四十八話 集結
岐阜の迷宮編に入ります。
人間側もモンスター側も強いやつをどんどん出す予定です。
「……とうとう来たか」
『岐阜の迷宮』。
日本で三本の指に入る難度を誇るその迷宮は、『迷宮決壊』発生の危機が訪れている。
そして今日、その危機を脱するために官民挙げての作戦が決行されるのだ。
それはつまり、日本が有する『トップ級の戦力』が集結する事を意味していて――、
「まァ、巨大危機を受けての『強制召集』だからな……。そりゃ皆さん集まるわな」
と、白根さんは目の前の光景を見ながら言う。
他のメンバーのズク坊、すぐる、クッキーは気圧された様子で、口をあんぐり開けて軽くフリーズしている。
今、俺達がいるのは『岐阜の迷宮』ではない。
重大な作戦決行を前に、当然ながら国から最後の説明が行われるため、
『岐阜の迷宮』担当の探索者ギルドに他の参加者達と一緒に案内され、会議室――を遥かに超えたホール会場に入っていた。
ちなみに、ここまで来るのに使った足は国が用意したヘリコプターだ。
強制召集しといて岐阜まで自分達で来い! とか横暴すぎるので、そこら辺は気を使ってくれたらしい。
「ヘリ移動も驚いたけど、さすがは日本有数の迷宮の担当ギルド……。まさかここまでデカイとは」
「まァ、個人的には無駄に広ェと思うけどな。とりあえず適当な場所に座るか」
俺達は白根さんに率いられる格好でホール会場を進む。
広い会場があるだけあって、ここの探索者ギルドは今まで見た中で本部に次いで大きかった。
内装も華やかで階段は全て大理石製、まるで高級ホテルかと錯覚するほどの立派な造り。
迷宮の難度と素材の価値は例外なく比例するから……かなり儲かっているようだ。
そんな探索者ギルドのホール会場はかなりの席数があり、多くの参加者がいても半分以上が空席になっている。
……ただ正直、その状況でも『圧迫感』がハンパなかった。
自衛隊らしき集団に、大所帯探索者パーティーに、その他大勢。
なぜか強者のオーラを撒き散らしながら、鋭い視線を周囲に向けて席に座っているのだ。
「…………、」
その刺々しい雰囲気を肌で感じて……ちょいと言わせてほしい。
俺達仲間だよね?
同じ作戦の下に集められた同志で、敵対する相手じゃないよね??
「何ちゅうピリついた空気……。ここは闘技場の控室か何かですかい」
「大体こんなもんだぞ? 人間を辞めた凄腕の探索者なんざ、こういうプライド高ェヤツが多いしな。それを一堂に集めりゃ、嫌でもライバル視からの威圧が生まれるもんさ」
「な、なるほど……」
たしかに、力があればプライドが高くなるとか特別感が生まれるとか、それに関しては納得できる。
だが、無用なライバル視や威圧はちょっと困るぞ。
全身タトゥーの強面な格闘家と比べても、『本能的に』段違いで怖いから勘弁してほしい。
というわけで、なぜか他の参加者にビビらされつつ席に座る。
白根さんは最初から、クッキーは途中から気にせず堂々としているが……、
俺とズク坊とすぐるは全然慣れずに、伏し目がちの猫背である。
「説明が始まるまであと五分か。……よし、その前に先輩としてちょっと教えてやろう」
時間があったからか、はたまた俺達の緊張を和らげるためか。
白根さんは笑顔で言うと、この場に集結した日本の戦力を紹介していく。
まず、最前列右側の一角に座る一団。
迷彩柄の服に身を包んだ、自衛隊所属の『DRT』(迷宮救助部隊)だ。
迷宮に入った探索者が戻らない場合、その担当ギルドから連絡を受けて救出にあたる人達。
金のために潜る探索者とは根本的に違い、普段はモンスターの間引きをしながら迷宮で鍛練している。
体格自体は筋骨隆々でこそないものの、探索者特有の内に秘めたオーラ的なものが溢れ出ていた。
そんな彼らはSATと並ぶ、今や誰もが知る特殊部隊の一つだ。
俺もズク坊もすぐるも、実物を見たのは今日が初めてだった。
官民合同の参加者で官はここまで。
残る大部分の人達は、俺達と同じく民間の探索者だ。
その中で最も人数が多く(二十四名)、すでに装備を整えて臨戦態勢なのが――『遊撃の騎士団』。
騎士と言っても俺みたいな重戦士タイプとは異なり、『遊撃』だけあって軽快に動き回って仕留めるスタイルらしい。
日本で最大勢力の探索者パーティーで、質も数も文句なしの稼ぎ頭との事だ。
だからか、ホール会場の中央に陣取り、他のパーティーと比べても自尊心が特に高いようで……。
実は彼らが中心となって威圧しているせいで、応戦する形で『DRT』さえも威圧し返している。
つまり、この殺伐とした空気を作り出している主な原因。
外野からしたら、本当にはた迷惑なナンバーワン探索者パーティーだな。
次に存在感(と威圧感)があるのが――『黄昏の魔術団』。
前列寄り左側の位置に座っている彼らは、パーティー名の通り、魔術師だけで構成されている。
まだローブは着ていないが、全員、魔術師だけに存在する独特な空気感、魔力を保有していた。
メンバーは十三名。属性は現在、確認されている全属性(火・水・土・風・雷・氷・光・闇)をこの十三名で網羅している。
あと補足情報として、今のすぐるでもギリギリ入団できるくらいの、日本一レベルの高い魔術団らしい。
「んで、後ろにいる華やかなヤツらが――」
白根さんが続けて次のパーティーを紹介しようとした時。
紹介されるはずの小規模パーティー(七名。全員女性)の中で。
一人の女性がこちらに気づき、スタスタと近づいてきていた。
◆
「あっれえ……?」
俺はそれを見て違和感を覚えた。
女性が俺を真っすぐと見て微笑み、その顔がどこかで見た事があるように思えたからだ。
「初めまして。右肩のミミズクから見るに、あなたが友葉太郎君ね?」
「へっ!?」
『ミミズクの探索者』、と呼ばれるなら分かる。
しかし、本名で呼ばれるとは予想外すぎて……思わず間抜けな声を出してしまった。
……いや待て待て。俺はこんな美女知らないぞ?
艶やかな長い黒髪にスレンダーなモデル体型で、顔も女子アナやCAにでもなれそうな品のある正統派美人。
かといって高飛車な感じはせず、格好もシンプルな白シャツとタイトなジーンズで清潔感がある。
絶対に初対面のはずなのに、何かどこかで見たような――――……あっ!
「ま、まさか日菜子さん!?」
俺の脳裏に浮かんだのは、『横浜の迷宮』担当の探索者ギルド、その美人受付嬢だ。
初めてお世話になった受付嬢で、俺を特定探索者に推薦してくれた人である。
「うーん、残念。ちょっと惜しいわね」
「え、ちょっと惜しい……?」
「そうよ。日菜子は、吉村日菜子は私の『妹』よ」
「えッ!?」
「フフ、私は吉村緑子。あの子の姉で探索者をやっているのよ。よろしくね友葉君」
美女改め緑子さんは言うと、ニコッと女神の微笑みで細く白い手を出してくる。
対する俺も手を出して、緊張から心臓をバクバクさせながら握手した。
この手といい顔といい物腰の柔らかさといい、とても探索者には見えないな。
俺達以外に唯一、他の探索者パーティーに威圧もしていなかったし……。
だが実際、こうして作戦に呼ばれているのだから、凄腕探索者なのは間違いない。
右肩のズク坊の額を指で撫でる仕草も、どこか隙がない感じさえあった。
「……そうでしたか。日菜子さんには大変お世話になりました。あの時はソロでド新米な探索者だったもので」
「フフ、また謙遜して。妹から聞いているわ。『最初から他とは違う感じがした』って」
「あ、いや……恐縮です」
「おォ、やるじぇねェか太郎。最強の女探索者にも知られてるたァ驚きだぞ」
と、俺と緑子さんの会話に茶化すように入ってきた白根さん。
よくよく話を聞くと、二人は凄腕探索者同士、旧知の仲だったようだ。
彼女は女性だけの少数精鋭パーティー、『北欧の戦乙女』のリーダー。
そして、女探索者では頭一つ抜けた最強の存在で、その美しさからは想像できないほど強いらしい。
「まあ、白根さん達本当のトップと比べれば私もまだ未熟だわ。――って、もう時間のようね。また今度、時間があったらゆっくりお話ししましょう」
ホール会場の壇上に関係者が上がったのを見て、緑子さんは微笑みを残して仲間達のもとに戻っていく。
そんなご尊顔と、「またお話ししましょう」という言葉にニヤけつつ、俺も席に着いた。
前を見れば、壇上にはギルド総長の柳さんが立ち、軽く挨拶をしてから今回の作戦について話し出す。
事が事であり、命懸けの重大作戦なので――参加者達の威圧は消えて皆が真面目に聞いている。
「――というわけであり、『DRT』並びに『国選探索者』である諸君には――」
ギルド総長が口にした『国選探索者』。それが俺達の正式な呼び名だ。
国に実力を認められて、高額の報酬を見返りに強制的に集められた、迷宮日本代表とも言うべき戦力。
もし俺達がモンスターに敗れて作戦に失敗したら?
『迷宮決壊』が発生し、待つのは『岐阜の迷宮』を中心に起こる地獄絵図だ。
それを誰もが重々理解している中、他にも色々と注意点やら何やらを伝えられてから。
ギルド総長は最後に、ホール会場に集まった俺達を見渡しながら、鼻息荒く宣言する。
「必ずやこの危機を封じ込められると信じている。――諸君の健闘を祈る!」




