二百四話 決戦の朝
前半が主人公、後半が第三者視点です。
「ホーホゥ。バタロー」
「そろそろ時間だぞ」
「……ああ、そうだな。――じゃあ行こうか」
長い夜が明けた。
昨夜の決起集会が終わり、宿泊するホテルに帰ってシャワーを浴びた後。
すぐにベッドに入ってもなかなか寝付けなかったが……日本にとっても俺にとっても、ついに重要な一日となる朝を迎えた。
三月三十一日。天気は快晴。
ホテルの朝食バイキングを取り終えて一旦、部屋に戻ってゆっくりと過ごしてから。
リュック型のマジックバックを背負った俺は――ズク坊とばるたんを乗せて部屋を出る。
「あ、準備できましたか先輩」
「てっきり朝ご飯を食べすぎて二度寝しちゃったと思ったよー」
部屋を出てすぐ、廊下のソファに座って待つすぐると花蓮の姿が。
二人とも明るい声と表情で、現時点で緊張している様子は見えないぞ。
「悪い悪い、待たせたな。というか二人の方がだいぶ食ってたけど、腹は大丈夫なのか?」
「はい。僕はもうほどよく消化されてますので!」
「右に同じくっ! この分だとお昼前には腹ペコかもね」
俺の問いに、やはり元気に明るく答える二人。
……ふむ、何だか今日は一段と頼もしいな。
もしかしてこの中で一番、緊張感に飲まれているのは俺だったりして。
「お喋りはそこまでだ。さあ皆、行くぞホーホゥ!」
そんなズク坊の声にうなずき、俺達『迷宮サークル』(+ばるたん)はエレベーターに乗って集合場所の一階ロビーへ。
到着するとすでに多くの仲間、六日間の訓練を共にした『滅竜隊』の面々が。
ソファに座る人もいれば歩き回っている人もいて、それぞれの精神状態がこっちまで伝わってくるぞ。
「おォ、来たか。お前達、準備はいいかァ?」
「それより大変っチュよ皆。朝ご飯を食べてた時よりも……さらに騒がしくなってるっチュよ!」
一階ロビーについた俺達を見つけて、白根さんとクッキーが近づいてくる。
その二人に挨拶をして、すぐる達と同じく、朝からモリモリと食べていたクッキーの指し示す方向を見てみると――。
「……ぬおお、マジか」
俺達『滅竜作戦』関係者が泊まるホテルの外。
その正面入口周辺には、マイクやカメラを構えた大勢の人の群れがあり、中の様子を窺っていた。
「かなりのメディアが集まっているみたいね。でも気にしないで皆。私達のやるべき事だけに集中しましょう」
「そういう事。……つうか太郎、まだ寝ぐせがついたままじゃない。ビシッとしなさいよ!」
「これで『迷宮サークル』もオッケーと。もう少しで出発の時間だね」
と、今度は緑子さん達『北欧の戦乙女』の三人が俺達のもとへ。
ガシガシと俺の寝ぐせを手荒に直す葵姉さんといい外の群衆といい、嵐の前の静けさとは無縁な状況だ。
「えっと、じゃあ出発前にとりあえず――」
そんなお姉様方にも挨拶をした俺は、他の探索者達にも『今日はよろしくお願いします』的な挨拶をしにいく。
ちなみに、ここに『DRT』隊員達の姿はない。
共に竜と戦う仲間ではあるが、彼らはあくまで自衛隊だからな。
なので、泊まっているのはホテルではなく宿舎の方。
彼らと合流するのは『紀伊水道の迷宮』行きの船が停泊する港に着いてからだ。
「――よろしく頼む、友葉氏達よ。再び共闘できる事を光栄に思うぞ!」
「『担当チーム』は違うッスけど、魂は共にあるッスからね!」
「おう、頑張ろうな。……けどお前ら、そのセリフはこの一週間で十回は聞いたぞ?」
戦友(?)の『奇跡☆狙撃部隊』はやる気満々だ。
もはやお約束となった固い男の握手を交わし、互いの健闘を誓い合う。
「あ、太郎君。……いやあ、岐阜の時は全くお声がかからなかったから……まだちょっと飲まれてるよ俺は」
「そういや朝もあまり食べてなかったですね。……まあ俺も他人の事は言えませんが、リラックスですよ松也さん!」
次に俺が声をかけたのは、『同じホーム』の顔見知り。
上野では『迷宮サークル』と『勇敢なる狩人』に続く看板パーティー、『チーム・ウルトラス』のリーダーを務め、『鎌鼬の探索者』の異名を持つ高崎松也さんだ。
緊張する松也さんとも(さっきの流れでつい)固い握手をして、俺はまた他の探索者にも挨拶を続けていく。
――あ、そうそう。
すぐると花蓮についても、俺とは離れてそれぞれ挨拶に行っているぞ。
すぐるは若林さんの『黄昏の魔術団』のところへ。花蓮は八重樫さんの『従魔列車軍』のところへ。
どっちも以前、お世話になった一流魔術師&一流従魔師パーティーで、リラックスした様子で談笑している感じだ。
また俺達だけでなく、他の探索者同士も声を掛け合っていた。
『滅竜作戦』の成功を誓い合ったり励まし合ったりして、緊張を緩めつつも士気を高めているぞ。
「――よし、これで全員が揃ったようだな。では我々も向かおうか。竜が待つ『決戦の地』へ」
と、ロビーに集まった探索者二十七名に向けて。
そう力強く発言したのは、我らがトップのギルド総長の柳さんだ。
すでにその姿に気づいて静かになっていた俺達は、柳さんの声に黙ったままうなずくと、
ホテルのスタッフに見送られながら、ロビーを出て柳さんを先頭に入口に着けられた大型バスへ。
「ギルド総長! 一言お願いします!」
「今の心境は!? 竜を討伐するという自信に変わりはありませんか!」
「どのような作戦で挑むのですか!? 今日までの訓練の成果はどうです!?」
その際、待ち構えていたメディアからフラッシュの嵐と数々の問いかけが。
ただ彼らには答えず、俺達は軽く頭を下げる程度で次々にバスへと乗り込んでいく。
「……ホーホゥ。短いストロークだったけど、何かスゴイ熱気だったぞ」
「だなズク坊。分かっちゃいたが……こりゃ相当な注目を浴びてやがるぞ」
そうして全員が乗ったところで、すぐにバスのドアが閉められる。
バスの中はズク坊とばるたん以外は誰も喋らず、外とは正反対で静かな空気が流れていた。
現在時刻は九時ちょっと過ぎ。
殺到するメディアで一瞬、わちゃわちゃしかけたが、今のところは遅れも混乱もなく予定通りだ。
「(……だいぶ期待されてるな。これはちょっと裏切れないぞ)」
――こうして、現場の人達だけでなく、カメラの向こうにいる多くの国民の注目も浴びながら。
俺達探索者組を乗せたバスは、決戦の地に向けて出発したのだった。
◆
一方その頃。千葉県某所の『とある病院の一室』にて。
バスに乗り込んだ戦士達の姿を、生中継の画面越しに見ている者がいた。
「お、おのれ! 今のは友葉バタローだな!? 俺を置いて竜との戦いに挑むとは――何という自殺行為ッ!」
右脚を包帯でぐるぐる巻きにされて固定されたその男。
彼は『農薬王の探索者』の異名を持ち、自称『ミミズクの探索者』の宿命のライバルである小杉達郎だ。
そんな小杉は日本中、いや世界中の注目を集めている同業者達(主に太郎)を見て悔しそうにベッドを叩く。
本来なら自分もそこにいるはずなのに……! と、今度は恨めしそうに自分の右脚を睨む。
「まさか俺が……何という『不運』だ! 未来の最強探索者がこの大一番に出られないとは……ッ!」
またバシバシとベッドを叩き、大声を上げて悔しがる小杉。
幸い個室であるため迷惑は最小限に抑えられているが、普通にその声は外へと漏れている。
――入院したのは約一週間前。
『滅竜作戦』を見据えてホームの植物系の迷宮に潜り、【除草剤】で普段以上に無双していた小杉だったが……。
想定外な『不運』によって、迷宮の天井の表面が崩落。
その一部が仕留めたモンスターの死体で跳ねて、またまた『不運』にも右脚に直撃してしまったのだ。
「なぜだ、我がスキルの【幸運】よ!? お前は今や『大吉』、こんな事故を呼び込むなどありえないだろう!」
『滅竜作戦』に参加できない小杉の怒りは自身の【スキル】の一つへ。
……だが、小杉はそもそも大きな勘違いをしていた。
別に万全の状態だろうとなかろうと、ギルド本部から小杉に協力要請の手紙は来ない。
対植物系では間違いなく最強の戦力となるが……黒竜相手には何の強みもないのだ。
ただ、それを知らない(分からない)小杉は叫ぶ。
なぜわざわざ『切り札の回復を待たずに挑むのか』!? と。
「すみません小杉さん。ちょっと声が大きいですよ。他の方の迷惑になるのでお静かに――」
「何を言うナースよ! 今日がどういう日なのか君は知らないのか!?」
「え? 今日は……例の『滅竜作戦』ですよね。でも仕方ないですよ、小杉さんは大ケガをしているんですから。お仲間の勝利と無事を祈って――」
「何のこれしき! たとえ機動力を削がれようと、俺がいるだけで竜にプレッシャーがかけられるはずだ!」
宥める若いナースの声も虚しく、小杉の竜への未練は止まらない。
……だが、やはり小杉は大きな勘違いをしていた。
もし大ケガをして入院していなければ、『運良く船に忍び込めて』竜の前に立ち、そしてその結果……。
【スキル:幸運】は所有者に幸運しか運ばない。熟練度が『大吉』ならば尚更だ。
本人にとっても『滅竜隊』にとっても、間違いなく『幸運』な状況である。
「さては竜の運命が俺を恐れたな!? 迷宮世界の『頂点捕食者』が聞いて呆れるぞ!」
――ただし、病院と他の入院患者には大迷惑がかかってしまうのであった。




