百七十八話 ベルリンの迷宮
ちょっと短めです。
「おおー。ここが『ベルリンの迷宮』かー」
「あのノア=シュミットが潜り、『人類が勝利した場所』ですよ先輩!」
ギルドでミュラーさんと別れて、俺達は『ベルリンの迷宮』一層に入った。
街の中心から少し外れた場所にある地割れな出入り口。
そこから続く階段を下りて通路部を見渡して、俺とすぐるの声が迷宮内に響く。
聞いていた情報通り、内部は起伏の激しいクロスカントリー風だ。
道が平坦ではないために、斜度のキツイ坂のせいで先はまったく見通せないが……。
明るさの点に関しては、そこそこ明るい。
天井部にはエメラルドグリーン色に発光する石が点々と存在し、幻想的な光源となって照らしているぞ。
「ホーホゥ。旅気分も興奮しすぎるのも、どっちももう終わりだぞ二人共。日本だろうとドイツだろうと、いつも通りに進んでいくぞ」
「おう。そうだなズク坊」
「分かりました、ズク坊先輩」
――とまあ、索敵担当のズク坊さんから一言頂いてから。
改めて冷静&気合いを入れ直して、俺達三人は迷宮内をいざ進む。
とりあえずの目標は『十層』だ。
そこまで行けばこの迷宮にしかない『特別な採集物』があるからな。
それをギルドで換金せずに日本に持ち帰り(もちろんドイツのギルド総長の許可は貰っている)、研究機関に渡すと日本のギルド総長の柳さんと約束しているのだ。
「ミュラーさんの紹介とか色々、お世話になったしな。ちゃちゃっと十層で採集して……その後はどうする? すぐる」
俺は後ろに続く『火ダルマモード』のすぐるに聞く。
俺とズク坊はともかく、我らが魔術師は本当にここに潜るのを楽しみにしていたからな。
「そうですね……。個人的にはやはり、『竜との戦場跡地』に行ってみたいです」
「了解。ならせっかくだし見学しに行くか。ズク坊もそれでいいか?」
「ホーホゥ。いいぞ。俺も少しは興味はあるから付き合ってやるぞ、すぐる」
「ありがとうございます! 先輩にズク坊先輩!」
すぐるのそんな猛烈感謝を受け取り、俺とズク坊はコクリとうなずく。
『竜との戦場跡地』。
それは五年前に『滅竜作戦』が行われ、多くの血が流れて人類が勝利した『ベルリンの迷宮』の十三層の事だ。
全二十層あるここの迷宮の中で、最も広大な(上野の巨大ホールの比ではないらしい)空間にて、頂点捕食者である竜との戦いが――。
「バタロー、そろそろだ。三十メートルの距離に二体がお出ましだぞホーホゥ!」
「っと、オーケーだズク坊。……よし、ドイツ産モンスターとの初戦闘といくか」
クロスカントリー風な起伏のある道の上。
ちょうど坂を上がりきったところで前(下)を見てみると、二体のモンスターが坂の下まで接近してきている。
正体は『マテリアルキメラ』だ。
獅子の顔にワニの胴体、馬の脚に蛇の尻尾と、様々な動物が合成されたモンスター。
そこに加えて、体内には様々な鉱石も。
見た目には分からないが、部位ごとに異なる鉱石が全身に埋め込まれた、ドイツ固有種の四足歩行型のモンスターだ。
まさに質実剛健なドイツのイメージ通りか。
ドイツの迷宮は全体的にガードが硬くて耐久力が高く、持久力もある『ディフェンシブ』なモンスターが多いからな。
「……まあでも、ここら辺はサクッといくか。まだ『牛力調整』も『部分牛力』も必要ないな」
敵はちょうど横一列になって接近中だ。
俺は一気に距離を詰めるべく、ズシィン! と大きく一歩、坂の下に向かって踏み込む。
続けて、ビュン! と。
全身鎧を纏った俺の体が、傾斜も利用して風のごとく走り――約二十メートルの距離をその一歩で詰める。
「『ダブル闘牛ラリ』――」
だが、気合いが入りすぎたのか、脚に力を込めすぎた結果。
思った以上に速度が出てしまい、宣言しようとした技名は間に合わずに失敗してしまう。
――ただ、肝心の技の方は大成功だ。
しっかり左右に構えていた鎧の両腕が、並ぶように位置していたマテリアルキメラの首元に同時に直撃。
現在の六十六牛力分のパワーと重さ(推定五十二・八トン)が乗った状態で、正面衝突させて二体まとめて吹き飛ばした。
「……よし。んじゃ、進もう」
「ホーホゥ。もう手応えだけで倒せたかどうか把握できるようになったのか。……正解だバタロー。マテリアルキメラは今のでどっちもご臨終だぞホーホゥ!」
「お見事です先輩」
俺の華麗な一撃(横着な攻撃とも言う)を見て、ズク坊は天井付近を旋回し、すぐるは火ダルマ拍手をしてくる。
うむ、まあ『単独亜竜撃破者』としてこれくらいはな。
ドイツだろうと上の上レベルだろうと、やはり一層モンスター程度は朝飯前だ。
言ってしまえば、ここら辺は試合前のウォーミングアップ的な位置づけである。
「――『火の鳥』!」
初戦闘を行った後は、今度はすぐるの番。
相性的にはそこまで良くはないが……やる気満々なすぐるが二発ほど入れて、特に問題なくマテリアルキメラを討伐する。
そうやって交互に戦闘を繰り返しながら、俺達はマップ通りに最短ルートで進む。
今のところ一番の敵と言えば、クロスカントリー風の起伏の激しい道の方か。
ただそれも探索者の身体能力をもってすれば、移動するだけなら問題なしだ。
また他の迷宮と比べると、一層にしては空気は重め。
それでも所詮は一層。天井からの灯りもあるせいか、緊張感はまだ出ていない。
「ホーホゥ。朗報だぞ二人共。次の階段まではもうモンスターがいないぞ」
「おっ、マジか。こりゃ幸先がいいかもな」
「あと十二層……。十三層の『竜との戦場跡地』まで、あと十二層ですね!」
と、【絶対嗅覚】の鼻をスンスンさせたズク坊からの報告を受けて。
兜のままにうなずく俺と、またテンションにエンジンがかかった様子のすぐる。
いつもと同じ『火ダルマモード』ではあるのだが……。
ゴゴォオウ……! と。ローブの上から纏う、空気を焦がさんばかりの火の勢いが、二割増しくらいになっているのは気のせいだろうか?
一応、潜る直前にすぐるは『DHA錠剤』(『ダンジョン=ホブアップル』を濃縮した新商品)を摂取してはいる。
それによって効果の一つである、属性攻撃が約五パーセント上昇。
なので火の濃さや勢いが上がるのは理解できるが、ちょっと上昇率が大きいような気がするぞ。
「まあ……気合い的な部分の話だろな」
――とにもかくにも、一層の戦闘を抜けた俺達は次の二層を目指す。
偶数層は一日単位で出現モンスターが変わる『変動の階層』だ。
その最初の層に向かうため、クロスカントリーな道を進んで階段を発見し、ズシンズシン! と下りていく。
◆
――ゆらゆらと、それは宙をたゆたっていた。
モンスターの姿も気配もない、完全な静寂に包まれた階層に。
ただ一つの存在として――それはゆらゆらとたゆたっていた。
色は黒。……だが、すぐにでも消えて無くなりそうなほどに薄い黒。
そよ風の一つでも吹けば、その存在はいとも簡単に無に帰してしまうだろう。
そんな黒色のそれは同じ場所には留まらない。
まるで尺取虫の歩みのごとく、ゆっくりとその位置を動かしていく。
触れる者は誰もいない。
気づく者すら誰もいない。
ただそれは宙をたゆたい、徐々に大きくなっていく。
迷宮の暗闇を吸収するように、より色濃い存在となっていく。
……まだ、それは何ものでもない。




