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百八十一話 邂逅

「ホーホゥ。こりゃまた特に密集した階層だぞ……」


 六層も越えて七層へと入った。

 ちょくちょく『体力回復薬』を飲んでいた事もあり、大した疲労もない俺達は、歩みを止めずに『ベルリンの迷宮』をいく。


「了解。んじゃこれまで通り、最短ルートでいった方がいいかズク坊?」

「いや、この層は少し迂回しよう。ホーホゥ。距離的には伸びるけど、遭遇数と天秤にかけたらこっちの方が楽だぞ」


 と、ズク坊の頼もしい分析を受けて。

 指示通りに最短ルートから外れて、右の道へと入る俺達。


 ……ところが、それでもすぐにモンスターと遭遇してしまう。

 どうやら本当に、この七層はモンスターが多く密集しているようだ。


 ――現れたのは『ジャックナイフカクタス』。

 体長は五、六メートル程度(それでもまあ大きいが)のサボテンで、体全体には針ではなく出し入れ可能な鋭利なナイフが。


 常駐型ではなく、生えたまま地面を滑るように移動する、『指名首(ウォンテッド)』に指定された植物系モンスターだ。


「……先輩。ぜひこの階層は」

「おう。暴れ倒してやれ」


 ここで火ダルマ全開なすぐるが、ススッと前に出てくる。


 植物系モンスターの七層。となればもちろん、ウチの魔術師のお得意様だぞ。


「すぐるよ! 凶悪なサボテンにお前の炎の力を見せつけるんだホーホゥ!」

「はい! ズク坊先輩!」


 ズク坊の声を背に、ゴゴォウ! と全身の炎を揺らして――すぐるが右腕を突き出す。


 もうすでに前方からはジャックナイフカクタスの姿が、それも『二体が列をなして』急坂の上から下りてくる。


「『獄炎柱(ヘルフレイム)』」


 静かに、すぐるの口から魔術名が発される。


 瞬間、レベル7の【火魔術】の一撃が。

 禍々しい黒炎混じりの炎の柱が、先頭にいるジャックナイフカクタスの足元から噴き上がった。


「おーおう! よく燃えるな……!」


 敵は耐久力はあっても、動きはさほど速くない。

 足元からまともに喰らったジャックナイフカクタスは、まるで薪のように大炎上する。


 ――そして、その後ろ。

 レベル7でも成長しているすぐるは、『進化した連射能力』で高等魔術をも連発していた。


 間髪入れずに生まれたもう一本の猛烈な火柱。

 その熱と規模を見れば何とも派手であるが……果たして一発で決められるかどうか。


 弱点は突いたといえど、『指名首(ウォンテッド)』相手には――あとほんの少し、威力が足りなかったらしい。


 自然に火が消え、黒コゲになってもまだ動いていたジャックナイフカクタス。

 ……だが心配無用。一発で決めきれずとも、もう勝敗的には決まったようなものだ。


 ゴゴォオオオゥ――!


 お次は無詠唱で放たれた『火の鳥(ホウオウ)』。

 右手から羽ばたいた二羽はそれぞれ標的へと向かい、燃え盛るくちばしから敵の巨体に激突する。


 直後、ギリィイイギギッ! という奇妙な断末魔を上げながら。

 ジャックナイフカクタス二体は、一度も攻撃を仕掛けるチャンスを貰えずに生命活動を停止した。


 その結果、立て続けに戦場に変化が起こる。

 地面から掘り返されるように根元から巨体が倒れると、坂の傾斜もあって倒木のごとく滑り下りてきたのだ。


「――っと、危ねっ」


 事故的に滑り下りてきてしまったそれをワンハンドでキャッチ。

 ドズン、と特に問題なく止めるが……優に一トンを超えるだろう重量よりも、すぐるの【火魔術】が残した熱の方がスゴかったぞ。


「さて、進むのはこの先か。まあ分かっちゃいるけど……どのルートも起伏が鬼のようだな」


 つい愚痴ってしまうも、ズク坊によればトータル的にはこの道が楽との事だからな。


 俺達はギルドで支給されたマップを確認しながら、迷宮の神が造りだした激ヤバロードを進んでいく。


 ◆


「? ホ、ホーホゥ……??」


 そうして次の八層への階段を目指し、何度か戦闘も挟んだ頃。

 普通に歩いていた最中に、後ろの方からそんなズク坊の声が聞こえてきた。


「ん? どうしたズク坊?」

「……。ホーホゥ……?」


 俺の問いには答えず、天井付近を飛びながら戸惑った様子のズク坊。


 かと思ったら急に下りてきて、俺の鎧の右肩(定位置)に止まると、

 ファバサァ、と翼を広げてから、いつも以上に激しく鼻をスンスンさせ始めた。


「どうしたのですかズク坊先輩? 何か気になる事でも……?」


 次に後ろのすぐるが聞くも……やはり答えず。

 引き続き鼻をスンスン、もとい【絶対嗅覚】を使うズク坊は、ここでまたファバサァ! と翼を広げた。


「ホーホゥ。な、何か……いつの間にか『分けわかんないの』がいるぞ……?」

「……は? 分けわかんないの?」


 突然のズク坊の発言に、俺(あとすぐるも)戸惑ってしまう。


 何だそりゃ? それってつまり【絶対嗅覚】で嗅ぎ取れないって事か?

 ズク坊の鼻はずいぶん前に進化しているから、判別ができないはずは――。


「って、ちょっと待て! まさか『竜』か!?」

「そ、そう言えば……! あの時もズク坊先輩は種族の判別ができませんでしたよね!?」


 ふと思い出して、つい大声を上げてしまう俺とすぐる。


 岐阜での『迷宮決壊(ダンジョン=コラプス)』解決作戦。

 あの時、最下層に『ドス黒い竜』がいた時も――今と同じように正確には判別できなかったはずだ。


「いや違うぞ。ホーホゥ。もし竜だったら、この階層全体がもっと地獄みたいな異様な空気になってるはずだぞ」

「……あ、そうか。言われてみればたしかに」

「ホーホゥ。それにだ。正確には嗅ぎ取れないけど、サイズに限って言えば『人間サイズ』だぞコレ」


 右肩に乗ったまま、必死に嗅ぎ取ろうとするズク坊。


 だが、いくらやっても『分けわかんない』らしく……悔しそうな顔で嗅ぐのを中止した。


 ……とりあえず確実なのは、そいつがモンスターだという事。

 そしてこのまま進むと、同じルートだから『かち合ってしまう』ようだ。


「うーん、どうするかな。その分けわかんないのを避けるって手もあるけど……」

「ホーホゥ。とはいえ竜でも亜竜でも門番でもないしな。階層を越えて迷い込んだ何かってだけなら、問題なさそうだぞバタロー」

「あともしかしたら、高級プリン(イエロースライム)みたいな美味しい相手かもしれませんよ先輩。そもそも『新種』の可能性もありますね」


 リーダーの俺が悩んでいると、ズク坊とすぐるからは強気発言が。


 ……まあでも、たしかに。

 特殊性はありそうだが、ポッと出(?)の新種にビビりすぎる必要もないか。


「なら強気にいくか。『単独亜竜撃破者』として、日本代表として返り討ちにしてやろう!」


 俺とすぐるの戦力から考えても、まず大丈夫だと思う。

『門番地獄』があった郡山の横穴みたいに、閉鎖的な空間なら怖いが……今回は普通の通路部での話だしな。


 ――ただし、念には念を。


 ここで俺はマジックバックの中から自分用の『DHA錠剤』を取り出す。

 そのままミルクなしで飲み込んで、属性耐性と集中力(属性攻撃は意味なし)をアップさせる。


 そして強気にズシンズシン! と前へ。

 超クロスカントリーな道を、重い足跡を刻みながらルートに沿って進んでいく。


 ――――…………。


「ホーホゥ! ……そろそろくるぞ二人共!」


 ちょうどジャックナイフカクタスとの遭遇が途切れて、静寂の中にいたところでズク坊の声が。


 その数秒後。

 俺の耳に聞こえてきたのは、カツンカツン、という人間みたいな足音だった。


 ……きたか。ズク坊いわく『分けわかんない』ヤツめ。

 俺達は慎重に坂を上がりきり、二十メートル四方はある丘みたいな場所で先にそいつを待つ。


 すると、天井に散りばめられた石から発される、エメラルドグリーン色の光を浴びながら。

 そいつは反対側の坂を上がりきり――俺達の視界に入ってきた。


「――――え?」


 最初に反応したのは、俺の後ろにいたすぐるだった。


 天井からの幻想的な光に加えて、燃え盛る炎の灯りが届いた先。

 そこにいたのは、『金属製の軽鎧』を纏い、背に『大剣』を背負った者。


 ……なのだが、


「人、間? けど何だ、あの真っ黒くろすけは……?」


 ズク坊からはモンスターだと聞いている。

 だから俺は、別に『人の形をしている』というだけで困惑しているのではない。


 まるで頭から墨を被ったかのような黒い皮膚。

 その体の上に、なぜか『明らかな装備』を纏っている事が困惑の原因だ。


 たしかに装備を持つモンスターはいる。

 岩から削り出したような棍棒だったり、朽ちた骨や錆びた金属みたいな剣だったり。


 だが違う。目の前の黒いヤツの装備は、モンスターが本来、持っているものとは一線を画している。


 上等そうな素材を使い、精巧に造られた軽鎧と大剣は……どう見ても探索者が装備するようなものだ。


 ……というか、それ以外にも気になる部分が。

 現れたそいつの顔が、何かどこかで見た事があるようなないような……?


 たった一体の未知の人型モンスターとの遭遇。

 にもかかわらず、俺はかつてないほどに困惑してしまう。


 底の知れない変な威圧感もある。身長は百八十センチ程度でも、巨大モンスター並の存在感もある。


 ズク坊が分けわかんないと言った、真っ黒なコイツの正体は一体……。


 ――と、その時だ。


 真っ先に反応はしたが、以降ずっと黙っていたすぐるが、

『火ダルマモード』の炎が大きく揺らめいたと思ったら……なぜか全身に纏う炎を収めてしまう。


 そうして、露出した仲間の顔を見てみれば。

 ぽっちゃりで親しみのあるその顔は、目をこれでもかと見開いた驚きの表情となっていた。


「す、すぐる?」

「ホーホゥ?」


 すぐさま声をかけるのも、驚きすぎているのか反応はなし。


 ……何だどうした? 今はモンスターと遭遇中だぞ?

 常にある炎の燃焼音さえ消えた、不気味な静寂が迷宮内に訪れた時――。


 すぐるはゆっくりと息を吸うと、重苦しそうに口を開く。


「ノ……ノア=シュミット……?」


 すぐるの口から発されたのは――『伝説の英雄』の名前だった。

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