百五十九話 凶報
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「ギルド長! ギルド長はいるかホーホゥッ!」
自動ドアが開くと同時、上野の担当ギルドにズク坊の声が響いた。
もう日も落ちているため、探索者ギルド内にはまばらな探索者がいるだけ。
カウンターの受付嬢を除けば、皆が帰り支度をしていたところ――その必死な声は隅々まで響き渡った。
「「ズク坊さん?」」
「「ズク坊ちゃん?」」
前者は探索者達、後者は受付嬢達の声だ。
突然、一人で現れて大声を発したズク坊に、上野の関係者全員に愛される『マスコット的存在』に気づき、皆が一斉に振り向いた。
……ただ何かいつもと様子が違うぞ?
ギルド内にいた者達が、同じ感想を持ったその時。
ズク坊が乱れた息を整えていると、カウンターの奥から何事かと出てきた馴染みのバーコード頭――上野のギルド長の姿が現れた。
「今の声は……ズク坊君? あれどうしたんだい。太郎君と一緒にまた迷宮に戻ったと聞いたが……」
「ギルド長! 大変だ。迷宮に亜竜が……妖骨竜なる個体が現れたんだぞホーホゥ!」
時間が惜しいズク坊はギルド長に対し、開口一番そう言った。
周りに他の者達がいてもお構いなし。
むしろこの情報は全員が共有すべきだと、ズク坊は起きてしまった事を話した。
……唯一、余計な混乱は避けるため、堀田幹夫という男が『召喚した』という事実だけは伏せている。
ただとにかく、『一層の巨大ホールに亜竜が現れた』という、その異常事態は伝えねばならなかった。
「あ、亜竜!?」
「……ウソだろ? しかもよりによって最上層の一層に!?」
「つうか妖骨竜って……名前からして何かヤバくないか!?」
直後、探索者もギルド関係者も問わず。
ギルド内がザワザワとし始め、いたるところから驚きの声が上がった。
そして今度は逆に、水を打ったように静まり返るギルド内。
想定外なタイミングでの想定外な情報に、この場にいる全員が固まってしまう。
「それは本当かいズク坊君? 私達の迷宮に、一層の巨大ホールに、亜竜が出現したんだね!?」
「ホーホゥ! もちろんだ。こんなタチの悪い冗談を俺が言うか! 今はバタローが一人で抑え込んでるはずだぞホーホゥ!」
「何!? 太郎君一人でかい!?」
「そうだ。いくらバタローといえども今回ばかりはどうなるか……。だからギルド長、早く本部や『DRT(迷宮救助部隊)』に連絡して救援を頼んでくれホーホゥ!」
空中で翼を羽ばたかせ、ズク坊はギルド長に必死で頼む。
その頼みを受けて、額に汗をかきながら首を縦に振るギルド長。
『亜竜』と『出現』、この二つのワードで事の重大さを理解するには十分だった。
一方、周囲にいた探索者達はというと……手を上げて救援に名乗り出る者はいない。
……当り前と言えば当たり前である。
上の下レベルの迷宮とはいえ、ほとんどが十二層以上、下位の『指名首』とすら戦った経験がないのだ。
見た事がなくても、迷宮に関係する者なら『誰でも知っている』。
竜種は一つ次元が違う。
亜竜は危険極まりない存在であり、ゲームのように挑むなど自殺行為に等しいと。
だからギルド長にも受付嬢にも、彼らを責める視線も言葉もない。
亜竜が出た特A級の『緊急事態』ならば、それ相応の力と経験を持った者達が必要なのだ。
「分かった、ではすぐに本部と『DRT』に知らせよう。――っとそうだ、すぐる君と花蓮君に連絡は取るかい?」
「ホーホゥ……いやいい。すぐる達にはクリスマス会の準備をしといてもらう。たしかに昔と比べれば強くなったけど、アレとの戦いに巻き込むのはリスクが高すぎるぞ」
仲間の戦力を正確に把握しているズク坊。
そう静かに言うと、大急ぎでギルドまで飛んできた疲労からか、ギルド長の右肩にファバサァ、と止まった。
「なるほど、ズク坊君が言うのならそうなのだろうな。……では」
ギルド長はバーコード頭を指で軽く直すと、まずギルド長権限で『探索禁止』の指示を出す。
そしてズク坊を乗せたまま、大急ぎで奥にあるギルド長室へと向かっていった。
◆
(おいおいおい! 何かと思えば今度は亜竜ときたか……!)
その凶報はすぐに本部へと伝えられた。
ギルド総長の柳は電話を切ると、執務机で頭を抱える。
面識もある上野のギルド長から直接、携帯電話の方に連絡がきたと思ったら……。
サンタクロースは鬼なのか?
クリスマスの夜にもたらされたのは、とてもプレゼントとは言い難いものだった。
――しかも、だ。
「アンデッド系竜種で友葉君が一人で戦って……それに【スキル】による『召喚』だと?」
亜竜が現れた経緯も、そして今の現状も。
経験豊富な柳でさえ、うろたえるには十分すぎる情報だった。
中でも衝撃だったのは当然、亜竜が出現した方法。
ギルド長室でズク坊から全てを聞かされたギルド長と同じく、柳は電話口でそれを聞いた時、思考も体も止まってしまったほどだ。
「……とにかく、今は友葉君への救援が急務か。とはいえ……」
柳は再び頭を抱える。
相手が門番であるならば、『その場から動かない』という習性から、多少力が劣る者でも救援に向かわせられるが……。
さらなる強力な存在で、未知の個体で、行動範囲に縛りもなし。
そんな亜竜相手に下手に救援を送れば、返り討ちにあって全滅する可能性が高い。
「くっ、そもそも巨大ホールなら友葉君は逃げられないのか? 彼はあまり単独撃破にこだわるタイプには見えなかった気がするが……」
ギルド総長である柳は知らない。
太郎が逃げないのは足止め目的以上に、自らの命を犠牲にした召喚者の想いに答えるためだという事に。
出現したのは妖骨竜。世界的にも初めて聞く個体で能力は一切不明。
その妖骨竜のもとに向かわせられるとしたら、トップクラスの探索者か、『DRT(迷宮救助部隊)』の中でも上位の力を持つ隊長だけ。
「……四年前の若林と『六尾竜』以来か。呼ぶならまず彼らになるが……」
柳の頭に浮かんだのは、やはり『単独亜竜撃破者』だ。
救援に向かわせるベストな人員は間違いなく彼らである。
一人で強大な亜竜に挑み、死闘の末に勝利を収めた、正真正銘のバケモノ四人。
「しかし……そう都合よくはいかないか」
柳は机の上にあるパソコン画面を見て顔をしかめた。
トップクラスの探索者の迷宮は把握している。
また彼らがホームから動けば、全国のギルドのネットワークにより、どこに潜っているかも簡単に把握できるのだ。
そして肝心の、画面に表示された『現在地』はというと、
『ハリネズミの探索者』こと白根玄は大阪の堺に。
『剣聖の探索者』こと草刈浩司は兵庫の神戸に。
『氷魔砲の探索者』こと若林正史は岩手の盛岡に。
この三人はホームの迷宮に、しかも運悪く揃ってまだ『探索中』との事だった。
『亜竜殺しの公務員』の柊斗馬のみ『DRT』所属のため、別に問い合わせなければ現在地は分からない。
果たして彼は、東京あるいはその近郊にいるかどうか?
「…………、」
太郎の【モーモーパワー】の圧倒的なタフネスを考えれば、通常よりも時間の猶予はあるかもしれない。
それでも、あまり距離が離れていれば……まず決着までには間に合わないだろう。
「逃げるか、一人で勝ってくれれば万々歳だが……。亜竜への挑戦は本当に甘くはないからな」
これまで日本では四人の猛者が挑み、『奇跡的に』四人全員が単独撃破に成功している。
ただ、世界に目を向けてみれば、
高い実力を持つトップクラスの探索者が挑み、そのほとんどが返り討ちにあっているのが現状だ。
「……他の一流どころの探索者もダメか。やはり頼れるとしたら『DRT』の隊長連中になるな」
パソコン画面で他のトップクラスの探索者(『影姫の探索者』や『老将の探索者』など)の現在地も確認して。
柳は渋い顔を浮かべると、執務机の上の電話に手を伸ばす。
友葉太郎。若手ではダントツの存在で、現時点でもトップクラスの探索者。
せっかく半年ほど前の『門番地獄』で助かったのに、その太郎を失ってしまうのは迷宮業界にとって大きな損失だ。
(柊が最適ではあるが……とにかく誰でもいい。どうか一人くらい近くにいてくれよ!)
そう柳は願いつつ、自らもギルド総長として、探索者の命を守る『DRT』に連絡を取った。




