六十二話 異変の正体
「いやもうさ……。体力面はいいけど精神的に大変よろしくないぞこれ」
響き渡ったズク坊の衝撃発言。
それによって俺達『最終アタックチーム』はどよめき、不測すぎる事態に頭を抱える事となった。
十一層に続いて十二層も全滅。
生きて猛威を振るうモンスターが一体もいないという、この意味不明すぎる状況――。
ここまで五日間、激しい戦いを繰り広げてきたのに……。
最後の最後でモンスターがいませんとは、拍子抜けも甚だしいぞ。
「さァどうするよ? この怪奇現象みてェな現場をよ」
「どーするっつったって……何かもう面倒くさいぜ」
「面倒なのが問題じゃないよ。この僕に醜い死体ばかりを拝ませる事が問題なのさ……!」
「我々『DRT』としてもこんな経験は初めてだ。どう判断したものか……」
と、ここで。
十二層の階段前にて、誰からともなく『四人の男』が集まって話をし始めた。
そのメンツは俺達の兄貴分こと白根さんに、『遊撃の騎士団』団長の草刈浩司さん。
さらに『黄昏の魔術団』団長の若林正史さんに、『DRT』Aチームの隊長さんだ。
白根さんを除く三人については、岐阜に来てから俺も知っていた。
それぞれが日本を代表する『真のトップ級戦力』であり、草刈さんが最強剣士で、若林さんが最強魔術師である。
残るAパーティーの隊長、柊斗馬さんは……とりあえず『DRT』で一番強い人なのは把握している。
普通にソロでも探索者をした方が稼げるだろうに、国のため探索者のために働く人間の鏡みたいな人らしい。
ちなみにその柊隊長、両手に鉤爪という珍しい武器(ウル○ァリンみたいなの)を装備しているが……ぶっちゃけ、目を奪うのはそっちではない。
まるで後光が差した仏様みたいに、ずっと神々しいばかりの『黄金色のオーラ』を纏っているのだ。
緑子さんに聞けば、【金色のオーラ】という【スキル】らしい。
身体能力の上昇と全属性への耐性、さらにはいかなる状態異常も受けつけない効果があるという。
ただの湯気に見える俺の『闘牛気』と比べたら……モテ具合は月とスッポンですよ。
そんな四人が集まれば、見る人が見れば目を輝かせるだろう。
だが俺からしたら、ただの怪物同窓会にしか見えません。
……とまあ、仲間への感想はここまでとして。
はてさて、肝心の『最終アタック』はどうなるのだろうか?
「どう思うよズク坊?」
「ホーホゥ。一度引くか進むか……悩みどころだな」
判断は先輩方に任せて、俺は右肩のズク坊と話し合う。
何度も言うが、モンスターがいないだけなら進むだけなのだが……あの歯型と死体の山だからな。
――そうして数分後。
『DRT』最強の柊隊長が下した決断は作戦続行だった。
ただし、この異常事態を報告するために、四名の『DRT』メンバーを地上へと向かわせる。
残る『二十八名と二匹』で、再び合同パーティーごとに別れて、担当するルートで奥に進む事となった。
「では、私達も行きましょうか。モンスターがいないとはいえ、念のため警戒を解いてはダメよ?」
「はい。了解です緑子さん!」
「もちろんだ吉村氏よ。我ら前衛三人、いついかなる時も隙など見せないさ!」
「その通りッス!」
「俺だって全力で索敵を続けるぞホーホゥ!」
「おうおう、頼りがいのある男衆だねん」
リーダーの緑子さんの声を受けて、改めて気合いを入れ直す俺達。
そして、すぐに十二層を進んでいくが――――まあ予想通り、十二層のモンスターの屍を見るだけで特に何もなし。
一層一層が広大であっても、凄腕探索者達が走り抜ければ、十数分程度で下への階段にたどり着く。
……で、そこからが『大問題』だった。
「「「「「「!?」」」」」
一番遅く階段にたどり着いた俺達パーティーを待っていたのは、先着していた他の者達の驚愕の顔。
その原因については誰の目にも明らか、『本能』で理解できた。
空気が違う。
まるで初心者向けの『横浜の迷宮』と高難度の『岐阜の迷宮』を無理矢理繋げたかのように、『あり得ないレベル』で下から上がってくる空気が違ったのだ。
先は最下層と言っても、ここだって深い十二層なのに……。
「わずかに可能性として考えてはいたが……これはまさか……」
と、『DRT』の柊隊長が階段を見下ろしながら呟く。
その表情は険しさの塊で、目を細めて眉間に深いシワが寄っている。
「……うん?」
そんな柊隊長とは真逆、俺は他の『三人の男』が正反対な表情なのに気づく。
白根さんと草刈さんと若林さんだ。
最強格三人が揃いも揃って、なぜか捕食者みたいな獰猛かつ、どこか楽しそうな顔をしていた。
なぜその表情をしているかは分からないが……間違いないな。
歯型の正体である『何か』は、十一、十二層と散々喰い荒らしてこの先の最下層にいる。
【絶対嗅覚】がなくても、この場にいる全員がそう思っているはずだ。
◆
「ホ、ホーホゥッ……ホォウ!?」
ついに最下層の十三層に降り立った瞬間。
右肩に止まっていたズク坊が、今まで一度も聞いた事がないような焦りの声を上げた。
……しかも、真っ白い雪のような体を震わせ、琥珀色の瞳をひん剥き、耳をペタンと折りたたむ始末。
「うおっ、どうしたズク坊!?」
俺はズク坊を心配するも……実は俺自身も普通ではない。
ぞわりと、全身の皮膚に悪寒が走り、かつて感じた事のない感覚に襲われていた。
周囲の人達を見れば、緑子さんも葵さんも、森川さんも副隊長も、その他大勢の人達も同じように強張っている感じだ。
「いる……いるぞ! 進化した【絶対嗅覚】でも『種族』の判別ができない!? とんでもないヤツが――この先にいるぞホーホゥ!」
震えながら声を絞り出して、ズク坊は遥か通路の前方を睨む。
ここ十三層は、今までの層とは打って変って沼が存在していない。
逆に、上層にあった霧がわずかばかりに復活して、薄い緑色の幻想的な世界を作りだしていた。
「ミミズク君のその反応……これは確定か? ――よし、そいつがいる場所まで慎重に案内してくれるかい」
柊隊長の言葉により、まさかの俺とズク坊が先頭の一人に抜擢。
十三層は空気からして本当にヤバイので、全パーティーが一団となって慎重に進み始める。
――ズシン――ズシン…………、
緑色の薄い霧が広がる静寂の中、俺の重すぎる足音だけが響く。
そうしてズク坊の案内通りに進んでいくと、目の前にかつてないほどの巨大なドーム状の空間が現れた。
五メートルの段差があり、その上に立つ俺達は見下ろす格好で――見た。
「「「「「!!」」」」」
凄腕達が息を殺して、驚愕の思いを無言のままにブチ撒ける。
唖然、呆然、愕然と。
巨大空間にいた『それ』を見て、俺達全員は凄まじい衝撃を受けてしまう。
薄らとした緑の霧が広がる巨大空間の奥。これまたかつてないほどの大きさを誇る存在が一つ。
大樹のように太い『前脚と後ろ脚』に、地面を掴む碇みたいな『爪』。
はち切れんばかりの『尾』は地面に引きずられ、『太く長い首』の先には獰猛な目や牙が。
さらには捩じれた二本の『角』が斜め後ろへと流れて、背中の『両翼』は存在感を示すように大きく広げられている。
体色はドス黒すぎるほどの黒一色。
呼吸のたびに膨れ上がるその全長は、三十メートルはあるだろうか。
縦も横も二十五メートルプールには絶対収まりきらない、とてつもないサイズが遠目からでも確認できた。
「おいおい……ウソだろ……?」
ぽつりと、誰かの声が静かに響く。
……まあ無理もない。
俺だって少しでも気を抜けば、無意識に口を開いて絶叫でも上げただろう。
現実とファンタジーが混ざり合って十年、初めて見る。
ズク坊の鼻で位置を特定して、俺達の視界に飛び込んできたその巨大モンスター。
強力で凶悪なモンスター達を一方的に喰い散らかしたそいつは、いわゆる西洋風の――『竜』だった。
ストックがあった頃と比べてあまり推敲の時間が取れない……。
誤字脱字や矛盾等ありましたら、指摘してもらえるとありがたいです。




