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二百話 上陸調査

第三者視点です。

「――こちら第十四部隊。これより上陸を開始する」


 穏やかな波に揺られた船の上。

『DRT(迷宮救助部隊)』隊長の梅西比呂貴うめにしひろきは、トランシーバー片手に『DRT』本部へとそう伝えた。


 どこかの戦国武将のような面構えの梅西と、強面ばかりの屈強な部下達。

 彼ら第十四部隊が正面に見据えるのは――たった一夜のうちに出現した謎の島だ。


 場所は紀伊水道。和歌山の有田川河口から南西に十五キロ地点。


 穏やかな波と雲一つない快晴の空に、断崖絶壁に囲まれてぶ厚い霧で蓋をされたその島は存在していた。


「今回はあくまで『調査』だ。作戦通り、可能な限り戦闘は避けていくぞ」

「「「「「了解!」」」」」


 そうして、関西圏を担当する彼ら(強面)第十四部隊は――『何の苦もなく』島への上陸に成功する。


 島の周囲が断崖絶壁で囲まれる中で、ポツンと存在している『白い砂浜』へと。


「まるでここから上がれと言わんばかりだな。そしてこの空気……やはり迷宮か」

「「「「「…………、」」」」」


 上陸する前からほぼ分かっていた。

 島から外(海)へと発する独特な重い空気か、いつも潜っている職場と同じであると。


 だからこそ、調査を任されたのは通常の自衛隊ではなく、専門の『DRT』だった。


 そんな重い空気は砂浜へと上陸した瞬間、より強いものに。

 部下である平の隊員達では、経験値から正確には判別できないだろうが……。


 隊長を務める梅西と、彼を補佐する副隊長。

 経験豊富な二人に関しては、この砂浜の空気がすでに『上の上レベルの迷宮の下層』に匹敵する事を感じ取っていた。


(……笑えねえな。まさかこの時点でこれほどとは……。出入り口で嫌な汗をかくなんて新人の時以来か)


 そんな梅西達の真正面。

 万全の装備かつ『DHA錠剤』も摂取して集中力&属性関係を高め、いざ砂浜に降り立った調査隊の前には……迷宮ではお馴染みの階段が。


 ――ただし、やはり階段自体も普通とは違う。


 島という存在の大きさに比例した、まるで舞台に出てくるような幅のある大階段。

 かなりの勾配もあるその階段が、下ではなく深い霧がかかった『上』の方へと続いていた。


「鬼が出るか蛇が出るか、あるいは……。さあお前達、慎重にいくぞ」

「「「「「了解!」」」」」


 日本の海に突然、現れた謎の島。


 世界でも例がない『海上迷宮』の調査を任された第十四部隊は、隊長の梅西を先頭に大階段を上がっていく――。


 ◆


「これはもう……疑いの余地なく迷宮と見て間違いないですね」

「じゃろうな。問題はあの内部……はたしてどんな報告が上がってくるかのう」


 ところ変わって、『DRT』ではなくギルド本部。

 新宿の中心にある『ダンジョンハウス』とも呼ばれる建物の最上階、ギルド長室に二人の男の姿はあった。


 一人はもちろんギルド総長である柳信一郎。

 革張りの立派なソファに座り、眉間にシワを寄せた顔で顎に手を当てている。


 その対面に座るもう一人の男は、日本の迷宮研究の第一人者である国枝勝男教授だ。

 互いにテーブルのお茶にも手をつけず、熱く意見を交換するのは――当然、紀伊水道に出現した島について。


 元探索者の柳にとっても研究者の国枝にとっても、今回の件は想像を遥かに超えている。


 以前、岐阜で起きた『迷宮決壊(ダンジョン=コラプス)』の前兆騒動――。

 あの非常事態と比べても、世界初となる『島の爆誕』は信じがたいものだった。


「全くもって謎だらけ。……そういえば今回はあのお騒がせ坊主は関係しておらんのか?」

「お騒がせ……ああ、友葉君ですか。たしかに彼は色々とトンデモない初物に巻き込まれていますが……この件についてはまだ無関係です」


 そう冗談を交えつつも、二人のお偉方は話し合いを続ける。


 互いの知識や経験から様々な可能性を予想し、その場合はどうすべきか、多角的に考えて意見を出し合う。


「とにかく、『もしもの時』のために――今から少し話を通しておきますかね」

「それがいいのう。最悪、『もしそうだったら』準備が早いに越した事はないはずじゃ」


 明るい日本迷宮界に走った衝撃の大ニュース。

 国民も政府もマスコミも、話題の中心はこの謎の島(迷宮)になっていた。


 ――迷宮の神が振ったサイコロによって、日本の運命は激しく動き出した。


 ◆


 砂浜から続く勾配のキツイ大階段。

 一歩一歩慎重に上がっていた第十四部隊に、ここで早くも『異変』が起きていた。


 上った階段の数、わずか百十二段。


 常日頃からモンスターを倒し、自衛隊の中でもズバ抜けて体力がある『DRT』隊員達。

 そんな彼らが、たったそれだけで『バテる』はずなどないのだが……。


 隊長の梅西と副隊長を除き、ゼェハァと。

 島の上部を包む『霧の領域』に入ってすぐ。肩で息をして両膝に手をつき、額からは大量の汗を流し始めていた。


「……お前達は下まで戻っていろ。調査は俺と副隊長に任せておけ」

「し、しかし隊長……!」

「仕方のない事だ。この状態では続行は厳しいだろう。とにかくお前達は一旦、下がるんだ」


 本来なら頼りになるはずの、強面だらけな隊員達の苦しむ姿を見て。

 梅西は隊を率いる者として、困惑と深刻さが入り混じった表情で彼らに告げる。


 ……まったく情けない、呆れてものも言えない……などとは微塵も思わない。


 階段を一段一段上がるにつれて重苦しく、さらには少し冷えてきた空気。

 それはまるで来る者を『選別』するかのように、実力の劣る者から脱落させていっていた。


「「…………、」」


 やむなく部下を離脱させ、梅西と副隊長はさらに階段を上がっていく。


 増す空気の重苦しさ。感じ取れ始めた不穏な魔力。

 そうして百三十段を越えたあたりで――存在していた霧が少しづつ晴れてくる。


 ――残りは八段。

 いまだモンスターの姿はなく、ただただ冷たく重すぎる空気の中、最後の一段を上った二人が見たものは――。


「(……おいおい、冗談だろ。何となく察しはついていたが、これはさすがに……)」


 梅西と副隊長、その四つの目に映ったのは『広大な空間』だった。


 断崖絶壁に囲まれてできた、何の遮蔽物もない開けた空間。

 遥か頭上には真っ白い霧の天井が存在し、足元には草原のごとく青青しい草が生えている。


 おそらくは目にした誰もが幻想的だと思える空間。

 四~五百メートル四方はあろうかというその巨大空間、白と茶と緑から成る世界の奥に――――『それ』はいた。


「「!?」」


 階段の位置からは離れており、また『丸まっている』からかハッキリとは見えない。

 それでも遠目から、現時点でハッキリと分かる事はいくつもあった。


 色は黒。サイズは巨大。

 さらにはこの島の異様な空気の『発生源』であるという事。


 そして、何よりも――。


(こんなもん一つの隊、いや『DRT』だけでどうにかなるものじゃねえ……。少なくとも『あの五人』……こっち側の怪物も揃えなきゃ話にならねえな)


 鎧を纏った大柄で屈強な体を屈め、梅西は副隊長と共に息を潜める。


 気づけば額からは汗が流れ落ち、あまりの緊張から背中も汗でびっしょりに。

 両腕は微かに震えて、吸ったはずの空気も上手く肺に届いてくれない。


 ……他に別の存在はいない。だから、そういう事なのだろう。


 百戦錬磨の隊長さえも一瞬にして恐怖させた、紀伊水道に現れた『島のぬし』。


 それは強大な存在の亜竜さえも凌駕する――迷宮世界の『頂点捕食者』だった。

二百話到達です。……続いたなあ。(しみじみ)

というか、百話目と同じく主人公の姿が……。(汗)

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