百六話 暴れん坊なスカーフ
すいません。ちょっと遅くなりました。
「久しぶりだぞ泰山! 例のブツは持ってきてくれたかホーホゥ!?」
東京を離れて石川・金沢に来て三日目。
昨日に引き続き、葵さんの格闘教室に強制参加させられた俺は――午前中一杯みっちりとしごかれて、一緒に昼飯(特盛牛丼)を食べた後。
すでに迷宮に潜っている、緑子さん達『北欧の戦乙女』とは別行動。
合流はせずに、ズク坊とホテルに戻ってまったりと休む事にしていた。
「――おう、元気にしてたかズク坊に太郎。もちろん持ってきてやったぞ」
そんな俺達のいるホテルを訪ねてきて、現在ロビーに下りて会っているのは、イカつい顔と体つきの悪○商会にでもいそうなおじさん。
いつもお世話になっている武器防具屋の店長、佐藤泰山さんだ。
その泰山さんは豪快に笑うと、ゴツいジュラルミンケースを持っていない方の手で、俺とズク坊の頭をわしゃわしゃしてくる。
「はい。俺らは相変わらず元気――と言いたいところですけど、鬼コーチの特訓は迷宮よりキツイですよ……」
「ハッハッハ。だろうな、顔にそう書いてあるぞ。『女オーガの探索者』の異名通りの娘っ子みたいだな」
「それより泰山! 早く例のブツを見せてほしいぞホーホゥ!」
「おうそうだったな。ちょっと待ってなズク坊」
一人ワクワクしているズク坊の声に、泰山さんは持っていたジュラルミンケースを足元に置く。
……いきなり何が始まるんだ? とお思いだろうから説明しよう。
実は昨日、泰山さんから電話があって、『ズク坊の新装備』が手に入ったと連絡があったのだ。
そして、『そっちに行く用があるがどうする?』と聞かれたので、
ならぜひに! と、わざわざ寄ってもらったというわけである。
まあ、装備と言っても……ズク坊はミミズクだから鎧でも何でもない。
首に巻くスカーフ。装備というよりオシャレアイテムみたいな感じだ。
今は半透明のエメラルドグリーン色の『追い風のスカーフ』(飛行速度アップ)を迷宮内で巻いている。
「――ほれ、これが新しく仕入れたものだぞ。今のスカーフよりも貴重で、中国の迷宮でしか採れない素材、『晴雲玉糸』を使った一品――名は『暴風のスカーフ』だ」
「……ホーホゥ。『暴風のスカーフ』とな?」
興味津津な様子で、泰山さんが取り出したスカーフを前のめりになって見るズク坊。
『暴風のスカーフ』は淡いオレンジ色の、恐ろしく細かくて美しい糸を丁寧に編み上げて作られているらしい。
糸だからスカーフではなくマフラーじゃね? とは一瞬思ったが、
その滑らかすぎる手触りと、よく見れば半透明な色を見たら……なるほどスカーフのような印象を受けた。
「名前の荒々しさとは真逆の美しさですね。……どれズク坊、早速巻いてみるか」
「ホーホゥ!」
テンションは高いままでも大人しく待つズク坊に、俺はササッとスカーフを巻いてやる。
真っ白いモフモフな体に淡いオレンジのスカーフが加われば、マスコット的な愛嬌が三割増しとなった。
あ、ちなみに気になるお値段の方は『百五万』だ。
俺達と泰山さんの仲だから多少、色を付けてもらったが、『追い風のスカーフ』(五十四万)のほぼ倍というイイお値段である。
……と言っても、いまさらビビる金額ではないけどな(ドヤ顔)!
「よし、じゃあ行くぞ二人共! いざ暴風とやらの性能チェックだホーホゥ!」
ロビーにいる他のお客さんの迷惑も考えず、テンション爆上げなズク坊が叫ぶ。
ズク坊はちょっとしたスピード狂だからな。
自分の飛行速度がさらに上がるはずだから、気持ちは分からないでもないが……とりあえず、俺は周りの人達に頭を下げておく。
しかし、周りにいた人達は嫌な顔をするどころか、むしろ微笑ましい顔をしていて……?
どうやら可愛いは絶対。モフモフは正義。
パシャパシャ写真を撮る人も複数いるし、ここでもアイドル的な人気があるようだ。
――というわけで。
ズク坊には悪いが、突如始まった撮影会が終わるのを待ってから、俺達はホテルを出て探索者ギルド所有の広い空き地へと向かった。
◆
「ホーホゥーーーーッ!?」
「……おお、すんごい速いなー」
「……一般人のワシではほとんど目で追えんスピードだな」
『暴風のスカーフ』を巻いたズク坊は速かった。……いや風になった。
木の上から滑空する形で飛び始めて、目指すは反対側の大きな木。
空き地中央にいる俺達の目の前を通り過ぎたのだが……恐ろしいまでの飛行速度を叩き出していた。
時速で言ったら『百六十キロ』くらいはあるんじゃないか?
ズク坊が途中でバランスを崩しかけるほどの、ミミズク特有の無音飛行な猛スピードだったぞ。
「なははは。ミミズクというか弾丸みたいだったなー」
「ついた異名は『白い弾丸』ってか? 言われてみればたしかに……ハッハッハ!」
「――こらバタローに泰山ッ! 人が危うく墜落しかけたのに何を笑ってるんだホーホゥ!」
思わず笑ってしまった俺と泰山さんに、速度を落として戻ってきたズク坊がプンプンと抗議する。
見ればズク坊が通った宙には、ヒラリヒラリと白い羽が何枚か舞っていた。
「まったく大変な目にあったぞ。ホーホゥ。前にモンスターを倒して強くなってなかったら、とても制御できなかったぞ!」
珍しく飛んだだけ(しかも直線)で焦った様子のズク坊。
抜けた羽を見ても、『相当力を入れて』体勢を維持したみたいだし、最初から全力でいったのは大失敗だったようだ。
「とはいえ心強いじゃないか。暴風の名に相応しいほど飛行速度はアップしてるだろ?」
「……まあたしかに。これを完璧にコントロールできるようになれば、俺は『空の王者』として君臨する事になるぞホーホゥ!」
右肩に戻ったズク坊の額を撫でてご機嫌をとりつつ、感想を聞くとズク坊はそう答えた。
見ているこっちも体感した本人も、肝心の速度については文句なし。
あとはズク坊の言う通り、超高速の中でもコントロールできるようになれば、迷宮内での安全性はさらに増すはずだ。
【気配遮断】状態においての超高速飛行――。
……うむ、もしモンスターだったら全く捉えられる気がしないな。
「いい装備ですね。んじゃこれ、買わせてもらいますよ泰山さん」
「毎度あり。太郎だから支払いは月末までにしてくれりゃいいぞ」
「了解です」
なので、即行で売買成立だ。
泰山さんは武器防具屋としていい目を持っているから、まあ最初から買うつもりではあったのだが。
……さて、とりあえずこれでズク坊の装備新調は完了だな。
泰山さんも用があるから俺達のところに寄ったわけだし、昼過ぎから飲み会でもしたいところだが別れなければ――と思っていたら。
「ところで太郎。今日はこれからヒマか?」
「これからですか? ……ええ、別に予定はないので大丈夫ですけど」
「ならちょうどいい。実はお前に紹介したいヤツがいてな。……ほれ、ワシが用あって北陸まで足を伸ばした目的の者だ」
そう言った泰山さんは、コンと指でゴツいジュラルミンケースを叩く。
気になったので深く聞いてみると、どうやら用があるというその人は『職人』らしい。
……と言っても、イメージする金槌片手のガンコ親父ではなく、【スキル】を使った若い職人のようだ。
福井に鍛冶場(?)がある有名な職人で、なんと俺の現在の装備、『プラチナ合金アーマー』を作成した人らしい。
――だったらお礼ついでに会っておいてもいいよな。
ちょうどお隣の県だし、明日の午前もある鬼コーチの特訓には間に合うだろう。
だから泰山さんの話を正式に受けようとした――その二秒前。
なぜか俺ではなくて、『暴風のスカーフ』を巻いたズク坊がファバサァ! と翼を広げて答える。
「【スキル】を使った職人か。いいぞ泰山、すぐにでも会いに行こうホーホゥ!」




