百八十九話 事後処理
「……よし、じゃあ早いうちに迎えに行こうか」
それぞれの戦いを制し、充分な休息を取った後。
俺達『迷宮サークル』男衆&小杉は、丘から先へと進み始める。
え? どこにいくのかって? そりゃ当然、一つ下の八層だ。
一ヶ月もの間『空の階層化』して、五年前にはノア=シュミットが息を引き取った階層。
そこへ急ぎ向かって、今回、犠牲となっただろう探索者達を探さねば。
あまり時間が経ちすぎると迷宮に吸収されてしまうが……。
黒いノア=シュミットが纏っていた軽鎧についた血は、そこまで固まっていなかったからな。
「どこの誰かは分からないけど……何とか間に合ってくれよ」
『ミルク回復薬』をガブ飲みしたので、全快した俺を先頭に走って八層へと向かう。
その道中に邪魔なモンスターは全くいない。
なぜか戦闘中、黒いノア=シュミットに寄ってくるようにジャックナイフカクタスが集まり――それをすぐる達が殲滅したからか、一体もルート上には存在しなかった。
そうして、戦闘なしで八層への階段に到達。
犠牲者のものと思われる血の筋がついた階段を下りていき、いざ八層に降り立つと――。
「……ふう」
地面に倒れたヨーロッパ系の探索者達の姿を発見。
念のため触って確認したところ、やはりもう死んでいるようだ。
階段付近に二人が仰向けとなり、少し奥の曲がり角では、もう一人がうつ伏せで倒れていた。
そこからまた奥に進むも――他に犠牲となった者はなし。
どうやら三人パーティーだったらしく、名前も顔も分からないが……この迷宮の探索許可が出ている時点で、異名持ちの実力者に違いない。
一人で倒れていた男は、顔や頭を殴られて命を落としたようだ。
現場には戦いの形跡らしきものはなく、隙を突かれて殺されたと思われる。
逆に階段近くの男女二人については、周囲に戦いの形跡があり、胸には大きな太刀傷が。
防具の上からのその致命傷を見る限り、あのミスリルの大剣で斬られたのだろう。
「じゃあ、運ぼうか」
「はい、先輩」
「うむ。まあこれも探索者の使命だからな」
俺とすぐるはそれぞれ男の方を、小杉が女の人を背負う。
そしてまた階段を上がり、彼らを背負ったまま地上を目指す。
……さすがにもう気力の部分で無理だからな。
すぐるが楽しみにしていた十三層の『竜との戦場跡地』の見学はなしに。
またギルド総長の柳さんに頼まれていた、ここの十層にしかない素材の採集も……やむなく中止にした。
「ズク坊、索敵を頼む。少し遠回りでもいいからモンスターの少ない道でな」
「ホーホゥ。任せろバタロー」
――こうして、上の上レベルの過酷な『ベルリンの迷宮』から出るべく。
飛び立ったズク坊の案内に従って、変わらず起伏の激しいクロスカントリーな道を戻っていく。
その際、言葉は分からずとも、状況を理解した親切な外国人パーティーが、
死体を背負った俺達を先導して、代わりにモンスターを掃除してくれたのは本当に感謝だった。
「長いような短いような……。記念に潜っただけなのに色々あったな」
出入り口から差す光を正面に浴びながら――俺達は『ベルリンの迷宮』を脱出した。
◆
「ど、どしたのバタロー!? ホネドラゴンちゃんの鎧が……!」
「……こりゃたまげた。また知らねえところで亜竜とでも戦ったのか?」
地上の探索者ギルドに戻った俺達。
そうしてすぐ、ベルリンのギルド内は騒然となっていた。
そりゃそうだ。職員さんや他の探索者達からしたら、色々と驚く要素があったのだから。
――まず当然、驚かれたのは背負った彼らの存在だ。
迷宮内で黒いノア=シュミットによって命を奪われ、俺達が連れ帰ったのだが……。
探索許可が下りていた通り、やはり名の知れた実力者だったらしい。
俺達を待っていた通訳兼ガイドのミュラーさんによると、
三人全員が異名持ちで、誰も彼らが死ぬなどとは夢にも思っていなかったようだ。
さらには、事の始まりとなった『空の階層化』した八層について。
ギルド内の騒ぎを聞きつけ、何事かと奥から出てきたギルド長(ダンディな紳士)に聞かれたので、
伝説の英雄の名前は伏せて、『謎の強力な人型モンスターが出現した』と伝えておいた。
約一カ月の『空の階層化』はそいつの『準備期間』。
そう俺達の推測も伝えたところ、ギルド長はじめ皆が動揺して驚いていたぞ。
そして、俺が纏う圧倒的存在感の『妖骨竜の鎧』。
世界に数えるほどしかない究極の装備が、何カ所も損傷している事に――職員組も探索者組も、あと花蓮とその頭の上のばるたんも驚いていた。
……ちなみに、なぜ二人がいるのかと言うと。
弟や妹をホテルに残して、せっかくだからとベルリンのギルドを見学にきたらしい。
そこへ鎧にダメージを負った俺がタイミングよく戻ってきたので……さっきの発言となっていた。
「まあ、ちょっと色々な。真実はあとでゆっくり話すよ」
「そうか分かった。とにかくご苦労さんだぜ、バタローにズク坊にすぐるよ」
言って、花蓮の頭から俺の頭に乗り移ったばるたん。
背負っていた死体は下ろして、すでにギルドの奥に運ばれたからな。
右肩にはもうズク坊が乗っているので、いつもの紅白コンビフォーメーションの完成だ。
「(――で、だよバタロー。何でラッキーボーイさんが一緒にいるの??)」
「(ああ、それな。何か一人で武者修行にきたんだと。……もちろん無許可で)」
俺の隣にいる小杉を見て、ヒソヒソ声の花蓮にヒソヒソと返す。
ただここで、ギルド長がさらに詳しく話を聞きたいそうなので、
一旦、花蓮と別れて、通訳のミュラーさんを連れて(あと小杉も)奥のギルド長室へ。
――――…………。
そこで俺達は、改めて英雄の名を伏せたまま説明をした。
内容が内容なので、もしかして信じてもらえないか? と少し心配していたが……。
亜竜製の鎧の損傷具合と、『単独亜竜撃破者』というネームバリュー。
この二つが話の信憑性を高め、件の八層は『危機の前触れ』だったのだと、無事に信じて貰えた。
「感謝します友葉サン。あなた達のおかげで異変が早期に食い止められました。もし日本の『単独亜竜撃破者』がいなかったら……もっと多くの犠牲者が出ていたでしょうネ」
「いえいえ。探索者として当り前の事をしたまでですから、ハイ」
と、通訳を介してギルド長にガッチリ握手の感謝をされて。
いざ面と向かって、しかも慣れない外国人に言われると……ちょっとだけだが照れてしまう俺。
……いつもは自分達の成長とお金の事しか考えていないからな。
たしかにアレを放置したままとかゾッとするし、図らずもいい働きができたようだ。
そうして、特に問題もなく説明を終えた俺達。
最後は日本代表として、キッチリとお辞儀をしてからギルド長室を出る。
――あ、そうそう。あと補足情報を一つだけ。
勝手に迷宮に潜った小杉はこの後、こっぴどくギルド側に怒られたようだ。
今回は恩があったので、俺からもフォローの言葉と、通訳のミュラーさんに頼んでついてもらったところ、
厳重注意&罰金を支払う事で、何とか許してもらったらしい。
「んじゃ、部屋に戻って休むか。その後に予約した三ツ星レストラン……いやあ、楽しみだな!」
「ホーホゥ。しかも喋れるなら人以外もオーケーとはありがたいぞ。なあ、ばるたん!」
「だなズク坊。世界が認めた味、しっかりとこの舌で味あわせてもらおうか!」
テンションが上がった俺達は、ホテルに戻ってまったりと休憩を。
夜になったらベルリンの街に繰り出し、大人数でレストランはじめ、ドイツでの最後の夜を楽しんだ。
――こうして、俺達『迷宮サークル』の夏休みドイツ旅行は終わった。
最後の最後にとてつもない試練には見舞われたが――まあ、刺激的な一夏の思い出という事で。
これで海外編は終わりです。
次は閑話と登場人物紹介を挟む予定です。




