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七十二話 ご近所さんは迷宮の住人

「――あ、どうもです!」

「おお、太郎君かあ。もう今年の活動は終わりけ?」


 もういくつ寝るとお正月な十二月二十九日。

 昨日で今年のパーティー活動を終えて、ただまったりと過ごしていた頃。


 まだ実家に帰っていなかった俺は、マンションのエントランスでご近所さんと挨拶をしたのだが……。


 このご近所さん、実は七階の俺の真上の部屋に住むだけという、ただのご近所さん『ではなかった』。


猿吉(さるきち)さんはまだ潜るんですか?」

「んだ。オラは大晦日と三が日以外は潜るつもりだなあ」


 訛り言葉が特徴的で、麻袋型のマジックバッグを背負った彼の名前は種田猿吉たねださるきち

 サラリーマンでも自営業者でもなく、歴とした探索者だ。


 年齢は俺より二つ上の二十五歳。

 百八十センチはあるスラッとした体型で、ジャ○ーズとか元ジュ○ンボーイと言われても信じてしまうくらい、甘いマスクの端正な顔立ちをしていらっしゃいます。


 ……つまり、何が言いたいかと言うと……猿吉さんはくっそイケメンである。

 俺が出会ってきた中では、間違いなくダントツのカッコよさを誇っていた。


 ただ、俺はこうして嫌がらずに話しているわけで――この人だけは憎きイケメンでも特別だ。


 理由は三つ。

 何だか聞いていると優しい気分になれる訛り言葉と、二十代の若者なのに猿吉という素朴な名前。


 そして、知り合ってまだ十日くらいだと言うのに、

「一人じゃ食べきれなねえほどいっぺーあるから」と、田舎から届いた野菜を分けてくれるという優しさだ。


 俺が人生で唯一、心を許した『方言イケメン探索者』。

 それが一つ上の階にお住まいの、種田猿吉さんである!


「ホーホゥ。モン吉はソロだけあって忙しそうだな」

「こらズク坊。だからモン吉じゃなくて猿吉さんだって」

「へへ。いいっていいって太郎君。昔からよぐそう呼ばれていたし、オラもそっちの方がしっくりくるべ」


 と、散歩帰りに右肩に乗っていたズク坊の発言を許してくれる猿吉さん。


 ……あ、ちなみに猿吉さんはご近所なうえに探索者だし、何より誰が見ても人が良いからズク坊が喋れるのは明かしてあるぞ?


 そんな猿吉さんは、ズク坊の言った通りソロで活動している。

 俺も最初こそソロだったが、何年経ってもソロで動く探索者は極めて珍しい存在で、俺の知る限りは白根さんと猿吉さんだけ。


 というか厳密に言うと、白根さんにはクッキーがいるから……実質、猿吉さん一人だな。


「それで、猿吉さんは今から『八王子の迷宮』へ?」

「んだ。今の時期はうんと『採れるから』なあ。とりあえず昼過ぎまでは潜るつもりだべ」

「なるほど。では気をつけて行ってらっしゃ――」


 そこまで言って、部屋に戻るつもりだった俺は不意にひらめく。


「あの猿吉さん。もし良かったら……俺達もお供していいですかね?」


 今年はもうパーティーでの探索は終わったからヒマだしな。

 すぐるは昨日のうちに群馬の実家に帰ったし、花蓮は弟や妹達と温泉旅行に出かけた頃だろう。


 あとはやはり――同じ探索者として、猿吉さんの『特殊性』を見てみたかったからだ。


 その突然な俺の申し出に対して、猿吉さんは爽やか笑顔で即答してくる。


「おお、別にオラは構わねえべ。んじゃあ一緒に行ぐけ?」

「はい、お願いします!」

「臨時でパーティーを組むのか。ホーホゥ。『八王子の迷宮』は潜った経験もないしちょうどいいな」


 これも同じ探索者だからか。

 即決で一緒に潜る事となり、俺はエレベーターではなく、急いで七階の部屋まで階段で駆け上がっていく。


 もう今の俺の身体能力なら……階段で行った方が断然早いしな。


 そうして、飛ぶズク坊と共に疾風のごとく部屋に戻れば、装備を入れっぱなしのマジックバッグを持って一階エントランスへ。

 呼吸も乱さず猿吉さんと合流すれば、一分と経過していなかった。


 これにて準備完了――。


 ではでは、ソロで活動するご近所さんの手腕を見せてもらいに行こう!


 ◆


『八王子の迷宮』。

 日本最大級の規模を誇るその迷宮は、毎日多くの探索者で溢れている。


 階層は全二十八層で、全体的なレベルは中の中。

 モンスターの強さと迷宮の環境はちょうど平均的……って、そこら辺の情報はどうでもいいか。


 とにかくその迷宮に、猿吉さんの運転する車(まさかの軽トラ)で来たわけなのだが……。


「……スゴイな。本当に『完全スル―』だぞ……」

「ホーホゥ。色々な探索者を見てきたけど……この手のタイプは初めてだぞ」


 俺とズク坊は少し離れた後方で『隠れながら』、猿吉さんの姿を見て感心する。


 今いるのは『八王子の迷宮』の十七層だ。

 多くの探索者と出会いながら潜り続けた末に、俺達は驚くべき光景を目の当たりにしていた。


「おおっ、いっペーあったあった! んじゃ採っていぐんだなあ」


 岩場の影から覗く俺達の視線の先で、猿吉さんが嬉しそうに群生する草を採り始める。


 それ自体は何の変哲もない行動――ではない。

 なぜなら、猿吉さんの『左右』と『真後ろ』に、合計八体ものモンスターがいるからだ。


 十七層に出現するのは『マミー』。

 アンデッド系モンスターで、全身包帯ぐるぐる巻きのグールみたいな感じのやつだ。


 個の強さは上野の二層・ガーゴイルより少し強い程度。

 とはいえ、結びつきが強く集団でしか動かないので、トータルで見ればトロール並に手強い相手だ。


 で、そのマミー集団の近くどころか『ど真ん中』にいるのに、猿吉さんはのん気に採集をしている。


 戦いもせず足元だけを見るなど、こうして隙だらけでも普通に採集できているのはなぜか?

 それは何を隠そう、彼の【スキル】のおかげに他ならない。



【スキル:迷宮の住人】

『姿形はそのままに、各階層のモンスターに対して『仲間』だと完全誤認させる。習得者から攻撃を仕掛けない限り、いかなるモンスターからも攻撃対象にされない』



 ――これが前に猿吉さん本人から聞いた【スキル】だ。


 戦うための【スキル】ではなく、戦わないための【スキル】。

 探索者という異分子なのに、超危険な迷宮内を『安全に過ごせる』という、とてつもなく特殊な超有能【スキル】である。


 はっきり言って、敵から逃れるという点なら【気配遮断】より上。


 ……だからだろうな。

 猿吉さんが纏う装備は、普通の革製の懐かしき『新人セット』だった。


「ここへ来るまでに分かってはいたけど……これ、俺の出番は全くないな」

「ホーホゥ。それを言うなら俺もだったぞバタロー……」


 戦闘をしない、というか起きないのだから戦闘員も索敵担当も必要なし。


 つい昨日、【モーモーパワー】が『二十三牛力』(推定体重十八・四トン!)に達したが……、

 その力を使ったのは、あくまで自分の身を守るためだけ。


 ただ普通に『散策』する感じで、猿吉さんのみ一度の戦闘もなくここまで来ていた。

 障害があるとすれば……この階のマミーの腐敗臭くらいなものだろう。


 そんなこんなで、俺達は邪魔にならないように遠くから見届けるだけ。


 二十分ほどマミー軍団の中で採集作業をした猿吉さんは、ホクホク顔で岩場の影にいる俺達の方に戻ってくる。


「いやー、いっぺー取れたんだなあ。『暗蜜草(あんみつそう)』は健康食品の素。これだけあれば軽く二百人分はあるべ」

「たしか擦り潰して飲むんですよね。俺も市販のやつをたまに飲んでますけど……猿吉さんの採集力はスゴイですな」

「モン吉はある意味、最強の探索者だぞホーホゥ!」

「へへ、そう言わると照れるべ。正統派ではないけど、オラもこのやり方に誇りを持っているんだなあ」


 俺とズク坊の言葉に、猿吉さんはクシャクシャと頭をかきながら笑う。


 核となる【迷宮の住人】と、もう一枠の【無尽蔵体力】の効果を最大限に活かした、深い階層でも楽勝で潜れる『採集専門』の凄腕探索者――。


 話を聞けば、その唯一無二の超安全な能力面から、

 俺も頼まれた『上野の迷宮』の未踏破区域の調査を、猿吉さんも探索者ギルドから持ちかけられたらしい。


 と、俺が改めて【スキル】の無限大さに感心していたら。


 無傷で体力ゲージ百%な猿吉さんが、ぽんと手を叩いて提案してくる。


「そうだ、太郎君にズク坊君。良かったら今日オラの部屋さ来るけ? 母ちゃんが送ってきた自家製うどんをごちそうすっぺよ!」

今までとはタイプの違う探索者を登場させてみました。

というか、書いていて思ったのですが……方言キャラは難しい……(ところどころ間違っていると思います)。

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