊長の柊斗馬さんだった。


 年齢はたしか四十五歳。

 一見、短髪のダンディなおじさんでカッコイイ印象だが、纏う雰囲気や黄金のオーラ、装備を見ればその強さは隠しきれていない。


 探索者ではないのに、ついた異名は『亜竜殺しの公務員』。

 ……稲垣に続き、またも衝撃の登場人物である。


 もちろん、今回の柊さんに関しては『良い意味』で、だ。


「何でテメエがいやがる!? どうやって嗅ぎつけやがった!」


 凶悪な猛獣と化していた稲垣の声に、初めて動揺の色が見て取れた。


 殺人鬼の気持ちなんざ分かりたくもないが……まあ、そりゃそうだろうな。

 稲垣は知り合いの【スキル】で顔を変えたとか言っていたから、足がつくなど微塵も思ってなかったはずだ。


 しかもこの救援の早さ。

 時間的に考えたら、入口の検問が即座に気づいて『DRT』が動いたのは明白だ。


 そんな稲垣の凶暴な問いに対して。

 柊さんは輝く黄金色、【金色(こんじき)のオーラ】を纏ったまま答える。


「なに、簡単な事だ。貴様が奪ったその鎧――若い探索者の命ごと奪ったそれは『オーダーメイド』の一品ものだ。彼の死と共にそれを確認してからは、情報を共有して常にマークしていたのさ」


 柊さんは静かに、俺達より前に出て真正面から殺人鬼を見据える。


 だが、その目はまるで捕食者のそれ。

 稲垣とはまた違う、目線を合わせた者に危機を予感させるものだった。


「チィッ! あの小僧……。マジでクソ生意気なボンボンだったってか……!」

「そういうわけだ。私が東京にいたのも運の尽き、報告を受けてすぐに飛んできたからな。貴様の悪行も今日ここまでだ」

「ハッ! こりゃツイてねえ。俺に会うがために、天下の『単独亜竜撃破者』様が部下も率いず単独で乗り込んできたってわけだ!」


 正義と悪。追い詰める者と追い詰められる者。

 柊さんと稲垣のそのやりとりを、俺はただ黙って見ていた。


 とても口を挟める余地などない、重苦しく押し潰すような空気がボス部屋を支配している。


 ――しかし、そんな中でも関係なしの人がウチにはいたわけで……。


「受け取れっバタロー! フェリポン、『精霊の治癒(ヒール)』だよ!」


 と、いつの間にか『従魔召喚』で出していたフェリポンから。

 ほとんどスタミナ切れの俺に、ピンクの霧が優しく全身を包み込んでくる。


「(い、今かよ花蓮! いやまあ、ありがたいけども!)」

「へっへー、どういたしまして!」


 結果、空気を読まない天然さんによって。

 このタイミングで俺の体力が『九割』まで戻りましたとさ。


 そして俺は、恐る恐る睨み合っていた二人の表情を確認してみると――、


 柊さんはクスリと笑う一方、稲垣は額に青筋を浮かべて犬歯剥き出しの般若みたいな顔をしていた。


 ……ともあれ、これで俺も回復できた。

『迷宮サークル』+『DRT』隊長の戦力があれば、万に一つも負けるはずがない。


 さっきから稲垣はベラベラと喋ってはいても……顔色も悪ければ呼吸も荒いままだ。


 そんな俺の自信と考えを見透かしていたのだろう。

 前線に並ぼうとズシン! と一歩前に出ようとしたら、柊さんが黄金色に染まる腕で制してきた。


「君達はよくやってくれた。まさかヤツを止めてくれるとは……本当に感謝する。だが、もう大丈夫だ。ここからは我々『DRT』に任せてくれ」


 言って、柊さんはダンディな顔に笑顔を浮かべると、黄金のサムズアップを送ってくる。


 さらに、別に仕方のない事なのに、救援に遅れた事への謝罪までした後。


「若者に全てを背負わせるわけにはいかないだろう? 手を汚すのは私の役目さ」


 スッと一歩前に出て、聞こえるか聞こえないかの声で最後に呟いた。


 か、カッケーな柊さん! いや柊隊長!

 何かもう色々と大人だし、凶悪な殺人鬼を前にしても悠然たる態度で立つ姿は絵になるぞ。


 それに何より、今の発言は……。

 やはり散々暴れまわったコイツを生きて帰す気は毛頭ないようだ。


 ――とにもかくにも、もう俺達ひよっ子の出番はなし。


 後は本人の言う通り、全てを柊さんの手に任せるとしよう。


 ◆


「よお、お喋りは終わったかよ公務員さんよお!」


 俺と柊さんのやり取りが終わって、待ってましたとばかりに稲垣が吠えた。


 ……とはいえ、好戦的なセリフに反して動きは慎重だ。

 とっくに『気』をチャージして体を強化しているはずだが、今になるまで仕掛けてはきていない。


 なぜか? 理由は単純明快、柊さんに隙がないからだ。

 俺と話している時も、柳に風とばかりに、強引に攻めても受け流されそうな空気感があった。


 ただ、それももう終わり。

 稲垣が後ろの蹴り足に力を込め、先に仕掛けようとした瞬間――。


「いぎぃッ!?」


 ――『それ』は突然きた。


 不意打ち気味にきた『それ』を受けて、俺は思わず声を漏らして柊さんを凝視する。

 相変わらずの黄金のオーラを纏い、鋭利な鉤爪を上げて構えてはいるが――そっちではない。


 問題の『それ』は内側から溢れ出るもの。

 この部屋に入ってきた時も凄かったが、今、柊さんから出ているものはその比ではなく――!?


「ぐッ、チィイ……!」


 一方の稲垣も『それ』に反応していた。


 一気に踏み込もうとしていたのに、足は完全に止まって額には大量の汗をかいている。


 何、だこれ……?

 柊さんが何かのスイッチを入れたのは分かるが……強者のオーラ、強者の圧力にしてはいくら何でもあり得ないだろ!?


 頭や肩は真上から押し潰されるような重圧が。

 体の中の臓器は浮き上がるような浮遊感が。

 背筋は氷のごとく冷たい舌で舐められたような戦慄が。


 痛みは何一つない。

 だが確実に言えるのは、自分の体が『本能から』悲鳴を上げているという事だ。


 そうして空気が一変し、俺も稲垣も、ズク坊もすぐるも花蓮も体を硬直させているボス部屋の中で。


 ただ一人、発生源の柊さんだけは、無言のままゆっくりと歩き出して標的に向かっていく。


「……ざッけんな! 上等だオラァアアア!」


 稲垣は叫ぶと、硬直した体を力ずくで動かして再び仕掛けてきた。


 だとしても、体ではなく本能(?)に訴えかけられた威圧を解けきれない。

 残っているダメージのせいもあるだろうが、【チャージボディ】で強化していても動きは鈍く、無理矢理振るった鉤突き(フック)は軽く避けられて空を切る。


 そこへ柊さんが右の鉤爪を振るった。

 稲垣の体が流れた完璧なタイミングで、鋭い三本の爪が刃のごとく鎧を切り裂く。


「――ッヴ……!」


 だが、わずかに浅い。

 柊さん自体もほとんど踏み込んでいなかったため、すでにボロボロの鎧に三本の裂傷が入るだけ。


 次は稲垣の反撃か――そう思ったのに、なぜか稲垣は焦った表情で大袈裟に飛び退いた。


 何やってんだ? お前の戦いはフィジカルを全面に出したインファイトじゃ……?


 俺のその疑問は、すぐに晴れる事になった。


「さらばだ稲垣。その罪、しっかり地獄で償ってこい!」


 柊さんがわずかに一歩前に出て、距離を詰めて口を開いたと同時。


 ギャリィイイイイイ! と。

 さきほどの一撃とは『別次元』な轟音と共に。


 新たな爪痕が三本。まるでバターのごとくいとも簡単に鎧を切り裂き、稲垣の体に深く赤い傷が刻まれていた。


「……え?」


 いまだ柊さんの威圧が効いている中、俺はたしかにその一撃を見た。


 だが正直、見間違いかと思うほどに……自分の目を疑ってしまう。


 まず、柊さんは鉤爪を振るっていない。

 距離を取った稲垣に一歩近づき、間合いを詰めただけで攻撃動作は確認できなかった。


 にもかかわらず、血飛沫を上げながら倒れた稲垣の体。

 大の字になってピクリとも動かない体には、たしかに三本の爪痕が刻まれているが……。


『大きすぎる』のだ。

 爪痕の数こそ同じでも、武器の鉤爪からは考えられないほど一本一本の傷が大きすぎる。


 上段の爪は顔のほとんどを。

 中段の爪は左肩から右腰を。

 下段の爪は左腰から右膝を。


 袈裟斬りの形で刻まれた傷の横幅は、それぞれ『十数センチ』はあろうかというほど太く大きなものだったのだ。


 いやこれ……どういう理屈だよ?

 とりあえず距離は離れていたから、もしかしたら俺の飛ぶ打撃に似たものかもしれないが……。


 と、俺が目の前で刻まれた謎の一撃に呆然としていたら。


 柊さんから発される威圧が解けた瞬間。

 右肩の上に戻ったズク坊が、ファバサァ! と翼を広げて興奮気味に叫ぶ。


「何だこのエグイ爪痕は!? これじゃまるで――『竜』みたいじゃないかホーホゥ!」

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