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百七十七話 人類が勝利した場所

「ここが……」

「……ホーホゥ」

「『人類が勝利した場所』……の始まりですね!」


 ドイツ旅行を満喫した俺達。

 様々な観光名所を訪れ、美味いものを食べまくった末に――とある場所にたどり着いて(?)いた。


 ――ここからは旅行モードから一転、探索モードだ。

 弟や妹達がいるため、花蓮(あとばるたん)はホテルでまったりと過ごしてもらって、


 俺とズク坊とすぐる、あと通訳のミュラーさんも揃って、ある建物の前に立っている。


『ベルリンの迷宮』――その担当の探索者ギルド。

 白亜の宮殿みたいな三階建ての造りで、外観はまさにザ・ヨーロッパ風。


 日本の探索者ギルドもそれぞれに個性はあるが……やはりヨーロッパって何かカッコいいな。


「初めての海外の探索者ギルドか……。ちょっと緊張するな」

「たしかにだぞ。……でも、日本代表として堂々と入るぞホーホゥ!」

「いよいよ……いよいよですね先輩にズク坊先輩ッ!」


 俺もズク坊も、『ベルリンの迷宮』の担当ギルドを前にしてテンションは上がっている。


 ……だがぶっちゃけ、すぐるはその比ではない。

 あからさまに鼻息は荒く、その目は花蓮の弟連中みたいにキラキラしているぞ。


 ではなぜ、すぐるがダントツでテンション爆上げなのか?


 その理由は探索者ギルドの扉を開けて――一階エントランスの中央にドン! と鎮座する銅像を見れば分かる。


「『至高の探索者』――ノア=シュミット!」


 その銅像を見た瞬間、すぐるが歓喜の声を上げた。


 ノア=シュミット。

 世界中の全探索者の中で、間違いなく最も有名なスイス人探索者だ。


 享年三十六歳。『不屈の魂(インダミタブルソウル)』のリーダー。史上初の『単独亜竜撃破者』。


 すでに亡くなっているとはいえ、彼が成し遂げた功績の数々は、今も人々の記憶の中に輝いている。


 ――かつて一度だけ、人類は『ある存在』と正面切って戦った。


 それが『竜』。

 亜竜よりもさらに上位に君臨する、最強の頂点捕食者である。


「五年前、総勢六十一名の合同パーティーを組んで挑んだ『滅竜作戦』――。戦いの最中で多くの仲間を失い、最終的に自身の命を落としてしまうも……竜を倒した伝説の英雄です!」

「ホーホゥ。詳しいな、すぐる。さすがはノア=シュミットの大ファンだぞ」


 銅像を見ながら熱く語るすぐるの肩に、ズク坊がファバサァ、と乗る。


 ……そう、すぐるは昔からノア=シュミットの大ファンだからな。

 同じ魔術師で最強の『氷魔砲の探索者』こと、若林さんを尊敬してはいるが、圧倒的一番はこの銅像になった英雄なのだ。


 その精悍な顔つきと両手でバスタードソードを構えた姿を見ていると……特別なファンではない俺でも見入ってしまうぞ。


「私はそこまで詳しくはありませんが……。竜を倒して『レベル10』、【スキル】の熟練度を最大にさせた唯一の人ですネ」

「はい、その通りです。僕は魔術師なのでタイプは違いますが……同じレベル10制の【スキル】を持つ者として憧れます!」


 同じく見入っていたミュラーさんの言葉に、すぐるはまた熱く語る。


 そんなテンション上がりまくりのすぐるを連れて、俺達はギルド内の受付カウンターへ。


 ――改めて、『ベルリンの迷宮』とは。

 ドイツ国内ではダントツの、ヨーロッパ全体でも屈指の難易度を誇る迷宮だ。


 さすがは竜との決戦の地にして『人類が勝利した場所』か、難易度は文句なしに最高ランクの上の上となっている。


「~~~、~~~――……」


 全く聞きとれないドイツ語で、ミュラーさんが俺達の代わりに受付嬢と話す。


 ここの迷宮は国から許可が下りた探索者しか潜れない。

 ミュラーさんを紹介してくれたのもそうだが、今回、『ベルリンの迷宮』に潜ってみたいと相談したら、


 日本のギルド総長の柳さんが、ドイツのギルド総長さんに働きかけてくれていた。


 んで、結論から言うとオーケー。

『単独亜竜撃破者』の俺(とセットのズク坊)は余裕で許可が下り、すぐるも俺と一緒ならオーケー、という感じになっている。


「友葉サン、手続きは終わりました。こっちが探索の許可証で、こっちが迷宮内のマップですネ」

「ありがとうございますミュラーさん。助かりました」


 ミュラーさんに礼を言い、俺とすぐるは切符みたいな許可証とマップをもらう。


 よし。んじゃ早速、鎧を装備するか。

 爆買いした土産用とは別の、メインとなるリュック型のマジックバックの中から、俺は『妖骨竜の鎧』を取り出す。


「ホーホゥ? 何か皆がこっちを見てるな」

「先輩は世界に轟く『単独亜竜撃破者』ですからね、ズク坊先輩。一番最近、話題になった人物というのも大きいかと」


 と、ここでズク坊とすぐるが周囲から集まる視線を確認する。


 ……うむ、たしかに。

 実はギルドに入った時から薄々、気づいてはいたぞ。


 俺達と同じく探索を許可された猛者達が、俺をずっと見ている事に。


 日本から来た『ミミズクの探索者』とはどんなヤツなのか? 

 そんな彼らの疑問と興味が、視線だけでも手に取るように分かってしまう。


「まあ、もう慣れっこだけどな。外国人も日本人も同じもんさ」


 黒や茶色、青い目もある視線の中、俺はいつも通りに脚甲から鎧を装備をしていく――。


 ◆


「――という感じですネ」

「なるほど。さすがは上の上レベル……やっぱり厄介そうですね」


 俺は『妖骨竜の鎧』を、すぐるは『深紅鬼王クリムゾンオーガのローブ』を、ズク坊は『暴風のスカーフ』を。

 各自準備万端となった状態で、最後にミュラーさんから迷宮の情報をもらった。


 日本最難関の『盛岡の迷宮』の、ダメージを受ける魔法陣やモンスター専用の回復床など、陰湿な類のものはない一方、


 道が平坦ではなく起伏が激しい『クロスカントリー』風。

 またそこに出現するモンスターの強さが、群を抜いて高いらしい。


 そして、『ベルリンの迷宮』を高難度たらしめる大きな要因の一つが――。


「ホーホゥ。『変動の階層』とは初めての体験だぞ」


 鎧の右肩の上にて、情報を聞いていたズク坊がうなる。


 探索歴三年目にして、お初にお目にかかる『変動の階層』。

 それは本来、固定である出現モンスターが『変動』するという、非常に特殊な階層の事だ。


 ここベルリンでは偶数層全てがそれに当たる。

 モンスターの強さ的には同じでも、『一日単位』で種族がまるで変わってしまうのだ。


「ただ友葉サン。一つ朗報がありますネ」

「ん? 朗報……ですか?」

「はい。八層についてなんですが、ここのところずっと『モンスターがいない』ようです」

「えっ、モンスターがいない……?」


 ミュラーさんからの補足情報に、俺は少し戸惑ってしまう。


 それって『空の階層』って事か?

 探索者としてはめちゃくちゃありがたいが……『変動の階層』でそんな事が起きるとは。


 ミュラーさんが受付嬢から聞いた話では、もう一月近く八層はその状況にあるらしい。


「これは助かる……のか? 色々とイレギュラーを経験してきたから、微妙に気がかりなのは気のせいだろうか……」

「でも、きっと大丈夫ですよ先輩。一月近く何もないなら、何も起きないかと!」

「ホーホゥ。すぐるよ。いつも以上に気合いが入ってるのはいいけど、空回りはしちゃダメだぞ」

「了解ですズク坊先輩。今回は花蓮もいませんし、後衛をしっかり務めさせていただきます!」


 俺の心配の種にすぐるが大丈夫といい、そのすぐるにズク坊が釘を刺しておく。


 ……まあたしかに、下手に心配しすぎてもな。

 せっかくベルリンまで来たんだし、楽しんで探索するとしよう。


 ――というわけで。


 周りの外国人探索者達の俺へのスマホ撮影攻撃も、仕事を忘れた受付嬢達のズク坊へのスマホ攻撃も終わったので。


「んじゃ行くか。『迷宮サークル』男衆――記念すべき海外デビューだ!」

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