五十四話 二人の男
主人公視点ではありません。
最前線にいる国選探索者にスポットが当たっています。
「あーダルいな。一気に最下層まで潜っちまいたいぜ」
二層で太郎が自慢の鎧を傷つけられて冷や汗をかいていた頃。
殲滅作戦の最前線では、『一方的』な戦いが繰り広げられていた。
『岐阜の迷宮』六層。
そこは上層と違って緑の霧が晴れて視界良好、逆に沼は深くなり膝が隠れるほどの場所だ。
ただ、五層からは足場となる大小様々な岩の柱があるので心配はない。
モンスターが強くなる一方、人外な身体能力を持つ凄腕探索者にとっては、環境の面では少し楽になっている。
そんな最前線の中で、他と競い合うように先頭を走っているのが――。
「団長、こっちの掃除は終わりましたよ」
「おー。サンキュー」
仲間の報告に気だるげに答えたこの男。
ボサボサの髪に無精ひげを生やした小汚い男だが、探索者の世界において、彼と彼の率いるパーティーを知らぬ者など存在しない。
名を草刈浩司。
年齢は三十七歳で、多くの者達が命を落とした『迷宮元年』から活躍する、日本を代表する凄腕探索者だ。
そして、その草刈が団長を務めるのが――『遊撃の騎士団』。
日本で最大勢力のパーティーで、在籍するメンバーは全二十四名。
その全員が例外なく凄腕探索者であり、質の高さから日本一稼いでいるパーティーだ。
「……やれやれ、こりゃーマジでひっきりなしだぜ」
沼に立つ岩の柱の上で、それを見下ろした草刈はため息をつく。
沼を我がもの顔で泳ぎ現れた、十メートルに達しようかというほどの深緑色の巨大な蛇。
本来は八層にいるはずの、六~八層のモンスターが混在している現在の六層での最強格だ。
あのトロールさえも十秒あれば秒殺できる、もはや怪物から見ても怪物である。
「ったく『バジリスク』さんよお。一体何匹斬られりゃー気が済むんだよ?」
そんな怪物相手に、草刈は腰に提げた刀を鞘から抜く。
左手に持ち、そこから刀を――構えない。
いや、正確には構えてはいる。
ただ、他の剣士のそれと比べたら構えているように見えないのだ。
【無気力剣術】。
それが草刈の一枠目の【スキル】であり、彼の戦いの根幹となるものだった。
左手で刀を柔らかく握り、右手は装備下にはいたズボンのポケットの中。
半身に構えず姿勢も猫背で、とても剣士、というか戦う者の構えではない。
だが、この『片手ポッケの構え』と呼ばれる構えこそ、草刈の戦闘体勢である。
特殊すぎる【武術系スキル】により、これが最も力を発揮するのだ。
「じゃ、いくぜ」
ぽつりと呟いた一言。
それが戦闘開始の合図であり、死刑宣告となった。
地獄の入口とも思える大口を開けて、沼から突き上がってきたバジリスクが横一文字に両断される。
その切り口は頭から尻尾まで一瞬で入り、勢いのまま上半分は上空へ、下半分は草刈の立つ岩の柱に激突した。
【斬れ味】。
今の一撃を可能としたのは、【無気力剣術】と共にこの【スキル】があったからこそ。
名前の通りあまりに地味な【スキル】だが……強い。
特に剣術系と組み合わせれば、最上の効果が得られるのだ。
まして【無気力剣術】は『九段』、【斬れ味】も『レベル9』という熟練度なので、その威力は想像に絶する。
それに加えて、すでに九振りで九匹を葬っている淡く光る刀。
亜竜・『妖精竜』の牙で造られた、世界に一本しかない『精竜刀』もある。
つまり、バジリスクさえも相手にはならない。
敵の急所や正中線を外さない限り、一振りで決着をつけられるのだ。
ついた異名は『剣聖の探索者』。
数ある凄腕探索者の中でも、頭二つは飛び抜けて凄腕――。
草刈浩司か白根玄か、『黄昏の魔術団』の団長か『DRT(迷宮救助部隊)』の隊長か。
しばしば起こる最強論争で、必ず名前が上がる者の内の一人だった。
最近、『ミミズクの探索者』という規格外なルーキーが彗星のごとく現れるも……実力的にも経験的にも、まだ彼らには及ばない。
ちなみに、そんな草刈に殺られたバジリスク。
実は突撃前、草刈の強さを感じ取って、代名詞である【石化眼】を使っていたのだが……、
それさえも問答無用、完膚なきまでに一刀両断されていた。
「俺に斬れぬものなし。まさにラストサムライだぜ――なんつって」
◆
「フッ、そんな醜い顔でよく僕の前に立ちはだかれるね」
同じく最前線の六層にて。
『遊撃の騎士団』や『DRT』のAパーティーとは違うルートで、その男は予定の第二ポイント(六層中央広場)まで来ていた。
名を若林正史。
年齢は二十九歳。整った顔立ちで、金に染めた長髪を後ろで一本に縛っている。
探索者歴は六年と半年。いわゆる中堅どころの探索者だ。
だがもちろん、本作戦に呼ばれて最前線にいるのだから、実力的には中堅どころではない。
亜竜・『六尾竜』の鱗とひげで造られた、黄金色の毛皮コートのような『六尾竜のローブ』を纏っているのを見ても分かる通り。
彼こそ最強候補の探索者であり、最強の魔術師である。
そんな若林が率いるのが、魔術師だけで構成される『黄昏の魔術団』。
メンバーは全十三名で、確認されている全属性(火・水・土・風・雷・氷・光・闇)をこの十三名で網羅している。
――で、だ。
その若林達の前、本来なら休憩に使いたい広場で待ち構えていたのが、六層の住人である『カタパルトホーネット』。
簡単に言えば軽自動車サイズのスズメバチだ。
日本固有の珍しいモンスターで、特に凶暴性の高いモンスターである。
そんなカタパルトホーネットが一体、ブゥウウウ……! と薄気味悪い羽音を鳴らして広場中央に陣取っていた。
「今の六層では最弱のくせにずいぶんな態度だね? どうやらお仕置きが必要ってわけか」
仲間が攻撃を加えようとするのを制して、若林は一歩前に出た。
名は体を表すように、すでに敵の『射出する毒針』の射程圏内に入っている。
それでも余裕を崩さず、さも主導権は自分が握っているとでも言うかのように。
若林は左の掌を上に向けて顔の前に出すと、その掌に吹きつける形で――強く短く息を吐いた。
瞬間。ドパァアアン! と。
鼓膜を破るかのような発砲音が鳴り響き、三十メートルは離れていたカタパルトホーネットの巨体が墜ちる。
つまりは撃ち落とした。
目にも止まらぬ速さで、右の羽の根元を撃ち抜いたのだ。
しかし、若林は魔術師である。
今のは明らかに発砲音で、どこか魔術なんだ? と初見の者は思うだろう。
それでも、彼はたしかに『半分』魔術を使った。
その証拠が墜ちたカタパルトホーネットの体。
弾け飛んだ羽と、その失われた羽の根元が『凍りつき』、本体の右半分が完全に死んでいた。
――【氷魔術】。並びに【真空砲】。
共に熟練度は『レベル9』と高いが……このうち【氷魔術】の方は説明不要だろう。
そのまま氷属性の魔術で、氷や凄まじい冷気で攻撃するものだ。
もう一つの【真空砲】というのが発砲音の正体である。
ただ、本当に発砲したのではなく、若林の口から『吹き出された』だけ。
そう、この【スキル】はブレス系の一種なのだ。
口から球体状の真空の砲弾を吹き出して、離れた敵に攻撃を加える。
クッキーの【トルネード砲】と比べたら威力は落ちるものの、速度・射程・連射能力の三点で上回っている。
二つの属性を持つ魔術師はいても、『魔術とブレス』の二刀流は他にはいない。
『氷魔砲の探索者』。
若林は魔術師として、ナンバーワンでありオンリーワンの存在だった。
「さて、今度はその醜い顔に叩き込んで幕といこう」
冷えた声で言って、若林は再び氷の属性を纏った真空の砲弾を放出。
と同時に巨大蜂の眉間に風穴があき、そこから急速に凍りついていく。
避けるヒマなどない氷と真空の一撃。
最強剣士の草刈が地味なら、若林の戦いは正反対で美しく派手だった。
……のだが、
「フッ、美しい僕が醜いモンスターに負けるはずがないだろう?」
前髪をかきあげ、アゴを少し上げてのキメポーズ!
こういう無駄にナルシストなのがたまに傷。いやだいぶ傷。
同じ『黄昏の魔術団』のメンバーは、我らが団長のこの部分を恥ずかしく思っている。
そんな仲間の心も知らずに、若林はさらにキメ台詞を吐く。
「醜いのは罪。せめて僕が美しい氷の彫像に変えてあげよう!」
今回で毎日更新が終わるかと思いきや……明日も何とか間に合いそうです。




