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五十話 高速戦闘

何だかんだで五十話です。

「おっとっと。誰かと思えばお前かよ!」


 すぐるがヴェノムグールを瞬殺し、さあ俺もいくぞ! と意気込んだ矢先。


 その思いに答えるように、緑に染まる霧の中に一体の影が揺らめき現れた。


 そして姿を見せたのは――中身のない真っ黒な鎧。

 雄々しい鎧を纏い、手には一本の両刃の剣を持ち、首から上がない西洋的な『首なし騎士』だった。


 コイツの正体は『デュラハン』。

 二メートルの体躯に、見たまんま剣で戦う人型のモンスターで、本来は四層にいるはずのアンデッド系モンスターだ。


 現在、『迷宮決壊(ダンジョン=コラプス)』の危機に瀕している迷宮の一層に蠢くのは、一~四層のモンスター達。

 ヴェノムグール、ダークレオ、デスクロコダイル、そしてデュラハン。


 つまり、二戦目にして早くもこの層に流入した『最強格』のおでましだった。


 その力はトロールよりも少し上。

 あの五メートルの巨体の威圧感をギュッと纏めて、さらに一割増しくらいにした強者のオーラを放っている。


「どうする太郎。……俺がやるか?」

「フッ、またご冗談を。まだ大将が出る段階じゃありませんよ!」


 ニヤリと不敵に笑った白根さんの問いかけに、俺もニヤリと笑って返す。


 二か月前ならデュラハン相手にビビって交代を申し出たかもしれない。

 だが、みっちり鍛練して俺も強くなっているからな。


 一種独特で不気味なオーラを放つ、漆黒の首なし騎士など恐れる足らん!


――『十五牛力』。それが今の俺の力だ。


【モーモーパワー】発動時の体重は推定十二トン。

陸生動物最重量となり、重さだけを見ても破壊的な一撃が約束されている。


 さらに加えて、もう一つ。

 十牛力に達した時に得た『闘牛の威嚇』と同じく、十五牛力となって、また『新たな能力』が開花していた。


「こっちは地味だけど……結構なものだぞ?」


 それを披露すべく、中段に構えて迎撃体勢を取っているデュラハンに向かって走り出す。


 超重量の一歩一歩で浅い沼地を踏み潰し、周囲をその大音響と揺れで支配しながら。


『岐阜の迷宮』一層にて、騎士vs重戦士の戦いの幕が上がった。


 ◆


 同じく鎧を纏った者同士の一戦。

 その第一段階の距離を詰める時点から――俺は新たな能力を発揮していた。


 白根さん並の超速度の踏み込み! とまではいかないものの、

 今までではあり得ない人外なスピードで距離を詰めて、そのまま唸りを上げる右のラリアットを繰り出した。


 一方、デュラハンは余裕を感じさせるようにゆらりと動く。

 首のない体をほんの少し傾け、両刃の剣を寝かせた最小限の動きで受け流してきた。


「うおっ、これを捌くのかよ!? さすがは人型モンスター……いや騎士か!」


 俺は突っ込んだ勢いのまま後方に抜ける。

 そしてついつい、見事な剣技だな! と、呆れ半分感心半分でデュラハンに振り返った。


 高速な突進からの一撃を危なげなく対応するとは……やはり強いな。


 ぶっちゃけ、今ので仕留めるか重傷を負わせるかの自信があったので、ちょっと新たな能力を過信しすぎたかもしれない。


「ホーホゥ。アレを剣で受け流すとは……」

「先輩の『高速闘牛ラリアット』が……これは予想外です」


 今の一撃で緑の霧が多少吹き飛んだ事もあり、視線の先でズク坊達が驚きの声を上げる姿が見える。


 ……だよなあ。普通なら決まると思うよなあ。


 俺が十五牛力に到達して得た新たな能力。

 それは牛力の調整、力の増減が『自由自在』になったのだ。


 これまでは五牛力なら五牛力、十牛力なら十牛力だけと。

【モーモーパワー】を発動したら、きっちりその時点での頭数分の力と重さで『固定』だった。


 そんな融通の利かない状況が、十五牛力となって解放(?)されて調整が可能となる。

 一~十五牛力まで、計十五段階と、相手に合わせて最適な力を引き出せるのだ。


 なので、今までみたいに加減をして威力を抑える必要もなし。

 体に宿す牛力を調整すれば、わざわざ腕の振りを緩めなくても、オーバーキルで素材を破壊する失敗はない。


 さらにもう一つ、実はこっちが『本命』なのだが、

 十五牛力のパワー(筋力)を全開で引き出す一方、体重はたった五牛力分(四トン)に抑えていた。


 パワーと体重で異なる牛力、体内に宿す牛の数の違い。


 そのより細かな調整の結果、牛の力の真骨頂、一撃の重さは低下するものの――、


「反面、高速移動が可能になるってわけだ!」


 ガシャガシャン! と漆黒の鎧を鳴らして斬り込んできたデュラハンに対して。


 俺は受け止めず、見せつけるように再び高速で移動して安全圏へと離脱した。


「太郎の弱点はスピードだ。強靭なパワーやタフネスと比べたら全然足りねェ。重さがあるデメリットで、スピードは人間の域止まりだった」

「チュチュ、それが解決したんチュね。さらに加えて、『加速してから重くなる』とは考えたっチュな」


 白根さんとクッキーの解説が聞こえるが――その通り。


 俺は五牛力の軽い体重(これ以下だと軽すぎて制御できない)を、十五牛力のフルパワーを使って高速で移動。

 そして当たる瞬間、きっちり威力を高めるために、体重も十五牛力(十二トン)に戻していた。


 これにより、速度が出た状態での攻撃が可能に。

 衝撃力は速さ×重さ(だったよな?)なので、最初から十五牛力でいくよりも威力はさらに上がるのだ。


「……なのに受け流すんだもんな。さすがは『岐阜の迷宮』四層のモンスターだ!」


 せっかく苦労して、瞬間的に体重を戻す芸当を身につけたのに……!

 そんな少しの憤りを感じながら、俺はあけた間合いを再び詰める。


 パワーは常時十五牛力のまま、重さだけを切り替えて加速、そして瞬時に戻す。


 緑の霧の中、唸る二発目の『高速闘牛ラリアット』と剣が重なり合う。

 耳をつんざくような鋭い金属音が響くも、残念ながらまたも破壊音は生まれなかった。


 原因はもちろん、予想以上なデュラハンの剣技だ。

 両刃の剣が柳に風を受け流すように、俺の獰猛な攻撃をいなしてきた。


 その流れのまま、足を止めて強引に左右のラリアットを打ちこむも――結果は同じ。

 全て華麗に流されてダメージを与えられず、逆に鎧の上から胴に一閃、反撃をもらってしまう。


「ッ!」


 敵の踏み込みがわずかに浅かった事もあり、こっちもダメージこそ受けていないが……。


 ガラ空きだった鎧に刻まれたのは一筋の太刀傷。

『ミスリル合金』を傷つけるその一撃に肝を冷やすと共に、何より深刻なほどの技量の差が俺とデュラハンの間にあった。


 ――ならば打つ手は一つ。

 カウンターが上手いガーゴイルを屠った時と同じく、ラリアットがダメなら全身を使ったタックルだ。


「今度の相手は足を使えそうだけど……まあ、こっちも速度は上がってるからな!」


『猛牛タックル』改め『高速猛牛タックル』。

 当たるか避けるか、結末はそのどちらかしかない。


 いくら達人みたいな剣技があり、かつ斬撃自体が強烈なものだとしても。

 捨て身気味の、全身で突っ込む超重量の相手を受け流すのは物理的に厳しいからな。


「いくぞ、首なし!」


 叫び、鍛練で散々、体に染み込ませた『重量の切り替え』をもってタックルを敢行。


 足元の沼が過重な一歩で飛び散った時には、すでに俺とデュラハンの距離はゼロだった。


 瞬間、迎撃の刃と鎧が鍔迫り合いのごとく衝突する。

 だがそれも一瞬。胸に太刀傷を刻まれながら一気に押し込んだ体は、漆黒の鎧を真正面から捉えた。


 ドガッシャァアン! と重々しくも甲高い音が響く。


 それは鎧が上げた悲鳴だったかのように、デュラハンの鎧は莫大な衝撃に耐え切れず、破壊によって勢いよく弾け飛ぶ。


 同時、鎧の中に渦巻いていた黒色の空気が霧散する。

 デュラハンの本体とも言うべき殺意と敵意が凝り固まったそれは、周囲の緑の霧に溶けるように消え去っていく。


「……勝負あり」


 沼地に散らばる鎧の残骸を見ながら、俺は右腕を上げて勝利宣言をする。


 今回の戦い、俺が負ったのは胴と胸部分の鎧の太刀傷だけなので……完勝と言っていいだろう。


 あのモンスターとは思えない、素人目に見ても凄まじい剣技は驚くべきものだったが、

 新技『牛力調整』で速度を得た分、兜と鎧のわずかな隙間、首を狙って剣を突き立てられる危険も感じなかったしな。


 どうやらこの階層に出る最強格、首なし騎士のデュラハンが相手でも問題ないようだ。


 そんな勝ち誇る俺を見ながら、我らがリーダー白根さんはどこか満足げに言う。


「ワッハッハ。こりゃ俺とクッキーの出番は当分出てこねェかもな!」

というわけで、次の新たな能力は『牛力調整』になりました(地味ッ!)。

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