百三十九話 その後のいろいろ
第三者視点です。
「お疲れさんだぜ。本当にどえれー目にあったな優太」
迷宮業界を震撼させた、青芝優太と『迷宮サークル』の行方不明事件。
三日間に及ぶその事件は、彼らが自力で帰還した事によって解決した。
地上へと戻った太郎達は横穴で見たもの、通称『門番地獄』について詳しく説明し、
大規模捜索をしてくれた『DRT』やギルド関係者に、謝罪&感謝の忙しい挨拶回りを終えた――その日の夜。
現場となった『郡山の迷宮』。
そこから少し離れた、郡山市内にあるホテルの……そのまた少し離れた公園で。
当事者の一人だった青芝は、ベンチに深く腰掛けたまま。
同じ『遊撃の騎士団』の仲間で、ボサボサ頭と無精ひげがトレードマークの団長、草刈浩司から投げられた缶コーヒーを受け取った。
「ええ、本当に。あんなに冷や汗をかいたのは、浩司が一人で亜竜に挑んだ時以来ですよ」
パキャ、と缶を開けて、青芝はコーヒー(微糖)をグビグビと飲む。
迷宮を出た後に回復薬を飲み、熱い風呂に入って軽い食事も取ったものの……。
そこはやはり前代未聞な激闘十二連戦。
まだ完全には疲れが取れない心と体に、微糖なそれが沁み渡ってくる。
「ははっ、そりゃー相当だな。まー相手が暴れ牛から『門番』になりゃ当然か」
「しかも『複数』で『連続』ですからね。おそらくあれで全ての『門番』を――竜種に次ぐ存在をコンプリートするとは思いませんでしたよ」
噛みしめるように言って、思わず身震いしてしまう青芝。
横穴の中にいた時は平気だった。
だが、こうして安全な地上に戻ってから思い返すと……いくら超一流の探索者であっても、尋常ならざる恐怖体験だった。
「――たしかに今回の件は関係者全員が度肝を抜かれたな。……正直、衝撃度で言えば去年の『迷宮決壊』以上だぞ」
と、ここで。
公園のベンチに座った草刈と青芝に別の声がかかった。
声の主は自販機の前からベンチの方へ。
スポーツマンみたいな短く刈り揃えられた髪に、やたらガタイのいい体と褐色の肌。
とても五十歳を超えているとは思えないその男は、ギルド総長の柳信一郎だ。
……何でギルドのトップと日本を代表する探索者達が夜の公園に?
理由はただ単に『ホテルは堅苦しいから』と、柳が二人を連れ出したというわけだった。
ちなみに、一方の白根や太郎達『迷宮サークル』はというと。
郡山の地元ブランド牛、『うねめ牛』を味わうべく、夜の街に繰り出していっている。
「だろーな。稀少な存在のみの、しかも前代未聞な横穴とか……世界でも初の発見だぜ」
「経験値と素材、そして何よりその新たな情報を持って帰れたのは収穫ですね」
青芝を中央に、公園のベンチに座って喋る三人。
装備も纏っていないため、それはお偉いさんや絶対強者というよりも、
ごくごく普通の、アラフォー男性二人とおっさん一人な景色である。
「今回の件の影響は大きい。現在判明している全国『百二十三カ所』の迷宮――。探せばまた出てくるかもしれんな。……ふう、さらに忙しくなりそうだ」
「ははっ、まーぶっ倒れない程度に頑張れよー柳さん」
「ああ、元探索者の鍛えた体でバリバリやらせてもらうさ。……それにしても、今日の『迷宮サークル』の顔つきと雰囲気には驚かされたな」
「……え? 友葉君達の顔つきと雰囲気ですか?」
缶コーヒー(無糖)をグビッと飲み干し、唸るように言った柳に青芝が聞き返す。
はて、顔つきや雰囲気に違いなどあっただろうか?
青芝の丸眼鏡の奥に、『?』のマークが二つ浮かぶ。
「三日間といえど、ずっと行動を共にしていたら気づかんかもな。……なあ草刈?」
「あー、それは俺も速攻で気づいたぜ。岐阜の頃から成長していたとしても……アレだけの違いだ。やはり『門番地獄』を突破したのがデカイんだろーな」
「は、はあ……?」
二人の言葉に、文武両道で頭脳明晰な青芝は首を傾げる。
そんな青芝の表情を見て。
柳は空の缶コーヒーを片手に、迷いなく断言するように言う。
「あの精悍な顔つきさ。そして隙のない、何とも言えない強者独特のオーラ。去年から強くなったとは思っていたが、あそこまでとは正直、驚きだったぞ」
柳は何度もうなずく。
それに同調するように、草刈もまた深くうなずいていた。
……なるほど、そういう事か。
理解した青芝は彼らを思い出す。
たしかに仮設のギルドで会った時と、死線を越えて横穴を出た時とでは違ったかと納得する。
「言われてみればそうですね。特に友葉君は七体にトドメを刺しましたから」
「おー、半分以上アイツだったか。そーいや優太がトドメを譲ったと言ってたな。……で、その『ミミズクの探索者』はどーだったよ?」
草刈は弾むような声で、そして期待するような目で仲間の顔を見る。
『悪魔の探索者』こと稲垣の件で結果的に迷惑をかけた、若くて有望で、現時点でもトップクラスの探索者。
加えて白根の弟分なのだから、草刈が興味を持つのも当然だった。
「ハッキリ言って予想以上でしたよ。『重くて強い』。シンプルながらも他の誰にも真似できないあの戦い方は、非常に頼りになる存在でした」
一呼吸置いて、青芝はこの激動の三日間での相棒を思い出す。
大地を揺らす足音。圧倒的なパワー。様々ある面白い能力。
それらを一つ一つ思い出しながら、青芝は顔に笑みを浮かべて続ける。
「『狂化状態』となったダンジョンキングの一撃をまともに受けても、『肋骨にヒビが入った』だけですからね。まさに唯一無二。本当に頼もしいと思うと同時、とても驚きを受けましたよ」
「ほほー、なるほどだぜ」
「『五番目の男』にそこまで言わせるとは……やるなあの子も」
青芝の答えに、満足気にうなずく草刈と柳。
五月の夜風を浴び、キレイに輝く満月を見上げながら。
いい歳した三人の男は、その後も高校生のように話に花を咲かせた。
――プルルルルル!
そうこうしていると草刈のスマホが鳴り、電話に出て一言二言、話した後に。
「……さて、んじゃー行くか。優太の新しい包丁の準備も早くしなきゃいけねーが……今日はその前に」
ニヤリと、草刈はベンチから立ち上がって不敵に笑う。
そのまま腕を伸ばしたり足を屈伸したりしてから、同じく立ち上がった青芝と柳に向けて――。
「白根とミミズク達が肉を食い終ったってよ。つーわけで、合流して皆で派手に飲みにいこうぜ!」
◆
こうして『郡山の迷宮』で起きた大騒動は幕を閉じた。
その後の迷宮業界については、当然のごとく『門番地獄』が話題の中心となっていく。
ギルド総長の口から『重大情報』として発表があり、その月の『月刊迷Q通信』ではトップページで取り上げられた。
またメディアも大騒ぎだ。
国内外を問わず、大きなニュースとして各局のニュース番組で報道された結果。
改めて迷宮という存在の危険性を、探索者以外の者達にも再認識させる事となった。
ギルド側の対応としては、全『百二十三カ所』の迷宮の再調査だ。
時間はかかるも各地区の『DRT』が、訓練に加えて少しづつ調査していく方向で決まった。
『もし似たような場所を見つけても決して入るべからず』。
全国の探索者にはそう伝えられて、まず担当のギルドに報告するルールも作られた。
――そして、全ての原因となった『郡山の迷宮』の『門番地獄』。
後にいくつか分かった点としては、ボーナスエリアと地獄が復活するのは、きっかり『三ヶ月』かかるという事。
さらに太郎達が得たような【スキル】の報酬はなし。
いわゆる『初回限定ボーナス』だったと結論づけられた。
……あと最後に一つだけ。
日本のみならず、世界を震撼させた郡山での衝撃の事件を受けて。
『迷宮サークル』の評価が、特に『ミミズクの探索者』の太郎の評価が高まった。
『あの包丁剣士と共に十二体の『門番』を粉砕』。
『もはやパワーとタフネスはその『門番』並』。
『ドシッと巨大モンスターの前に『男らしく立ちはだかった』からこそ、一人の犠牲も出ない大きな要因となったのだろう』。
『某有名ゲームでは使えないのに……実物はかなり強いようだ』。
そんな世間からの評価上昇を知った太郎の、ガッツポーズな喜びの言葉が――こちら。
「うおおお! 友葉太郎、苦節二十三年……! これでググッと彼女ゲットに近づいたぞッ!」
次は『登場人物紹介③』となります(明日)。
あと主人公の『牛力ごとの能力まとめ』みたいなものを上げる予定です(明後日)。




