百四十二話 レベル7の新魔術
第三者視点です。
ちょっと短めです。
「さあやるぞ! すぐるよ、ひたすら練習あるのみだホーホゥ!」
「はい! ズク坊先輩!」
『上野の迷宮』四層。
いまだ太郎が決めた一週間の休養期間が明けない中――一人と一羽の声がホームの迷宮に響く。
声の主は『迷宮サークル』の『火ダルマの探索者』こと木本すぐる。
そして同じく、『迷宮サークル』の索敵担当であるズク坊だ。
……なぜこのコンビが迷宮内に?
その理由はずばり、すぐるの新魔術の『特訓』である。
「ホーホゥ。前はどえらい目にあったからな。きちんと制御できないとだぞ、すぐる!」
「はい、重々承知しております。いや本当……あの時はご迷惑をおかけしました」
右肩に止まったズク坊の声に、後輩のすぐるがペコリと頭を下げる。
以前、すぐるはレベル7で覚えた【火魔術】を撃った事があるのだが……。
【魔術系スキル】はレベル7から、覚える魔術は『高等魔術』となる。
発動に必要な魔力量も格段に増加し、今までとは違っていきなり完璧には使えなかったのだ。
結果、太郎やスラポンなど前衛を中心に被害が発生。
軽く火傷するほどに、すぐるの新魔術が暴れてしまっていた。
……まあ、その原因の一つが、
「ためらうな、すぐる! 撃っちゃえホーホゥ!」と指示したズク坊なのだが……本人は完全に忘れている。
「だから念のためにアイスビートルの四層だ。ホーホゥ。ここなら多少、火が暴れても熱くなりすぎないはずだぞ」
「さすがはズク坊先輩です。きちんと周りの事も考えているのですね」
――と、いうわけで。
いつものズシンズシン! という超重量の足音はなしで、すぐるとズク坊は凍りついた雑草が茂る迷宮内を進む。
冷蔵庫のように冷える中、ズク坊の百発百中な案内でいけば――すぐに単体でいるアイスビートルのご登場だ。
「ではいきます! やはりここは全力で、『火ダルマモーどぅぺッ!?」
「バカタレすぐる! まだ俺が肩にいるだろう!? 先輩を焼き鳥にする気がホーホゥ!」
「あっ! し、失礼しましたズク坊先輩……!」
たまにズク坊はすぐるの肩にも止まるが、それはあくまで地上での話。
今回は太郎がいないので『特例』だ。
なのでうっかり忘れていたすぐるに、ズク坊からファバサァ! と厳重注意の翼ビンタが入った。
「……で、では改めまして……!」
今度こそズク坊が飛び立ったのを確認してから。
体内に宿る魔力から炎が発生。
すぐるの相変わらずのぽっちゃり体型が、ごうごうと燃える赤い炎に包まれていく。
『火ダルマの探索者』、これにて準備完了だ。
アイスビートル程度が相手ならば、別に【魔術武装】を使うほどではないものの、
先輩ズク坊からの事前の指示もあり、後輩すぐるは全力全開モードで挑む。
vsアイスビートル(格下)。
また一つ魔術師として強くなるため、すぐるの特訓が始まった。
◆
「――『獄炎柱』!」
そう叫んだ瞬間。
魔力を込めたすぐるの燃える右手から、いつものように炎の塊が分離――しない。
だがすでに魔術はしっかりと放たれている。
事実、アイスビートルの体長四メートル、体高二メートルの巨体の下に、尋常ではない『熱源』が存在していた。
ゴルォオオオオ――!
唸るような火炎の轟音が鳴る。
と同時。巨体の下から、突き上げるように直径四メートルはある火柱が発生した。
色は赤一色ではなく、黒が混じったような『禍々しい』赤だ。
それは一瞬でアイスビートルをブチ抜き、通路の天井まで到達。
周囲が地上のように明るくなった時には、氷の巨体をほとんど焼き尽くしていた。
「ホ、ホーホゥッ! やっぱりダメか……!」
が、しかし。
立派な火柱として現れた大量&黒混じりの炎は、まだまだ術者の制御が甘く……。
魔術の本体である火柱から分離するものが続出。
小さな『火弾』みたいになって、四方八方へと飛び散ってしまう。
――レベル7の『高等魔術』、盛大に失敗である。
後方の天井付近で気配を消していたズク坊の方にも、二発ほど襲いかかる始末。
だがズク坊は事前に予想していたため、ヒラリと華麗に空中で回避した。
「あ! すいませんズク坊先輩……!」
「何のこれしき! 構わないぞすぐる。俺の事は気にせずにどんどん撃って練習するんだホーホゥ!」
「は、はいッ!」
巨大で猛烈で、アイスビートルも軽々と一撃で葬る火柱。
それを今のように飛び散らせずに、きちんと最後まで『一本に纏めきる』のが課題である。
……ちなみに、制御できていなくても、レベル5で得た『連射能力』で三つまでなら連発できる。
ただそれをやると、余計に一本一本の制御が甘くなるので……待っているのは炎の地獄だが。
「必ず自分のものにしてみせる! 『火ダルマずる剥け』の技術と比べれば屁でもないですよ!」
「その意気だ! んじゃ次はあっちの氷カブトにいくぞホーホゥ!」
一人と一匹はやる気満々に突き進む。
いつもは太郎の影に隠れがちで、郡山の『門番地獄』でも経験値は得られなかったとしても。
魔術師としてはすでに一人前。
さらなるパーティーの戦力になるべく、すぐるはアイスビートルをバターのごとく溶かし始める。
すれ違う他の探索者には細心の注意を払いつつ、千本ノックならぬ『千本魔術』を敢行。
魔力が尽きれば魔力回復薬を。お腹が減れば持参した手作りビーフカツサンドを。
胃袋に詰め込み、すぐるとズク坊のコンビは四層で暴れ回っていく。
――そうして、『獄炎柱』を放つ事――千本とはいかずとも『二百十四本』。
百五十を超えたあたりでほぼ完成しかけていたレベル7の新魔術は、完璧にコントロールできるようになっていた。
……ただし、その代償(?)は知らず知らずのうちに払っていたらしく……。
ホクホク顔のすぐるとズク坊、ではなくて。
三層から降りてきたばかりの他の探索者パーティーが、混乱気味に大声で叫ぶ。
「ちょ、どうなってるんだこれ!? 寒いはずなのに……むしろ何か生温かいぞオイぃ!?」
(主人公は地上でまったりしております)。




