百八十七話 英雄を超えていけ
過去最長です(少し短めの話2話分くらい)。
オール第三者視点です。
「オォオオオ――!」
『――――』
ぶつかり合えば轟音と震動が響く。
空を切れば風圧だけが遠くへと飛んでいく。
日本の『ミミズクの探索者』とスイスの『至高の探索者』。
共に単独で亜竜を倒した強者同士の戦いは、進むにつれて苛烈さが増していた。
――太郎はじりじりと百三十二牛力、推定百五・六トンの体で距離を詰める。
――かたや英雄の魂を宿した偽者は、『三属性混合』の大剣を握り、丘の上を広く動き回る。
戦況は互角。明確にどちらかに転んではいない。
黒いノア=シュミットばかりが攻撃を浴びせるも、カウンターを警戒してか浅いものも多い。
並の探索者が相手であれば、レベル10の会心の斬撃ですでに決着はついているが……。
ガードを上げて受け止めるのは友葉太郎。
風変わりな【スキル】と『妖骨竜の鎧』の防御力によって、世界最強のタフネスを誇る探索者だ。
(いい加減! 当たりやがれ……!)
そんな太郎は、首から上の攻撃だけは受けないよう注意しつつ、
自身の戦闘スタイル通り、迷宮界の伝説が相手でも果敢に前へといく。
基本は拳と蹴りの二つ。
時折、虚をつくようにラリアットやタックルを混ぜるも、威力より速度・手数を重視する。
『――――』
それでも、黒いノア=シュミットは全ての攻撃に対処した。
肩や足といった太郎の微かな予備動作を察知。
回避あるいは大剣の受け流しで、軽鎧を纏う体に指一本触れさせない。
そしてすぐに反撃を開始。その大剣はやはり凶悪な『三属性混合』だ。
生前、強敵にしか使わなかった英雄の切り札。
それを黒いノア=シュミットは発動してから維持したまま――対峙する太郎目がけて振るう。
――ズズゥウン!
瞬間、一際大きな地響きのような音が。
横振りの大剣を躱す形で、太郎が大きく低く踏み出した左足が地面を踏み潰す。
そこから放たれる骨の籠手を纏った右ストレート。
上体を思いきり倒すように、太郎の狙い澄ましたカウンターパンチが――これまでよりも『拳数個分』伸びる。
(捉え――)
直後。黒いノア=シュミットの正面を向いていた顔が斜め後ろに向く。
牛の力を宿した、百トンオーバーの強烈な拳がヒット。
一見すると、相手のお株を奪うカウンター攻撃が成功したように見えるが――。
「ッ!?」
重く響く衝突音が鳴らない事からも、当たっていない。
これまでで最もギリギリのタイミングで、寸でで首だけを振って避けられていた。
『――――』
間髪入れず、次は回避した黒いノア=シュミットの番。
首を振る動作に続き、後傾した体をそのまま回転させると、
後ろ回し蹴りに似た動作で、三属性の鮮やかな大剣を横一文字に振るった。
「!」
腕も上体も戻しきれないところに襲いくる会心の斬撃。
太郎は何とか反対の左腕を交差するように出し、超反応をもって緊急ガードを行う。
――ズバァアン! と、また空間ごと斬り裂くような音が響く。
と同時、重いはずの太郎の左腕が弾かれた。
直撃寸前で『部分牛力』での強化が間に合うも、威力によろめいた体が音を立てて地面を転がる。
「ば、バタロー!」
「先輩ッ!」
「…………、」
そんなハイレベルな攻防を、手出しをせずに見ている者達が。
約二十メートル四方の丘をリングと例えるなら――『世紀のメガマッチ』。
ジャックナイフカクタスの群れを退けて一足先に戦い終えたズク坊、すぐる、小杉の三人は、それぞれ前後の丘の斜面から見守っていた。
「ッ……さすがに牛力を集めても腕一本で受けると効くな。……けど大丈夫、まだこれからだ!」
左腕が少し痺れるも、兜の中で笑った太郎はゆらりと立ち上がる。
……単純な防御力だけの話ではない。
世界一パワフルな若き探索者は、幾度の死線を超えて精神面でも打たれ強くなっていた。
しかし、確実に太郎のみダメージは蓄積されている。
鉄壁を誇る『妖骨竜の鎧』、薄紫一色の究極の装備だとしても。
表面の小さな傷だけでなく、ここにきて大きくて深い傷まで入っていた。
「けどよ。お前の方だって最後まで持つのかよ?」
『…………』
変わらず一言も発さない、伝説の英雄が持つミスリルの大剣。
本来の愛剣、『狂角竜の剣』とは違う。
『首切りの探索者』を殺害して強奪したその大剣は、
レベル10に達した強力な【スキル】による攻撃を、同じく強力な『妖骨竜の鎧』に叩き込む事で――確実に『消耗』されていた。
「うおお――ッ!」
気合いの叫びと『亜竜の威厳』を全開にしたまま。
太郎は鬼気迫るパンチの連打を、と見せかけてのタックルを敢行する。
ただし、右肩から衝突して弾き飛ばすいつものタックルではない。
より低く、狙いは『脚』。
相手の脚を取って転がすような、この戦いで一度も見せていないレスリングの技だ。
一発でも当たれば形勢は一気に傾く。
それと同じく、一度でも掴んでしまえば、圧倒的なパワーと体重差から逃れられずに勝負は決まる。
『――――』
だが、相手の動きはまたもその上をいく。
初見の技をサイドステップで避け、超重量の腕と体を回避。
バックステップなら届いただろう地を這うようなタックルを、横に躱して空振りに終わらせた。
「チッ……!」
一方、回避された太郎は勢いのまま転がっていく。
下手に止まって立ち上がればカウンターを喰らう。
そう本能で察したため、丘の斜面ギリギリまで勢いに任せて転がったのだ。
「……フン、手こずってるな友葉バタロー。それでも俺の『宿命のライバル』か? ネコ=サミットなんてふざけた名前のヤツはさっさと倒してしまえ!」
「――ハッ、分かってるっての! あとは任せて見学してろクソ坊主ッ!」
すぐ近くにいた、腕組みをして見守る小杉に喝を入れられて。
太郎はズズゥン! と地面を蹴り、黒いノア=シュミットが待つ丘の中央へ。
赤、青、黄色の『三属性混合』の大剣と、全身鎧を纏った超重量の体が――再度、衝突を繰り返す。
当初から激しかった震動と轟音が、さらに一段と激しくなる。
二人を中心に放たれる『亜竜の威厳』も含め、並の探索者なら失神必至の激闘が絶え間なく続いていく。
「ぐッ、くう……!」
互いの殺気と殺気がぶつかり絡み合う濃密な時間。
その中で次にうめき声を上げたのは――やはり攻撃を受け続いている太郎だった。
【過剰燃焼】が切れる前に行う、『ミルク回復薬』の回収作業。
その隙を突いた、黒いノア=シュミットから放たれた袈裟斬り。
もはや体と武器が一体化したような研ぎ澄まされた剣技を、太郎は回収直後にまともに受けてしまう。
――だが、離さない。それどころか反撃の左ストレートを放ち、大剣で受け流しきれなかった相手の方が吹っ飛んでいく。
加えて、さらなる追撃を。
『闘牛気(赤)』で連打を飛ばし、距離があいて【過剰燃焼】も切れたところで、
ダメージ分は間に合わずとも、一気飲みして失った体力分を回復。
わずかに漏れた『ミルク回復薬』が鎧を伝って落ちていくが……足元まで伝う前に太郎は動く。
そこからはまた、他の介入など許さぬ人智を超えた攻防が。
一発に込める者と、ひたすら削っていく者。
両者の力、技、【スキル】が牙を向き、その命を狩り取るべく全力を尽くす。
――ズバァアン――!
と、空間ごと対象を斬り裂くような会心の斬撃音が。
およそ『六メートル』の距離をあけて、直撃した『妖骨竜の鎧』から響き渡る。
熟練度を極めた、レベル10に達した【会心の一撃】。
それにより習得していた、三日月状の『三属性混合』の斬撃。
それがわずかな『溜め』があった後、弾丸のごとく『撃ち出された』のだ。
結果、虚を突かれた太郎は完全に受けてしまい――誰よりもタフな体が大きくグラついた。
凶悪な炎、電撃、氷、さらには会心の斬撃が一度にダメージとして殺到。
間違いなくこれまでで最強の一撃が、鎧越しの腹へと叩き込まれた。
そんな最上級の会心の一撃をもらい、体がくの字に曲がっても――立つ。太郎は決して倒れない。
妖骨竜のオーラを放ち、牛の力を宿すその体は、
変わらず力強く地面を踏み沈め、強敵の正面を向いている。
「刺し違えてでも勝つ……なんて誰が言うか」
受けた大ダメージを引きずりつつも、太郎はズシンと一歩踏み出す。
「……ばるたんも花蓮達も待ってるんだ。普通に勝って、生きて帰らせてもらうぞ!」
その瞬間、百三十二頭分の牛の力を宿した体が震える。
敗北への恐怖ではなく、勝利を欲して自身を鼓舞するかのように。
太郎の意志とは別に、ブルルゥウ! と喉からも『闘牛の威嚇』が鳴り、黒いノア=シュミットへとぶつけられる。
「うおあああ――ッ!」
『―――』
どちらの中にも退くという文字はない。
もはや手の内を隠す事もなく、持てる全ての技で仕留めようとする。
黒いノア=シュミットが何度も振るう、『三属性混合』の大剣の剣筋は正直なものばかりではない。
太郎にとって嫌な剣筋も織り交ぜ、間合いを外し、寸分の狙いの狂いもなく一太刀一太刀を放っている。
――そうして追い込まれるのは、経験と技量に劣る太郎の方だ。
身につけたコンビネーションを繰り出すも不発。
モンスター相手なら決まるものが、ことごとく空を切って重い風の音だけを鳴らす。
熟練度が本来のレベル9であれば、すでに『太郎が』決着をつけていただろう。
だが、当時の英雄本人よりも威力が上がっている事で、押された分だけ、あと少しが届かない。
『妖骨竜の鎧』の損傷も、太郎を何度も守った事で傷が増えている。
無敵の強度を誇り、あり得ないと思われたへこみも胴体部分に生まれている。
傾いてきた形勢を逆転するためには……やはり太郎が一発を入れるしかない。
「――――、」
それでも、兜に隠れた太郎の表情に焦りはなかった。
自分(牛)の力を信じているからか、仲間達が見守っているからか。
相手に隙らしい隙はなくとも、しぶとく守り耐えてチャンスを狙う。
『――――』
と、ここで黒いノア=シュミットが大きく後退して間合いをあけた。
ダメージの影響で太郎の出足が止まった瞬間。
チャンスと見るや即座に下がり、大剣を肩にかつぐように構えると、
ほんの一・五秒、動きを完全に止めて『溜め』に入った。
そして放つ。
前の左足を踏み出し、宙を斬るように大剣を振るい――。
『――、――』
三日月状の最強の一撃が放たれる、その寸前。
なぜか黒いノア=シュミットのバランスが、何の接触もないのにガクン、と崩れた。
太郎からの攻撃はまだ一発も当たっていない。
つまり、ダメージの影響はないにもかかわらず、勝手に自滅するように崩れたのだ。
その原因は――踏み出した左足。
しっかりと踏み締めるはずのそれは、超重量の太郎が何度も何度も『踏み荒らした』事で。
いつの間にか歪な形となり、丘のあちこちがデコボコの状態となっていた。
「――もらった」
気づいた時には、もう遅い。
視線を上げた黒いノア=シュミットの視界に映ったのは、
『牛力調整』で瞬間的に身軽となり、高速移動で目と鼻の先に迫った太郎だった。
『――!』
刹那、目を見開いた伝説の英雄の体が深く沈み込む。
足元からバランスを崩して迎撃も回避も間に合わない。
そう瞬時に悟って、背中から倒れ込む事を選んだのだ。
結果、そのとっさの判断により、またしても黒いノア=シュミットは不格好ながらも迫る右を回避して――。
「そっちじゃ、ねえよ」
だが、太郎は無感情な声で言う。
伸ばした右腕の狙いは、軽鎧を纏った黒い本体ではない。
赤と青と黄色に染まる、身の丈ほどのミスリルの大剣の方だ。
ガシッ、と太郎の右腕が大剣を掴む。
規格外のパワーで握られたそれは、接着したかのように離れない。
地面に背中をついた黒いノア=シュミットと共に、同じ武器を掴みあう構図となった。
「まず、一つ」
そして、英雄を真似た相手の姿を見下ろしながら。
太郎はフリーの左腕を突き上げ――思いきり肘から振り下ろす。
直後、バギィイン! と。
重すぎる『肘打ち』を受けたミスリルの大剣が、刀身の中央から悲鳴を上げた。
あまりの衝撃の繰り返しに満身創痍だったそれは、まるで飴細工のごとく真っ二つに折れる。
と同時、宿っていた三属性が破片ごと飛び散り、霧散して周囲に消えていく。
『!』
その時、伝説の英雄の表情が初めて崩れた。
急いで残っていた大剣の柄を離してその場を離脱。
今度は黒いノア=シュミットの方がゴロゴロと丘を転がっていく。
「……さあ、これでお互い丸腰だな。あとはもう、地味な殴り合いといこうか」
静かに言って、太郎は足元のマジックバックから『ミルク回復薬』を回収する。
決闘が始まってから一番の余裕を持って、【過剰燃焼】が切れて六十六牛力に戻った後、一気飲みせずにゆっくりと飲む。
『――!』
そして、数秒の静寂の後。
ズズゥン! と力強く地面を蹴り、大剣を失い【三色の剣】も封じられた相手に突撃する。
『至高の探索者』の異名を持つ伝説の英雄であっても――もはや怖いものはなし。
太郎は被弾覚悟のノーガードで突っ込み、黒いノア=シュミットとの距離を一気に詰める。
顔面だろうと何だろうと関係ない。レベル10の【会心の一撃】だろうと、今さらの『素手の攻撃』など恐れるに足らず。
――ズカァアン! と、苦し紛れでも鋭い手刀が、頭から突っ込んだ太郎の首元に直撃。
『妖骨竜の鎧』の兜が吹き飛ぶも――その下の牛の力を宿した太郎にダメージはない。
「……さすがに強かったぞ。けど、もう終わりにしよう」
素顔を晒した太郎は、心から敬意を表して黒いノア=シュミットに告げる。
偽者とはいえ、完璧な再現率。
実際に何度も斬られて、ダメージを受けて、追い込まれて。
さらに、こうして大剣を失ってもなお、なぜか笑みを浮かべ、逃げる素振りも見せずに『戦い抜く姿勢』を見て。
相手は偽者だというのに――太郎は本物と戦った感覚を覚えていた。
――ガシィ。
何度か会心の打撃音が続いてから、次に丘に響いたのは打撃音でも斬撃音でもない。
黒いノア=シュミットの背後へと回り、ガッチリと。
胴体部分に手を回して掴み、絶対に逃げられぬクラッチをした音だった。
瞬間、軽々と百八十センチの黒い体が浮き上がる。
全身を使うように引き抜いた太郎は鎧姿のまま、背中を勢いよく反り返らせながら――。
「『牛魂――スープレックス』!」
最後の技名が叫ばれた直後。
叩きつける轟音と百トンオーバーの震動が、七層の丘に響き渡った。
活動報告にも書きましが、次の30日の更新ができません(汗)。
おそらく次の更新は7日(日曜)にまでズレると思われます。




