七十五話 従魔師は煩悩に染まる
「うわっほおお!? フッ飛ぶはずなのにフッ飛んでないよっ!」
新年を迎えてから三回目となる探索での出来事。
いつものように六層の『目玉の狩り場』で稼いでいたところ、青白く輝く光の六面体、【スキルボックス】が出現。
そして、しっかりと中身を確認してから――我らが従魔師の花蓮が習得していた。
……実はこれまでも、【スキルボックス】は何度も出ていたが……。
余裕もあるしどうせなら、と年を跨いで今日まで選り好みしまくった結果。
二枠目を埋めるに値する、かなり良い【スキル】が出たのだ。
その待ちに待った新たな【スキル】というのが、こちら。
【スキル:煩悩の命】
『煩悩の数(百八)だけ『命』を得る。一定以上のダメージで発動し、百七回まで体へのダメージを無効化する。『百八回目』のダメージ判定で習得者は死亡。全て消費されなければ、減少した分の『命』は二十四時間で元に戻る』
――という、これまで様々な【スキル】を見聞きしている俺達から見ても、相当にトンデモな効果である。
「さすがは初めて聞く激レア【スキル】だな」
「ホーホゥ。何かスルッと後ろから抜けていったぞ」
「これは……敵からしたら厄介この上ないでしょうね」
『ポニョーン』
『キュルルゥ!』
そんな【スキル】を得た花蓮のさっきの発言は、エビルアイの強力なレーザーを右腕に受けた時のもの。
装備している『鉄の葉の軽鎧』で露出した腕部分に直撃しても、まったくの無傷で平然と立っていた。
普通なら当然、腕が消し飛ぶのは確実だ。
が、しかし。
取ったばかりの【煩悩の命】が早速効果を発揮し、青白い霊体? みたいなものが背中から抜けるだけだった。
「こりゃ花蓮の生存率は大幅アップ――だな!」
花蓮の無事を確認してから、俺は『闘牛気』を纏っての飛ぶ打撃でエビルアイをサクッと葬る。
ようやく力加減を覚えて、飛ぶ打撃でもエビルアイの網膜を傷つけずに倒せ……って、俺の話はどうでもいいか。
とにかく、今の花蓮はちょっとした『無敵状態』とも言える。
殺すなら『百八回』、一定以上のダメージ(どの程度かは要検証)を与えないといけないからな。
もはや見ようによってはゴキブリ並のしぶとさ……いや失礼。
それこそ一緒に前衛を務められるくらい、乱戦となっても安心して戦えそうだ。
「ホーホゥ。これでやっと皆の【スキル】枠が埋まったな」
「今回の花蓮自身の強化は、さらなるパーティーの安定をもたらしそうですね」
「ふっふっふ。私をゲームオーバーさせるには百八回も必要……。これはまさに裏技を使った主人公気分だね!」
俺も含め、新たな力を手に入れて喜ぶパーティーメンバー。
一応、整理しておくと、俺達『迷宮サークル』の【スキル】と従魔達の特性はこんな感じとなる。
俺――【モーモーパワー(二十三牛力)】、【過剰燃焼】。
ズク坊――【人語スキル】、【気配遮断】、【絶対嗅覚】。
すぐる――【火魔術(レベル6)】、【魔術武装】。
花蓮――【従魔秘術(二体)】、【煩悩の命】。
スラポン――『生命吸収』。
フェリポン――『精霊の治癒』。
こうして見ると、改めてレア度が高いと分かるな。
同じ一、二年の若手探索者パーティーと比べたら、ここまでレア【スキル】が揃っているのは世界的に見ても珍しいぞ。
また、それぞれジョブ別の『耐久面』も、普通と比べたらかなり高いのは間違いない。
戦士としての俺には闘牛のタフさがあり、魔術師のすぐるは業火を纏えて、従魔師の花蓮は百七回までダメージを耐えられる。
……うむ。パーティーを率いるリーダーとしては、単純に戦闘力が高い以上に安心できる陣容だな。
「――ねえねえバタロー。私とスラポンとフェリポン、三人で目ん玉ちゃんに挑戦してみてもいい?」
「うん? 花蓮と従魔だけでか? でもちょっと危険…………いや大丈夫か」
と、突然の花蓮の提案を受けて。
俺は一瞬、判断に迷うも――新たな力による安全性の高さから許可を出す。
エビルアイの攻撃力はトロールを軽く上回っているが、そっちにステータスを全振りしたせいか、耐久力は六層モンスターとしては低いからな。
回数制限つきとはいえ、攻撃を完全無効化できるならイケるだろう。
さっきので『命』(ライフポイント?)が一つ減っただけで、まだ百七個も残っているしな。
それに、非戦闘員のズク坊やフェリポンを除けば、花蓮とスラポンはまだエビルアイを倒していない。
ここで自分達だけで倒せれば、今まで以上に自信がつくしな。
――よし、んじゃ強化もされた事だし、試しに我らが従魔師と従魔に任せてみるか!
◆
「効っかーん!」
『ポニョーン』
『キュルルゥウ!』
相変わらずの雑草まみれの戦場にて。
花蓮の元気な声とスラポンのエコーがかった音、フェリポンの可愛らしい鳴き声が響く。
そして、その皆がエビルアイと入り乱れて戦う姿を、俺達は後方で見守っていた。
「おおー、また無効化だ」
「その隙にスラポンのアタックだホーホゥ!」
「フェリポンの位置取りも絶妙ですね」
後方と言っても、俺達はいつでも助太刀に入れる位置関係にいる。
……だが、そんな配慮も必要なし! と思わされるくらいに。
主人である花蓮を筆頭に、エビルアイが相手でも十二分に戦えていた。
顔面に凶悪なレーザーを喰らっても、あっさり心臓を狙い撃ちされても。
肉も骨も弾け飛ぶ事なく、花蓮からは青白い霊体らしきものが剥がれるだけ。
むしろ見ているこっちの精神が一番ダメージを受けているか?
ヒヤリとする俺達をよそに、花蓮はピンピンしたままスラポンと共に突進し、エビルアイの眼球な肉体をダガ―で切りつけていく。
回復役のフェリポンはというと、常に『精霊の治癒』を発動寸前に留めて、ダメージを負うスラポンに狙いをつけている。
花蓮から標的を変えたエビルアイの殺人レーザー。
それをスラポンが受ける度に、間髪入れずに回復させるという感じだ。
もちろん、スラポン(ラージスライム)の高い耐久力があっても、レーザーは強力なので一度ではダメージを全快するにいたらないが……問題なし。
エビルアイの巨大な瞳から次のレーザーが襲い来る前に。
フェリポンの『精霊の治癒』の方が発動が早く、淡いピンク色の霧がスラポンの青い体を包み込むからだ。
結果、エビルアイは花蓮達を崩せない。
もっと威力を抑えて連射速度を上げれば違うだろうが、残念ながらそんな細かい芸当はできないからな。
「とぉおおうっ!」
逆に花蓮は、ノーガードからのダガ―の連撃をエビルアイに見舞う。
一発一発は軽くても、探索者としての体力が支えとなり、凄まじいまでの手数の攻撃だ。
『ポニョーン』
そして、エビルアイのレーザーが中断するほどに弱ってきたところで。
好機と見たスラポンがグニャァ! と広がるように変形、エビルアイという巨大な目玉をその体内に包み込んだ。
――――…………、
戦場に訪れる静寂。
それが十数秒続いた後、スラポンはいつものようにペッ! とエビルアイを体外へと放出した。
つまりは『生命吸収』の完了、決着である。
だいぶズタズタに切りつけたので素材の網膜は心配だが……まあ、見事に自分達だけで六層モンスターを撃破したのだ。
その結果を受けて、花蓮はムフフと口元を緩ませてから。
某世紀末アニメのラスボスみたいに、右腕を突き上げて勝どきを上げる。
「やったね皆! ピカッと光る目ん玉ちゃんは――瞳を閉じてご臨終だよっ!」




