百七十六話 旅と超遠征
明けましておめでとうございます。
また○○編みたいな感じで始まります。
「さあ行くぞ皆! 準備はいいな? 忘れ物はないな!?」
人々が最も開放的になる季節――夏。
そんな季節に当てられてか、俺も、いや俺達『迷宮サークル』も、これまで以上に開放的になっていた。
……え? という事は海にいるのかだって?
――フッ、甘いな。
テンションマックスな俺達がいるのは、海でも遊園地でも迷宮でもなく――!
「ホーホゥ。こっちが国際線か。いつもは国内線だからな」
「だなズク坊。貨物室行きになる飛行機はあまり好きじゃねえが……。俺は空港自体は気に入ってるぞ」
右肩と頭の上より、紅白コンビが鼻息荒めに言う。
そう、空港。そして国際線。
小さいキャリーケース&マジックバックを持った俺達がいるのは、成田空港の国際線ターミナルである。
――つまり、行き先は海外ってわけだな。
世間が夏休みに突入した中、俺達も『バカンス八割・探索二割』で旅をするのだ。
「皆、パスポートは持ってるね? ないと外国には行けないよー」
「分かってるって。ちゃんとあるよ」
「もっちろんだよ、姉ちゃん!」
「家で百回は確認したからね」
「……ほい。私もちゃんと」
さらに、今回はパーティー(&ばるたん)以外のメンバーも。
せっかくの夏休みだからと、花蓮の弟(三人)と妹(一人)も参加。
高一の二女と中二の長男は部活をやっていないみたいで、『連れてけ連れてけ!』との大合唱を受けてこうなっている。
「バタローとすぐるもちゃんとパスポートを持ってきた? 有名な探索者だからって顔パスはできないんだぞっ!」
「はいはい。きっちり持ってますって」
「僕も同じく。マジックバックに入れてきたよ」
一番末の小三の三男に言われて、俺とすぐるはパスポートを提示する。
……ちなみに、俺もすぐるも海外は初めてだ。
花蓮家はまだ両親がいた頃に二回、海外旅行に行った事があるらしく……まさかの俺達よりも経験豊富である。
「とにかくこれで準備は万端だ! あとは乗り込むだけだぞホーホゥ!」
そんないつも以上なズク坊の声が響き、俺達は搭乗手続きをするべくカウンターへ。
ここでキャリーケースと共に紅白コンビと別れて、特に問題なく搭乗手続きを済ませた。
さてと、んじゃ行きますか。
俺達は生意気にも全員ビジネスクラスに乗って――異国の地へと飛び立っていく。
◆
東京を飛び立ってから約十二時間ほど。
過去最大の時間をかけてやってきたのはヨーロッパ――その主要国の一つである『ドイツ』だ。
「ドイツ! 初海外がハワイでも近隣諸国でもなくドイツ! カッコイイよなズク坊にばるたん!」
「ホーホゥ。カッコイイかは分からないけど、とにかく遠いのは分かったぞ……」
「……だな。覚悟はしていたが……さすがに貨物室での時間が長すぎて堪えたぞバタロー」
つい我ながらはしゃいだ声に、テンション低めな声で紅白コンビが答える。
……まったく、記念すべき初海外なのにノリが悪いな。
飛び立つ前は気分上々だったのに……まあでも、中身がほぼ人間なのに『十二時間の貨物室タイム』はさすがにキツかったか。
帰りもまたあるし、今回のドイツ旅は好きなものを好きなだけ食わせてあげるとしよう。
こうして、ドイツのフランクフルトに着いた俺達は、ロストバゲージもなく無事にドイツの地へ。
ただ、ここで至極当然の疑問が一つ。
遥々ドイツに来たわけだが、誰もドイツを訪れた事はなく、ドイツ語を喋れる者もいない。
「フッフッフッ。けど、まったくの無問題ってやつよ」
「何一人でブツブツ言って笑ってるのよバタロー? いくら超一流でもそんなんじゃモテないよー」
……と、花蓮の妹にドギツイ一言を貰いつつも。
初めてのドイツの地にやってきても、心配はまったくの無用である。
なぜなら――、
「あーこっちですこっち! 『ミミズクの探索者』サン達ー!」
空港の人混みの中で、俺達を呼ぶ存在が一人。
前に宮崎の空港に降り立った時と同じような展開が、ここドイツでも俺達を待っていた。
「どうもです、ミュラーさん! 今回はお世話になります!」
俺達に向かって手を振っていたのは、パオル=ミュラーさん。
日本に留学経験がある日本語ペラペラな、四十一歳のドイツ人男性だ。
――そんな人と俺がなぜ知り合いなのか?
実は俺がではなく、ギルド総長の柳さんが知り合いなのだ。
俺がドイツに旅行&海外遠征をすると伝えたら。
さすがは海外を渡り歩いた元探索者か、数ある人脈の中からこのミュラーさんを紹介してくれたって寸法である。
多分というか絶対、普通の探索者だったら無理な話だろうが……。
そこは日本に五人しかいない『単独亜竜撃破者』。
通訳兼ガイド役のミュラーさんも含めて、色々と手配してもらっているぞ。
「では行きましょうか。ドイツという国をぜひ楽しんでくださいネ!」
「はい、よろしくお願いします!」
「おう。なにぶんこちとら全員初ドイツだからな。色々と世話になるぞミュラーとやら」
「ホーホゥ。とにかくまずは腹ごしらえだ。本場のソーセージに行くぞソーセージ!」
「はいはい。好きなだけ食わせてやるから静かにしろって。……あと悪ガキ共も!」
……とまあ、ハイテンションに戻ったズク坊(あと弟三人衆も)を抑えながら。
他の皆とミュラーさんとの挨拶を軽く済ませて、俺達は足早に空港から出発する。……喋る紅白コンビがもうだいぶ目立っちゃったしな。
とりあえず、まずは観光だ。今回は探索は二の次である。
マジックバックに装備は入っているが、しばらくは羽だけを伸ばすとしよう。
俺達一行はタクシー二台に分かれて、最初の観光地としてフランクフルトの街を目指す――。
◆
「コラァ達郎! いつまで寝てんだい! いい加減に起きなッ!」
――ところ変わって、日本の千葉県。
太郎達がフランクフルトをはじめ、ドイツ各地を回って旅行を楽しんでいる頃。
何の変哲もないザ・日本な一軒家に、パワフルな女性の声が響いた。
さらに続けて、ドタドタドタ……! と。
どこかのモーモーな探索者ほどではないが、力強い足音が階段を駆け上がり――。
スパァン! と部屋の襖が開けられて、パワフルな女性改め、小杉多美子(五十六歳)が登場。
歳相応な見た目と体型の強い母親が、おたま片手に仁王立ちする。
「まったく、今日は迷宮で『草むしり』しないのかい!? さっさと朝ごはんを食べてくれないと片付かな――――あれっ?」
……ところがどっこい、肝心の怒りの矛先がなぜか部屋にいない。
ベッドの上にも机のイスにもベランダにも、息子の姿は見当たらなかった。
その代わりにあったのが――机の上の一枚の紙。
何だいこれは? と多美子がその紙を手にして見てみると――。
『ちょっと武者修行に行ってくる。そろそろ世界が俺の進化を待ち切れないみたいだからな。だからしばらくの間、留守をよろしく頼むぞ母ちゃん! ――未来の『単独亜竜撃破者』にして最強の座を約束された男・達郎より――』
「……。あんのバカ息子、一言も言わずに何してんだいまったく!」
と、いきなりの置き手紙に憤慨する多美子。
だがまあ……息子の性格を考えれば別に不思議な事ではないのだが。
むしろ生まれた時からの付き合いがある母親としては、普通に想定の範囲内である。
「ハァ、他の人に迷惑をかけなきゃいいけど……。そこら辺は仕事しとくれよ【幸運】!」
我が息子ではなく、【スキル:幸運】の力を信じる。
また大きなため息を吐くと、多美子はおたま片手に、キーキー鳴き出したヤカンを止めにキッチンへと戻っていった。
夏休みのお話です。……何かずっとリアルと真逆の季節を書いている気がする。(汗)




