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百九十話 鎧の修理

「……おいモー太郎。お前、ドイツで何と戦ってきたんだよ?」


 夏休みを利用したドイツ旅行が終わった。

 蒸し暑い日本に帰ってきた俺は、二日ほど我が家でまったりしてから、とある場所へと足を運んでいる。


「あははは……。やっぱりそう思いますよねえ?」


 相手からの怪訝な問いに、俺は『防具の山』に囲まれながらポリポリと頬をかく。


 ここは福井県の越前市にある工房だ。

 そこの防具職人で今まで何度もお世話になっている、金髪キツネ目でオーバーオール&頭に白タオル姿の、古館桜さんのもとを訪れていた。


「ホーホゥ。実はだな桜。俺も驚きだったんだけど――……」


 と、俺に代わって右肩のズク坊が説明を始める。


 桜さんには特に隠す必要もないからな。

 ベルリンでの伝説の英雄(偽者)との一件について、ズク坊に一部始終を話してもらった。


 ――で、だ。

 こうしてまたここに来た理由はもちろん、あの戦いで損傷した『妖骨竜の鎧』の修理のためだ。


指名首(ウォンテッド)』の攻撃をまともに受けてもビクともしなかった究極の装備。

 それが胸部を中心に、多数の傷やへこみが生まれている現状だった。


「……うん、なるほどな。鎧を見ても一目で分かるぞ。またモー太郎はトンデモない目に会ったってわけか」


 言って、桜さんが座っていた座布団に座り直す。


 そして、ここで職人スイッチをオンに。

 提出された『妖骨竜の鎧』に対して、ずずい、と顔を近づけてくまなく見ていく。


「ミスリルも素材としては素晴らしいが……亜竜はその比じゃないからな。うん。これほど傷つけるとは……さすがは『至高の探索者』、んでレベル10の【スキル】ってわけか」

「ええ、本当に。あんな厳しいレッスンはもう勘弁ですよ。……まあ、葵姉さんとの初スパーリングよりはマシでしたけど」


 見て触って鎧をチェックする桜さんの声に答えながら。

 暑くて喉が渇いていた俺は、飲みかけのパックのイチゴ牛乳をチューチューと飲む。


 ズク坊とばるたんには水筒に用意していた手作りバナナシェイクを。

 三人でゴクゴクと飲みつつ、探索者とはまた違うカッコ良さがある職人姿を間近で見学する。


 ――そうして、喋りながらの桜さんの触診が続く事、およそ二分。


 確認を終えた桜さんは腕組みをすると、ゆっくりと力強くうなずいた。


「うん、これなら大丈夫そうだな。安心しろモー太郎。私が責任持って元に戻してやるよ」

「おお、本当ですか! ……いやあ助かりました。亜竜製で威圧感はあっても、やっぱり傷がついたままだと格好がつきませんしね!」

「……おい、そこかよバタロー? 気になってたのは肝心の防御力じゃねえのかい」


 桜さんの言葉に喜ぶ俺に、頭の上からばるたんの冷静なツッコミが。


 ……オッホン! とにもかくにも、これで一安心だ。

 やはり超一流の職人にとっては、究極の装備でもしっかり直せ――って、あれ? ちょっと待った。


「と言いますが桜さん? もう『素材がない』のに……直せるんですか??」


 ふと、下りてきた疑問をそのまま口にする俺。


 桜さんの職人としての腕(【スキル:鍛冶師(防具専門)】)は信頼しているが、亜竜の素材は手元にない。

 鎧を作った時に多くを使い、残ったものは桜さんにプレゼントしたから、肝心の素材がなければ直しようが……。


「ああ、それか。素材面についても大丈夫だぞ、うん」

「え、そうなんですか?」


 まさかの返答に、俺はついポカンとしてしまう。


 気になったので詳しく話を聞いてみたところ、

「貰ったやつで盾を作ろうとしたが我慢した。うん。やっぱり職人として、ちゃんと修理用に残しとかないとな。究極の装備なら尚更だ!」との事だった。


「ホーホゥ。こりゃ助かったぞ。プレゼントはしたけど、残しといてくれて感謝するぞ桜!」

「うん。まあ気にするなって。そもそも私の【スキル】の熟練度はまだ『名人』――。素材なしで直せる域にまで達してないからな」

「へえ、そうな……ん? ちょい桜さん。その言い方だと……もっと熟練度が上がると『素材なしで直せる』んですか?」

「うん。私も驚きだったんだが、実は――……」


 俺の疑問を受けて、次に桜さんの口から出たのは――【生産系スキル】についてだった。


 ◆


 桜さんの【スキル:鍛冶師(防具専門)】の現在の熟練度は名人。

 亜竜の素材も扱えるため、こう聞くとカンストしているように思えるが……実際はそうではないらしい。


 熟練度『人間国宝』。


 名人のさらに一つ上、おそらくカンストしたと思われるこの熟練度になると、素材なしでも『修理のみ可能』となるようだ。


「す、スゴイな。素材がなくても直せるって……。というか桜さん、それを知ってるって事はもしかして……?」

「うん、そうだ。つい最近、一人の職人がその域に達したんだよ。……あのアル中気味オヤジめ、私を差し置いて名人を卒業するとは……!」


 思い出したのか、悔しそうな顔をする桜さん。


 ……ま、マジか。まさか知らないところで、ノア=シュミット以外に熟練度をカンスト(多分)させた者がいたとは……。


 だがたしかに、【生産系スキル】ならあり得るか。

 こっちはモンスターを倒すのではなく、作品を作れば作るほど経験値を得て、熟練度が上がる仕組みだからな。


 ――ちなみに、その人は武器専門の職人らしい。


『遊撃の騎士団』団長の草刈さんの『精竜刀』や、『DRT(迷宮救助部隊)』の柊隊長の『魔鋼竜の鉤爪』など。

 亜竜製武器の製作者で、名前を聞けば俺も知っている有名な人だった。……アル中気味とは初耳だけど。


「とにかく任せろモー太郎。うん。傷やへこみは多いが、これなら一日で終わるだろうな」

「ありがとうございます。では明日の夕方頃に取りに来ますね。修理代は今日中に振り込んでおきますので」

「うん。ところでモー太郎。お金は別にどっちでもいいが――『シュガー』と『レッドペッパー』だけは忘れるなよ?」

「……フッフッフ。もちろんですよ桜さん。『シュガー』と『レッドペッパー』ですね。いつもお世話になってますから当然ですよ」

「ホーホゥ? シュガーとレッドペッパーとな?」

「砂糖と唐辛子だと……? んなもんが支払いにいるってえのか?」


 と、俺と桜さんの突然の不敵な笑いのやりとりを受けて。

 右肩と頭の上の紅白コンビが、揃って『?』状態となる。


 シュガーとレッドペッパー……これすなわち、俺と桜さんとの『隠語』である。


 シュガーは砂糖、砂糖は白で――つまりはズク坊。

 レッドペッパーは唐辛子、唐辛子は赤で――こちらはばるたんを指す。


 ……俺が報酬として『生贄に捧げる』と二人は怒るからな。

 特に桜さんは、他の誰よりもハードに二人を可愛がるし。


「うんうん。フッフッフ……」

「えぇえぇ。フッフッフ……」

「ホ、ホーホゥ? 本当にどうしたんだ二人共……?」

「何だ? 俺の触角と鋏に嫌な悪寒が走った気が……」


 ズク坊は相変わらず何がなんだがで、ばるたんの方は本能が危機を察したようだ。


 まあとにかく、これで『妖骨竜の鎧』の件はオーケー。

 鎧を預けた俺達一行は、桜さんの散らかった倉庫型の工房を後にする。


 その際、「知り合いから貰ったが一人じゃ食いきれないから」と、桜さんから越前ウニと若狭牛を貰って帰る事に。


 とりあえずこっちはマジックバックに保存だな。

 この後は福井県内の『喋る動物可』の店を渡り歩き、色々とご当地グルメを楽しむ予定だ。


 明日は『北欧の戦乙女(ヴァルキュリア)』のお姉様方との触れ合い……ではなくて、

 また拒否権なしの葵姉さんとの強制スパーリングがあるので、しっかり食べて力をつけておこう。


 ――そうして、予定通りに何やかんやあっての、翌日の夕暮れ時――。


「お、おのれバタローぉおおおお!?」

「ふ、不覚! またハメやがったなぁあああ!?」


 俺の手にはピカピカに蘇った『妖骨竜の鎧』が、桜さんの手にはモフモフ&カチカチの『紅白の生贄』が収まったのは言うまでもない。

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