百十二話 宿命のライバル(?)
ただウザイだけだったらすいません。
「オイ!? 何でお前がこんなところにいるんだよ!?」
十三層という深い層で出会った一人の男。
そいつは本来、この階層――というかこの迷宮にはいないはずの男で……。
「フッ、驚いているな! さぞや兜の下は情けない顔をしているのだろう友葉バタロー!」
まるで白根さんや『DRT』の柊隊長みたいに、堂々たる態度で迷宮内で出会ったコイツ。
坊主頭でやたら濃い眉毛とまつ毛が特徴的な、俺とはタメで探索歴も一ヶ月ほどしか変わらない、ほぼほぼ同期な探索者だ。
――そして何より、俺とはちょっとした『因縁』があるという関係性(一方的だが)である。
「まったく、誰かと思えばお前かホーホゥ!」
「フン! ……ミミズク坊か。相変わらずモフモフなようだが……どこぞの動物好きと違ってペットのお前に用はないッ!」
「な、何だとホーホゥ!?」
右肩に戻ったズク坊の声に、坊主な迷惑探索者――『小杉達郎』がビシィ! と言い返す。
対して、失礼な返答(&名前間違い)にズク坊がいきり立つが、
俺は「どうどう……」と何とか相棒をなだめてから、小杉の濃い顔を見てため息をつく。
「もう一回聞くけど、何でここにいるんだよクソ坊主? お前のホームは別の迷宮だろが!」
「フン! それがどうしたというのだ。我が『宿命のライバル』であるお前に、成長したこの僕の姿を見せにきたのだ友葉バタロー!」
「必要ねえよ! 頼んでねえし! そもそも『宿命のライバル』じゃないっての! あと毎回毎回、『ば』が一個多いんだよクソ坊主!」
と、ズク坊をなだめておきながら、思わず自分がヒートアップしてしまう俺。
……お聞きの通り、『クソ坊主!』『友葉バタロー!』と大声で呼び合うコイツは……ある意味、モンスターよりも会いたくない存在である。
――事の始まりは『横浜の迷宮』、探索者デビューとなるあの冬の日まで遡る。
就活を諦め、装備を纏い、ズク坊と出会って【モーモーパワー】を習得した俺なわけだが……。
実はその【モーモーパワー】こそが、俺と小杉の面倒くさい因縁の原因となっていたのだ。
少し思い出してみてほしい。
俺が【モーモーパワー】を習得した時、【スキルボックス】はモンスターを倒して出現したものではなく、すでに『出現していた』ものだったという事を。
つまり、俺ではない他の誰か。
第三者がモンスターを倒して出現させていたわけで……。
「『宿命のライバル』ではないだと!? 何て言い草だ泥棒猫――いや泥棒牛め! お前と僕との間には、あの時から深い因縁が存在しているのだ!」
「いや知らん知らん! 大体お前、自分で『いらない』と判断してスル―したんだろが!」
【スキルボックス】は出現させた者が習得する権利を持つ。
だが、それを放棄した場合。
残されたものは消えるまでの十分間、誰が習得してもいいのは当然のルールだ。
「ッ! ……なるほど、相変わらず反省の色はないようだな友葉バタロー! ……まあいい、それでこそ僕の『宿命のライバル』だ!」
「どういう思考回路したらそうなるんだよ!? もうお前と喋るのは疲れたよクソ坊主!」
ゼェハァと、ちょっとした戦闘みたいに息を切らせて言い合う俺と小杉。
この迷惑クソ坊主め……。
同じ変人は変人でも、まだ友好的で岐阜でも共闘した『奇跡☆の狙撃部隊』の方が百倍いいぞ。
そんな俺と小杉のやりとりは、その後もカップラーメンが出来上がるほどに続き……やっと一時休戦(?)みたいな感じに。
ちなみに、その時の他のメンバーの様子はというと、
ズク坊は隙を見て加勢するも、全く相手にされないペット扱いに憤慨し、
花蓮は小杉の勢い&迷惑さにただ困惑して、持ち前の天然も影を潜めてしまい、
スラポンとフェリポンは何が何だか、ポカンと見ている感じだった。
残るすぐるに関しては、俺達の光源として火ダルマになってくれているというのに……。
……哀れすぐるよ。小杉にはガチで自然の炎と思われているのか……一度も視線を送られる事なくスル―され続けていた。
◆
――おっほん!
さて、言い合いも一段落ついたところで、小杉について少し触れておこう。
この勝手に因縁迷惑クソ坊主……じゃなくて男は、ソロで探索者をやっている。
出会ったのは俺が【モーモーパワー】を得て有名になった後だ。
ちょうど去年の十二月、探索者として一年が経つ頃だった。
それから何度か、こうしてちょいちょい突撃してきて――って、そんな俺自身も一ミリも興味のない事はいいか。
やはり触れておくべきは、探索者としての実力の方だろう。
「さあ見るがいい友葉バタロー! これが僕の成長した【スキル】だ!」
「……いや知ってるって。これまで何回見せられたと思ってんだよクソ坊主!」
興奮気味に叫んだ小杉は、俺のツッコミの声をかき消すように。
木々がひしめくジャングルな世界に、『プシュー!』という奇妙な音を響かせた。
と同時、前方に勢いよく霧散される『真っ黄色の霧』。
すぐるの全身炎に照らされたそれは、一時的に空間を黄色に染めると、近くの木の幹や枝葉に付着した。
――そして、変化は起きた。
小杉の手、正確には十本の『爪の間』から出たスプレーみたいな真っ黄色の霧。
明らかにただならぬ色のそれは、周囲の木々に付着した瞬間――。
効果音をつけるなら、シワシワシワ……! と。
まるで早送りされた映像のように、付着した至るところを見る見るうちに『枯らして』いく。
【スキル:除草剤】
『手の爪の間から霧状の『除草剤』を噴き出す。散布された植物の生命力を根こそぎ奪い取る事が可能。噴き出す量や効果の高さは熟練度に依存する』
こっちはこっちで名前も見た目もふざけた【スキル】だ。
一見、ただの農作業に役立つだけのものかと思いきや……相手を選べば相当に強い。
例えば、バーサクエントのような『植物系モンスター』。
これに対しては名前のごとく圧倒的で、それこそ『単独亜竜撃破者』並のパフォーマンスを発揮するらしい。
つまりは、植物系限定ながらほぼ『無敵』。
この【スキル】のおかげで、小杉には『農薬王の探索者』なんて異名がつくくらいだ。
「これで僕は植物系の迷宮に潜り、モンスターを一方的に倒しまくって……そして攻略するに至ったのだ! たった一人で!」
「ああ……そう。はいはい」
「フッ、興味を持っているな? 何せこの急成長――熟練度にして『レベル8』だ。もうお前の背中はハッキリ見えているのだから!」
「ああ……うん。そうだな」
もうそろそろ本気で疲れたので、柳のごとく受け流す事に決めた俺。
力を見せつけて鼻息が荒い『宿命のライバル』とやらを、早く終わらないかなー……と心の底から思いながら見る。
「……というか、本当よくここまで一人で来れたな。いくらもう一つのアレ――【幸運】があってもキツイだろうが」
「フン、甘く見てもらっては困るな。来る日も来る日も植物を枯らし倒す事、幾数千。僕の【幸運】はすでに『吉』となっているのだ!」
俺の問いに、小杉は胸を張って答えてきた。
実はコイツが持つもう一つの【スキル】というのが、この【幸運】というものだ。
【スキル:幸運】
『習得者は運に恵まれる。起きている時は常時発動し、もたらされる幸運の大きさは熟練度に依存する』
――というザ・シンプルなものだ。
熟練度についてはおみくじに似ていて、『末吉』、『小吉』、『中吉』、『吉』となり、
そして恐らく、というか絶対、最後は『大吉』となっているのだろう。
これが小杉が【モーモーパワー】をスル―した後に習得した【スキル】だ。
【幸運】の効果は【幸運】自体にも効くらしく、熟練度の上がりが普通よりも早いようで、今ではもう二番目に高い『吉』に上がったらしい。
……え? 何でそんなに詳しいのかだって?
当り前だろが(怒)! このクソ坊主に何度も勝手に説明されたからに決まってるだろ(泣)!
「つまり何だ。植物系でも何でもない『上野の迷宮』をここまで潜れたのは、本当に【幸運】のおかげかよ……」
「その通りだ、友葉バタローよ。十二層の巨大カタツムリが出るボス部屋は少し心配したが……。ちょうどお前が倒したばかりで素通りできたってわけだ!」
「……もうお前は逆に最強の探索者だよ」
何度目かも分からないため息をつき、俺は半開きの目で小杉を見る。
「フッ、やっと分かったか。……だがまあ、僕もまだまだなのは自覚している。その高みで待っていろ。必ずや追いつき追い越してやる――さらばだ『宿命のライバル』よ!」
小杉はそう言い放つと、突然、くるりと一回転。
全力ダッシュで木の根を飛び越え枝葉を散らし、十二層への階段方向に戻っていく。
――え? ウソだ冗談だろ!?
たしかに、この謎な時間よ早く終われ! 帰りやがれ! と思っていたが……本当にもう帰るのかよ!
「……おい、ここ上の下レベルの迷宮の十三層だぞ? ガチで成長した現状報告しにきただけかよ!?」
あまりの衝撃展開に、『全身蹄化』以上に固まる俺。
……もうこうなると変人どころの騒ぎではない。
俺は断じて認めてはいないが、『宿命のライバル』とやらはさらにその上(?)。
『変態』の域に入っているのではなかろうか(白目)。
そんな勝手に因縁迷惑変態クソ坊主の、闇に消えていく後ろ姿を見て。
ずっとわなわな震えていたのは右肩のズク坊だ。
今まで出会った者の中でただ一人。自分を軽んじるやつが許せないのか――ついに耐え切れずに叫ぶ。
「どんだけ意味不明なんだアイツは!? もう人の形をしたモンスターじゃないかホーホゥ!」
いつ出そうかいつ出そうか……そう思って存在を忘れて……思い出してねじ込みました。




