百八十話 進む者
短めです。
「いや本当ちょっと……戦いづらすぎないかベルリン!?」
絶賛戦闘中、つい文句の一つが口から出てしまう。
――俺達のホーム、『上野の迷宮』が途中から樹海となるように。
――ここ『ベルリンの迷宮』も、五層に入って道の起伏の激しさが『鬼畜化』していた。
ただ、全てではない。全てではないのだが……かなりの頻度で。
反り立つ壁みたいな急坂の傾斜や、平坦と思わせて畑の畝のような無数の膨らみなどなど。
それらが俺の踏み込みや移動の邪魔をして、一々、足元からバランスを崩そうとしてくるのだ。
「ホーホゥ! けど、これしき亜竜と比べれば、だろバタロー!」
「当ッ然!」
後方で【気配遮断】により気配を消したズク坊の声に、叫び返して拳を握る。
そして、ズシンズシン……! と。
俺ではなく、前方から迫ってくる雷型の角を持つサイ、早くも出てきた『指名首』の『サンダーホーンリノ』の突進を――。
ズズゥウウウン――!
角本体は避けて、根元部分を左手で抑え込む。
巨体を武器に突っ込んできたサンダーホーンリノを、全力で踏ん張ってその突進を止めた。
瞬間、弾け飛ぶ電撃。
角に纏う紫電がビリビリと左腕から伝ってくるも……特に問題なし。
六十六牛力分のタフネス、何より『妖骨竜の鎧』で威力は大幅にカットされて、
骨や五臓六腑に染みわたる(?)ような、電撃特有のダメージらしいダメージはない。
「白根さんの【スタンガン】クラスの電撃でもないとな。突進の重さも中途半端だし。これじゃ俺の体には通らないぞ!」
この時点で勝負あり。
頼みの電撃は効かず、完全に突進の勢いも止められて。
サンダーホーンリノは四本の太い剛脚で、何とか必死に押し込もうとしてくるが……。
闘牛六十六頭の集団と、サイ型モンスター一体。
それらが持つパワーと体重差、どちらの点から見てもどうにもならないぞ。
「まあ、『指名首』でも下位だしな。……終わりにしよう」
宣告して、俺は掴んでいた左手を離し、そこにあった牛力を右腕へと移す。
つまり、『部分牛力』の発動だ。
抑えていた左腕がなくなり、相手の巨体が再び前に出ようとしたその瞬間に、
ドドォオオン……ッ! と、『部分牛力』を使った時の、やたら腹に響く重低音と共に。
こめかみ辺りに右を一発入れて、サンダーホーンリノの巨体をよろめかせる。
だが、ドイツ産のモンスター特有の打たれ強さから倒れはしない。
そこへ打ち込むのは右フックの連打。最後は振りかぶるオーバーハンドな感じで、上から殴り下ろすように拳を振るう。
その激しい連打(葵姉さん直伝)を打ち終われば……残っているのは、地面に倒れたサイ型モンスターの亡骸のみ
右腕一本での完勝――。その一方で、今度は雷ではなく炎が生まれた。
俺の数メートル横を通り過ぎる灼熱の炎。
地面を揺らして接近していたもう一体に、すぐるが火の鳥を二羽、連射で放ったのだ。
「……こっちのサポートはいらないか。相性も別に悪くないし、サシでも仕留められるだろな」
すぐるは変わらず【火魔術】がレベル7のまま。
それでも今日までひたすら鍛え続けて、もうレベル8に上がるのは時間の問題だ。
ただ正直、上位や中位はまだ一対一だと厳しい。
逆にそれ以外、下位の『指名首』ならば、上野でも一人で何度も倒しているからな。
加えて、切れた『DHA錠剤』もまた補給している。
油断でもしない限り、雷属性の巨大なサイを焼き尽くせるはずだ。
「よし、今のうちに回復薬でも飲んどくか」
すぐるとサンダーホーンリノとの『炎vs雷の撃ち合い』が始まったので。
俺はリュック型のマジックバックから一本、『体力回復薬』を取り出して、少しはある足の疲労のために飲んでおく。
……ちなみに、マジックバックの中には妖骨竜と戦った時以上の『体力回復薬』(百本ほど)が入っている。
何せ今回の探索は、回復妖精ことフェリポンがいないからな。
備えあれば憂いなし、念には念を入れて大量に準備しておく事は大切なのだ。
――グォオオオ……ッ!
「お、何だ思ったより早いな。ウチの魔術師が勝ったみたいだ!」
「やるじゃないか。すぐるよ、褒めてやるぞホーホゥ!」
と、迷宮内の気温が上がり、モンスターの断末魔も響いた後。
戦いを制したすぐるは一度、『火ダルマモード』を切ってから『魔力回復薬』を補給。
そしてすぐに【魔術武装】を発動し、天井から降り注ぐ石の光と合わせて、迷宮内を熱く激しく照らす。
「どうだすぐる? 見てたら『DHA錠剤』なしでもイケそうだな」
「かもしれないですね。ただ念のために常に入れておこうと思います。属性攻撃五パーセント上昇は地味ですが……やはりありがたい効果です」
そう言うと、すぐるは両手を胸まで上げて、自身を纏う炎を確認する。
相変わらずぽっちゃりで(動いているのに本当に謎だ)、ズク坊だけでなく、最近はばるたんにも『痩せろ』と言われているが……まあ、いい意味でさらに火ダルマらしくなってきたな。
「ホーホゥ。『DHA錠剤』はギルド総長からも大量に貰ったし、ケチらずに使っていくか。六層への階段まではまだもう少しあるから、気合いを入れていくぞホーホゥ!」
そんなズク坊の声を受けて、俺達は再び超絶クロスカントリーな道を進む。
もはや一種のアトラクション(?)だと思って、ゆっくりと反り立つ壁モドキをサ○ケ気分で攻略していく。
「今回も日向の時みたいに、何か発見! 的ないい事が起きたりして……なんてな」
つい楽観してしまうほど、今のところ探索・イン・ドイツは順調そのもの。
その後も問題なくモンスターを退けて、俺達『迷宮サークル』男衆は、五層を抜けて六層へと入っていった。
◆
――カツンカツン、と足音が響く。
階層と階層を繋ぐ、モンスターがいない安全地帯な階段を。
赤に染まった軽鎧を纏い、背には大剣を背負って、それは一人上っていた。
周囲の空気は重い。臭いは血で満ちている。
通った一段一段の階段には、細く赤い筋が続いている。
『…………』
――カツンカツンと、また足音が静寂に響く。
一歩一歩が階段と接地するたび、色がついた吐息のように、薄黒い空気が広がっていく。
ゆっくりでも確かな足取りで、それは八層から七層を目指す。
石造りの階段を最初から最後まで、中央を通って上がっていく。
邪魔する者は、もういない。




