百二話 魔術は自由だ(土)
「(……ごくり、)」
僕は唾を飲み込んで、桐島さんの背中と迫るバーサクトレント三体を見る。
この戦い、桐島さんが一撃で葬って勝つのは確定事項だ。
なので純粋に、『進化させた』という魔術がどういうものか、そっちの方だけに気がいっている。
桐島さんが習得している【スキル】は――【土魔術】と【硬化】。
【土魔術】は名前の通り土や岩を生み出して戦うもので、特に説明はいらないとして。
【硬化】の方も、そのままの意味で自分の体を硬化させて、防御力を大幅に上げるという能力だ。
熟練度は【土魔術】と同じく『レベル8』。
金属並の硬度を持って鎧いらずの体となり、桐島さんの異名、『超合金の探索者』の由来となっている。
「この二つを、一体どうやって若林さんみたいに融合させるんだろう……?」
ぽつりと、僕は無意識のうちに呟く。
……まだ【氷魔術】と【真空砲】は分かる。
攻撃系の【スキル】同士を合わせて強化するのは、イメージだけならすぐにできるけど……。
【土魔術】と【硬化】。
たしかにどちらも『硬さ』が特徴だけど、攻撃系と肉体強化系にハッキリ別れているからどうしようもないような――、
「ッ!?」
なんて生意気にも疑いの目で見ていたら。
桐島さんの両手から無詠唱で放たれた『岩の弾丸』。
右手から二つ、左手から一つのボーリング球サイズの岩の塊が、目にも止まらぬ速さで射出されて――三体のバーサクトレントの体を貫通した。
そして、その勢いは止まる気配もなく、
撃ち抜いたバーサクトレントの後方十メートル。曲がり角の壁に三つの岩弾が激突し、派手に砕け散る――と思いきや。
ガキィイイン! と。
耳をつんざく甲高い『金属音』が響き渡り、細かなつぶてを飛び散らせながら、壁の方が岩弾の威力に負けて抉り取られてしまった。
直後。ヒビ一つ入っていない三つの岩弾は、それぞれドスン、と地面に落ちる。
その上には大きな球体状の後(クレーターみたいなもの)が、土埃を上げてくっきりと残っていた。
「え……。今のは……桐島さん?」
「うむ。この音を聞いて何となく察しはついただろうが……。【土魔術】の『岩の弾丸』に、【硬化】をかけた結果というわけだな」
「ろ、『岩の弾丸』に……ですか」
と、僕の問いにさらっとスゴイ事を口にする桐島さん。
……いやいや、これは若林さんのやつ以上におかしいでしょうに?
だって【硬化】って、さっきも言ったけど『己の肉体』に影響する【スキル】なわけで………。
「そうだ。本来は習得者の体にしか使えないものではある。だが、魔術を放つほんの一瞬、『魔力と物体の中間となった』時に一気に【硬化】をかけるんだ」
桐島さんは控えめに笑うと、
「正史の『氷魔砲』よりもタイミングはよりシビアだな」とつけ加えた。
な、なるほど……?
とりあえず、同じ魔力を扱う者として滅茶苦茶難しい熟練の技なのは分かった。
だからあの硬さと威力――うん、二人のを見たら余計にできる自信がなくなってきたよ……。
「匠の言う通り、マスターするなら難易度はこっちの方が上だね。【スキル】が魔術を『体の一部』と錯覚する一瞬を狙った技。同業者から見てもまさに神業だよ」
パチパチと、若林さんが顔の横まで上げた手で拍手する。
が、その直後。
「……しかしまあ、美しさなら僕の『氷魔砲』の方が遥かに上だけどね!」
「……はいはい。言われなくても分かっているから、一々髪をかき上げんでもいいって」
仲間の力を称えつつも、やたら美しさにこだわる残念イケメ……若林さん。
薄々分かってはいたけど、やはりちょっと『美』に対する執着が過ぎるようだ。
実際イケメンだし、多分、いや絶対か? 先輩とはウマが合わないと思う。
とはいえ、今は僕の指導役みたいな人だからね。
それにスゴイのは事実だから……お世辞でも何でもなく僕は二人に言う。
「さすがは日本を代表する魔術師です。その高い技量が今のでよく分かりました。果たしてお二人みたいに、僕も魔術を『進化』させられるかどうか……」
【火魔術】と【魔術武装】の二つを一つにして進化させる。
つまり、燃え盛る全身の炎を全て分離して魔術に乗せるという、発動と同時に『火ダルマモード』が解かれるという荒技だ。
「問題ないさ。何度も練習すればきっとできる。そのダラしない腹の肉ごと、纏う業火を美しく消費してしまえばいいのさ!」
僕の自信のない声に、若林さんが力強く言ってくれる。
よし! 凄腕の魔術師さんがそう言い切るならきっと僕にもできるはず――って、あれ?
表情を見る限り無意識のようだけど……今僕、軽くディスられなかったか?
◆
「ふんぬぅうう……ッ!」
我ながら情けない声が迷宮内に響く。
若林さんと桐島さんの『進化した魔術』を見せられた後、いざ全ての火ダルマを魔術に乗せようと力むのだけど……。
できない。動きそうで動いてくれない。
何度も力んで(それこそ肛門がピンチになりそうなくらい)力んでみても、僕を包む燃え盛る炎は魔術に乗ってはくれなかった。
「――ふむ。火弾も火矢も火の槍も爆撃も、そして火の鳥でもダメか。……これはやはり、まずダイエットからさせるべきなのか……?」
「始めたばかりだから仕方ないだろう。すぐにできるのはお前くらい、俺でも十日はかかったからな。……あと、体型は関係ないと思うぞ」
力み燃え上がる僕の姿を見て、二人が言葉を交わす。
何か燃焼音で聞こえづらかったけど、ダイエットとか体型とか聞こえたような?
……ま、まあとにかくだ。
さっきから魔術を連発している僕だけど、標的はモンスターではなく迷宮の壁である。
これはとにかく数を撃って早く感覚を掴むため。
モンスターだと探す手間がかかるので、ひたすら壁に直撃させるという練習方法だ。
まったく感覚を掴めていないから、僕はただただ練習あるのみ。
なので派手な音や人の気配に寄ってきた邪魔者(バーサクトレント)に関しては、他の同行した魔術師さん達に任せている。
【光魔術】の『レーザー攻撃』とか、【風魔術】の『ハンマー攻撃』とか。
正確無比な魔力コントロールからの強烈な一撃が――って、集中集中!
「『火弾』!」
僕は余計な思考を頭から追い出して、一番燃費のかからない魔術を連打する。
結局、若林さんの言った通り、発動する魔術の違いで炎の乗せやすさは変わらなかったからね。
右腕の炎は意識しなくても乗ってくれる一方、
全身の炎、特に腕から一番遠い足の辺りの炎に至っては、どれだけ意識しても微動だにしていなかった。
「……とはいえ、焦っちゃダメだぞ僕。一発一発を丁寧に、しっかり集中して撃たないと」
何十発と【火魔術】を撃って迷宮内の温度が上がっても、すぐに若林さんの【氷魔術】で冷やされるから問題なし。
僕は常に同じ位置から、魔法陣を踏まないように。
黙って壁だけを狙い、『火弾』を撃つ単純作業を繰り返す。
――――――――…………、
そんなこんなで、『火ダルマモード』で魔術を放ち続ける事、おそらく五十発以上。
いよいよ魔力切れが迫り、頭がボーッとして回数もあやふやになってきた頃――。
「!?」
ずっと右腕部分の炎が乗っていただけなのに、ズルッと。
魔力切れとは違う、奇妙な脱力感が首から上に突然走った。
と同時。
今日一番、どころか過去一番の『火弾』が、燃え尽きんばかりの激しい燃焼をしながら壁に激突した。
「い、今のは……!」
僕は着弾した壁から目線を動かして、自分の鼻頭を見てみる。
すると、ほんの一瞬だけ。
他の部分から炎が移ってくる前に、肌色の皮膚がハッキリと視界に飛び込んできた。
――つまりは成功。
まだ到底、全身の炎を乗せられてはいないけど、右腕から頭のてっぺんにかけてあった炎が魔術と『一体化』して飛んでいったのだ!
「おお、今のはいい感じだったね」
「少しコツを掴んできたか? その調子だぞ木本君!」
飽きずにずっと見ていてくれていた若林さん達も、嬉しそうに声をかけてきた。
対して僕も、まだまだなのについ顔のニヤけを抑えきれない。
……が、しかし。ここで僕は気づいてしまう。
二つの【スキル】の一体化という訓練、その最初の成功の『代償』として――。
「(あ、しまった……。ちょっと力みすぎて……も、漏れた……!)」




