百九十三話 訓練に参加しよう
「――はい、そうですね。ではよろしくお願いします」
『ああ、こちらこそよろしく頼む。それでは友葉君、楽しみにしているよ』
十分ほどの通話の後、俺はお辞儀をしながら電話を切った。
ドイツから帰って鎧を修理して、大学時代の友人達と飲み会をして……そしてプールで死にかけて。
それからいつもの日常に戻っていた俺は、家の窓から冬の気配が近づく街の景色を見る。
「ホーホゥ。相手は柊だったみたいだなバタロー」
「何やら『訓練』っつう聞き慣れねえワードが聞こえたが……また招待的な話か?」
「ん、まあそんな感じだな。柊さんだから今度は『DRT(迷宮救助部隊)』だけども」
頭と右肩の紅白コンビからの問いに、俺はコクリとうなずく。
たった今、珍しく『DRT』隊長の柊さんから電話が掛かってきて、一体何事かと思ったのだが……。
結論から言えば、『DRT』が行う訓練への参加。
日本を代表する探索者として、ぜひ訓練に加わってほしいと頼まれたのだ。
「――あ、けど別に俺が鍛えられるわけじゃないぞ?」
「ホーホゥ? そうなのか? てっきり『自衛隊式・地獄特訓』を受けるのかと……」
「つう事は……なるほど、バタローはそっち側か」
「おぉ、鋭いなばるたん。……その通り。俺はあくまで『鍛えてやる側』さ」
ズク坊の額とばるたんの背中を撫でつつ、俺は外の景色を見ながら答える。
実は以前、プールで死にかけた『遊撃の騎士団』本部でのBBQの際に、
草刈さんと白根さんから、『訓練に参加して隊員を鍛えている』話は聞いていた。
どうやら『単独亜竜撃破者』になると、ちょくちょく頼まれるらしい。
なのに俺が今まで、世に言う『クリスマスの決闘』から一年近く頼まれなかったのは、
『まだ若いから自分とパーティーの活動に集中してほしい』と、ギルド総長の柳さんが気を使ってくれていたようだ。
それが今回、初めて俺にお鉢が回ってきた。
あれからさらに経験を積み、もう頼んでもいいだろう――という話にギルド本部と『DRT』との間でなったらしい。
「というわけで、ちょっくら行きますか。すぐると花蓮もぜひ、って事だから皆で行こう」
「了解だバタロー。ついでに俺の『空の支配者』の力も隊員に見せてやるぞホーホゥ!」
「おっ、気合いが入ってるじゃねえかズク坊。まあ、訓練に参加なんてそうそう経験できねえからな。俺も今回は自宅警備員を臨時休業するとしよう」
電話での俺に続いて、予想通り仲良くオーケーを出す紅白コンビ。
これまで様々な迷宮に潜ってきたが……今回は少し毛色が違う。
まさか俺が、いわゆる『教官的立ち位置』になるとは。
……まあ、俺の探索歴を冷静に振り返れば、自分でも相当スゴイとは思うからな。
岐阜での『迷宮決壊』解決作戦にはじまり、
『悪魔の探索者』襲撃事件に『門番地獄』に『クリスマスの決闘』に『ベルリンの異変』に。
もうすぐ丸三年になる探索者生活で、これだけの死線をくぐり抜けてきたのだ。
――だから、Fラン大卒&彼女いない歴=年齢の、フツメン二十五歳の若造でも教官役はおかしくはない……よな!?
「……ホーホゥ。バタロー。震えるなって」
「……甘えぞバタロー。もはやこの程度の揺れじゃ俺達は落ちねえぞ」
と、ここで紅白コンビより凄まじく冷静な声が。
――オッホン! と、とにかくだ。
あの柊さんから頼まれて引き受けた以上、しっかりと務めを果たさねば。
あと、今回の訓練の責任者でもある柊さんによれば、何やら『俺に会わせて特に鍛えてほしいヤツ』がいるみたいだしな。
その後、俺はいつも通りにすぐると花蓮の二人にラインをすると、即行でオーケーの返事が。
特にパーティー会議を開く事もなく、明後日からの予定が決定した。
「フッ、楽しみだぞ。俺達『迷宮サークル』がドンと胸を貸してやるかホーホゥ!」
「もし軟弱者がいやがったら……俺から鼻ザリガニの指導をしてやるぞ!」
こうして俺達は、『DRT』の訓練に初めて参加する事となった。
◆
招待――というより要請を受けて。
柊さんからの連絡を受けた二日後、俺達『迷宮サークル』+ばるたんは新幹線に乗り込んだ。
「『東北』は郡山以来か。前回の『門番地獄』的なものだけは勘弁してほしいな……もぐもぐ」
「まあ、アレは僕達の不注意でしたからね。ドイツの『ベルリンの異変』みたいに、向こうからこない限り大丈夫ですよ先輩。……もぐもぐ」
「コラ、すぐる。ちょっと食べるペースが早すぎだぞ。よく噛まなきゃ太るぞホーホゥ!」
「ふむ、これ以上は見過ごせねえな。ローブでの体型隠しにも限界があるだろう」
「あははー。すぐポンまたズク坊ちゃんとばるたんちゃんに言われてるー」
とまあ、駅弁を食べながらワイワイと。
注意されない声のボリュームの遠足気分で、俺達は目的地を目指す。
新幹線に揺られて約二時間、新潟経由で特急に乗り換えて、また二時間ほどかけて降り立ったのは――。
「あれ? あの人って『ミミズクの探索者』じゃねえの?」
あ○竹城さんみたいな、独特な訛りのおばさんに即行で気づかれながら。
俺達がやってきたのは山形県、その日本海側に位置する鶴岡だ。
行きは日本海側を通ってきたが、帰りは内陸の米沢に寄って必ずや米沢牛を堪能――って話が逸れたな。
冬も近いから東京と比べるとだいぶ寒い中、俺達一行はタクシーを拾って北東方面へとさらに移動。
そうして着いたのは、担当の探索者ギルドではなく『DRT』の施設だ。
場所は大きな川のすぐ近く。個性豊かなギルドとは違い、地味な二階建てのその建物に入ると――ロビーには迷彩服姿の見知った顔が。
「「「「うおおおッ……!」」」」
「やあ友葉君達。来てくれて本当に感謝するよ。遠路遥々悪いね」
「お久しぶりです、柊さん。まあせっかくの機会ですし、半分旅気分もあるので全然、気にしないでください」
ロビーに入った瞬間、まず俺を見た隊員達の歓声(野郎のみ)が上がってから。
俺達を待っていたのは、短髪ダンディの大人な男。
『DRT』最強を誇る、『亜竜殺しの公務員』こと柊斗馬隊長だ。
他にも直属の部下かは分からないが十数人の隊員がいて、ソファから立ち上がって俺達を迎えてくれる。
「では早速、向こうの会議室に。今回の『特別強化訓練』について、コーヒーでも飲みながら詳しい説明をしようか。……あ、友葉君はコーヒー牛乳で大丈夫かい?」
「はい。ありがとうございます」
「ホーホゥ。よろしく頼むぞ柊」
「おう。しっかり聞かせてもらうか」
――というわけで、すぐ近くの一階会議室へ。
自衛隊独特の張り詰めた空気感と思いきや、俺達のパーティー会議ほどではないにしろ、意外にもゆったりとした空気感の中で飲みものを飲みつつ始まった。
本日の訓練は『鶴岡の迷宮』内での『特別強化訓練』。
その詳しい説明を改めて聞かされて、ワクワクしながらも真面目に最後まで聞いた俺達。
そしていざ、今日から二日間、ご一緒する隊員達と共に部屋を出ようとして――。
「友葉君、ちょっといいかな」
「あ、はい。何でしょう?」
説明を終えた柊さんに止められて、俺は『その隣』の隊員を見る。
そこにいたのは、失礼ながら顔も体格もどこにでもいそうな短髪の男。
だが、他にもいた隊員と比べると雰囲気があって……どこか只者ではない感じだぞ。
年齢は二十代前半か? そんな若い隊員の姿を見て、電話で話した事を思い出した俺は、
「ああ、この方ですか。俺に『特に鍛えてほしい』っていう人は」
「その通りだ。訓練の前に彼だけは紹介しておこうと思ってね」
言って、柊さんが優しい顔でポンと隊員の肩を叩く。
一方でその隊員からは、なぜ自分だけ紹介を? という困惑の色が見え隠れするも、
国民を守る自衛隊員らしく、彼はしっかりとした力強い声で言う。
「はじめまして。自分は『DRT』第三十六部隊・副隊長の檜屋純次と申します。あの『ミミズクの探索者』、友葉太郎さんにお会いできて光栄ですッ!」




