百三十三話 ラストスパート
今日から更新を再開します。
何とか三日連続投稿できそうです。
「――ふう。いよいよ終わりが見えてきたな……!」
迫りくる巨大な刃を避けながら、俺は兜の下で一人呟く。
門番地獄に突入して三日目。
最終日の午後イチの戦いが、奥から数えて十一番目の部屋で始まっていた。
九番目の『門番』、すぐるの魔力を奪って【火魔術】を発動し、勝手に酸素を消費しやがったマジックイーターを怒りの袋叩きにして。
さらに続いて十番目――『冥府番』とも呼ばれる全身黒一色の双子、『ゲヘナブラザー』も退けて。
炭水化物多めな昼食休憩を挟んだ三戦目。
俺達合同パーティーは、ついにあと二体のところまで進んでいた。
ぐぐぅううー!
と、ここで俺の腹の虫が盛大に鳴く。
原因はもちろん、昼食休憩であまり食べなかった……のではなくて。
『食い溜めの一撃』。
マジックイーター戦で判明した、三十牛力で得た新能力を使った事による『反動』だ。
……どうやらこの能力、ある程度(腹九分目以上?)食べないと発動しないらしい。
どんな理屈でこうなるかは今さら気にしないが……。
とにかく胃に入れた食べものを一瞬でエネルギーに変換。
タックルでもパンチでも技の種類は問わず、最初の一撃が『規格外な威力』になるようだ。
「――で、その一撃で『一本』砕いたけども……チッ!」
暴風のごとく襲いくる激しい剣戟に対して。
俺は一度、鎧と刃で飛び散る火花を見ながら、大きくバックステップをして距離を取る。
十一番目の『門番』、その名は『パールナイト』。
サイズはいつもの十メートル超えかと思いきや、八メートル程度と過去最少だった。
見た目は俺と同じで全身鎧を纏った騎士風。
表面は磨き上げられたように白くて光沢ある真珠のような様相でも、その正体はやはりというか、魔力が通った特殊な岩だ。
腕は四本。ダンジョンアスラより二本少ないものの、
より人間に近い滑らかな動きと、身についている高い剣術のせいで。
豊富な技の種類や嫌らしい緩急など、コイツの攻撃の方が遥かに避けづらいぞ。
現在は開幕の切り札、『食い溜めの一撃』(右ストレート)で腕を一本減らしてはいる。
それでも強いものは強い。
体と同じで真珠のように輝く白剣を持ち、『三刀流』でパワフルかつ流麗な剣戟が繰り出されていた。
「くっ、俺は剣士タイプとあまり相性はよくないけど……! うちにはもっとスゴイ剣士がいるっての!」
俺が叫ぶと同時。
戦いが始まってからずっと続く、キンキィン! という甲高い金属音が鳴る。
そっちをチラッと見てみれば――。
これぞ剣士の戦いか。全てにおいて意味のある動きで、呼吸一つとっても一切の無駄なし。
凄まじい手数をもってして、包丁と巨大な白剣が何度も宙で重なり合う。
……思わず手を止めて見入ってしまいそうな名勝負だ。
青芝さんは間合いから一度も出ずに、絶えずパールナイトと近い距離を保ち、激しい攻防が行われていた。
「ちょうど一本減って二刀流vs二刀流か。んで、残りの右一本が俺の担当ッと!」
状況的には間違いなく有利だろう。
真上から獰猛に振り下ろされた白剣を、俺は受けずに『牛力調整』での高速移動で真横に回避する。
――そうして生まれた、剣を戻すわずかな隙を狙って。
『クルォオオ!』
後方よりガルポンの『小竜巻』が直撃。
剣豪といえど俺達前衛で手一杯なところに、これ以上ないキレイな攻撃が兜の顔面に決まった。
ちなみに、『小竜巻』はまた強化されている。
二つ前のマジックイーター。やつにトドメを刺したのは何を隠そうガルポンだ。
すぐると同様に魔力を吸われて、自分の魔術を自分に撃ち返されるも、
終盤で残った魔力を振り絞って撃ったら、まさかの脳天直撃KOとなっていた。
その結果――ガルポンの主人、花蓮の【従魔秘術】の熟練度が『四体』に。
トリプルアイに続き、二度目の『門番』の莫大な経験値を得た事で。
大器晩成な従魔師として、ついに一つ上のステージに上がっていた。
「まさに万全の状態だな! 一対一ならともかく、多対一なら絶対に負けないぞ!」
叫びと共に『高速猛牛タックル』を敢行する。
もし体重が軽ければ、成すすべなく天井に打ち上げられただろう強烈な斬り上げ攻撃。
それを左肩に力を込めて、体の外側へと流すように弾き飛ばす。
攻撃自体は勢いを止められてキャンセルするも……威力の面では俺の方が上だ。
……うむ、やはり負ける要素は見当たらないぞ。
俺達と違って【スキル】の熟練度こそ変わらないが、地味に青芝さんの身体能力も上がっているしな。
一つ前の闇の兄弟、ゲヘナブラザーに青芝さんはトドメを刺して経験値を得ている。
兄弟どちらからしか経験値が入らず、どちらが持っているかは完全にランダムだ。
ズク坊の【絶対嗅覚】ですら分からず、瓜二つなそいつらをカンで倒したら俺が弟を引いた――って、そんなプチ情報はいいか。
「ぬおおおお!」
「ハァアアッ!」
『クルォオオッ!』
もう一度言うが負ける要素は見当たらない。
とはいえ相手は強大で、形勢逆転もゼロではないから油断はしないぞ。
今日で門番地獄からオサラバすべく、皆で全力全開でパールナイトを沈めるとしよう。
◆
――キィイン……!
一際甲高い金属音が、激闘というBGMの中で存在感高く響く。
「んッ!?」
その音を聞いた瞬間。
タックルの動作に入ろうとしていた俺は、兜の下で眉をひそめた。
……何だ?
少しの違和感を覚えた俺は、発生源である青芝さんの方を見る。
もう十一戦目だからな。
剣戟の音を聞き慣れていたからこそ、微妙に違うその音を聞き分けて、目線だけ動かして確認してみると――。
「んな、マジか!?」
俺の目に飛び込んできたのは、予想だにしない光景だった。
青芝さんが持つ二本の包丁。
凄まじい硬度を誇るアダマンタイト製の包丁のうち、右の一本が刃の根元から『折れて』いたのだ。
「くっ! ここで限界が来てしまいましたか……!」
武器が一本折れた事で、青芝さんは攻撃を中断して初めて後退する。
持ち手だけで使いものにならなくなった包丁は手放して、
残った左の一本を両手でしっかりと握り、一刀流スタイルに変えて構え直した。
「だ、大丈夫ですかリーダー!?」
「すみません友葉君。これは少しばかりマズイですね。【二刀流】が使えなくなると……攻撃力は文字通り半減です」
少し離れた位置からの俺の声に、青芝さんは眼鏡をクイっと直しながら答える。
まさかアダマンタイトの包丁が折れるとは……。
パールナイトの振り終わりの体勢からして、隙はあっても強力な『溜め斬り』を使ったらしい。
たしかに青芝さんは包丁の状態を心配していたが……何だかんだで最後までもつと思っていたぞ。
「……それほど硬くて強いってか。十一連戦もしてるから忘れそうになるけど、何せ相手は『門番』だからな」
ボスより強くて稀少な存在。
使い手が素人な俺ならまだしも、超一流の剣士の腕で振るっても耐え切れなかったか。
「バタローに優太! どうする、少しの間だけでもすぐるを前に上げるかホーホゥ!?」
と、前衛の状況を見て、後ろで気配を消していたズク坊から声がかかった。
一本になった状態でも青芝さんなら殺られないだろう。
剣士タイプ、というか超一流の探索者の回避力は本当に凄まじいからな。
だが一方で、これで倒すのに『余計に時間がかかる』のは間違いない。
「いやいい! ガルポンの援護もあるし、もう結構ダメージは負ってるからな。――このまま一気に俺を中心に叩き潰す!」
相手は腕三本と一見、三刀流のまま。
それでも青芝さんが担当した左の腕と白剣の一つは、すでにヒビ割れてボロボロになっていた。
そこへ七十八牛力、『推定六十二・四トン』で小細工なしに突進。
鋭い斬撃で鎧に衝撃が走って火花が散るも、また弾き飛ばして右脚の脚甲に直撃する。
ドゴォオン! といつもの轟音が発生し――それを聞き終える前に離脱。
俺がいたパールナイトの足元に、左右一本ずつ、まだ生きている腕から斬撃が振ってきた。
「ッ、危ないな! さすがに二本同時は食らいたくないぞ……!」
使える腕と剣が半分だとしても。
バランスが保てている限り、巨体から繰り出す力と技を併せ持つ剣術は活きたままだ。
だからやはり狙うは足元。
『食い溜めの一撃』でつい迎撃して真っ先に腕を破壊したが、それでは白剣は止まらないらしい。
――俺は包丁一本で立ち向かう青芝さんと、後衛のガルポンと呼吸を合わせる。
息が切れるまで『狂牛ラッシュ』をひたすら連打だ。
何度も刃を受けながら強引に脚甲を破壊。その下に露わになった、こちらも真珠のような足を続けて破壊した。
これで踏ん張りは利かず、時たま襲いくる強烈な『溜め斬り』もお終いだ。
……さて、仕上げといこうか。
包丁が折れるアクシデントこそあったものの、この戦いは完全にもらったぞ。
「問題は……次の最後のヤツだな」
この後の十二番目に待つ、『過去最強の相手』を思い浮かべながら。
片腕を地面つき、不安定になったパールナイトへ怒涛のラッシュを。
白腕を破壊し、白剣も破壊し、白兜まで破壊して。
積もり積もった深刻なダメージにより、最後の一本となる白剣の剣筋も落ちていき――。
全身鎧の騎士風だけあって、どこか決闘染みたこの戦いは。
白き暴風のようだった剣戟を潰した末に、兜の下の顔面へのラリアットで決着した。
そして、巨体が崩れ落ちるというお決まりの勝利の景色の中で。
まだ兜を被って乱れた息を整えていた俺の左肩に。
早々と飛び乗ってきたズク坊が、ファバサァ! と翼を広げてテンション高く叫ぶ。
「これで十一連勝だ! 取るべき首はあと一つ、いよいよ『キング』に手が掛かったぞホーホゥ!」




