百一話 魔術は自由だ(氷)
だいぶ長くなりそうだったので二つに分けました。
引き続きすぐる視点です。
「よし、問題なく倒せたぞ」
実力差以外にも弱点の火をついた事もあり、バーサクトレントは一撃で倒れた。
その後、魔法陣に気をつけながら迷宮を進み、さらに二体の枯れ木を消し炭に変えたところで。
パチパチパチ、と。
僕の戦いを見ていた団長の若林さんが、イケメンな笑みを浮かべて、顔の横で優雅に手を叩いた。
「いいね。猛々しくも美しい【火魔術】だったよ。レベル6でこの威力とは……やはり、噂に聞く『火ダルマモード』は強力なようだね」
「あ、ありがとうございます! 熟練度はないのでこれ以上の強化は望めませんが、いつもコレの火力の底上げには助かっています!」
「……ふむ、火力の底上げか。まさにその通りだね。上手く魔術に炎が『上乗せ』されているようだけど……なあ、匠?」
燃え盛る火ダルマな僕に照らされながら、若林さんは横にいる副団長の桐島さんに話を振る。
すると、桐島さんはうむ、とうなずきながら、
「たしかに火力の底上げはされているな。それでも、見たところ火ダルマの『一部』だけ――。木本君、全ての炎を上乗せする事はできないのか?」
「え、全てですか……?」
「ああ。せっかく立派な火ダルマなのに、体から離れて『火の鳥』に乗ったのは右腕の部分だけだったからな」
そう指摘されて、僕はうむむ……と考え込む。
たしかに、突き出した右腕に纏った炎だけしか、魔術には乗れていなかったような……。
でも、と僕は思い出す。
【火魔術】と【魔術武装】を揃えた当初、何度か全ての炎を体から分離させて魔術に乗せようと試みた事があったけど、
――結局、全て失敗に終わってしまったのだ。
剥がれそうで剥がれない。
纏った鎧の籠手をロケットパンチさせる、と言えば分かりやす……くはないか。
とにかく、上手く体から剥がれてくれずに、
右腕の炎だけでも十分だしいいか! と納得した記憶がある。
「でも……前に失敗していますしできますかね? 自分で言うのも何ですけど、炎はかなりの量なので全てというのは……」
「何、その時よりも今の方が魔術の扱いは格段に上達しているはずだ。やってやれないことはな――」
「その通り。魔術は美しく、そして『自由』だ。魔術に選ばれた者なら必ずできるはずだよ」
桐島さんの言葉を遮って、若林さんが前髪をかき上げながらズビシッ! と僕に指を指す。
……うーん、そういうものなのかな?
この二人は天才だから、ああいう『特殊な魔術』ができるのでは……。
と、そんな僕の脳内を見透かしたように。
若林さんはチッチッと、指を横に動かしてさらに口を開く。
「正確に言えば、二枠ある【スキル】の『組み合わせ』が合っていれば不可能じゃない。……まあ、信じられないようだから……。フッ、君と同じく相性のいい【スキル】を持つ魔術師、僕と匠の『進化した魔術』を見せてあげよう」
僕の心配をよそに、やる気満々、先頭に出てさっさと進み始める若林さん。
踊るようなステップで魔法陣を避けていく様を見ると……何かウキウキしているっぽい。
そんな感じの若林さんに続いて進んでいけば、さすがは高難度の迷宮だ。
モンスターの密度も高く、すぐに立ち塞がるようにいたバーサクトレントと遭遇した。
……さて、ならじっくり見学させてもらうとしよう。
魔術・魔術師とはどういうものか、大先輩から勉強しに盛岡まで来たのだから。
「さあ、『凍てつく氷』と『真空の弾丸』の共演だ。ほんの一瞬の出来事だから――瞬きは厳禁だよ木本君」
溢れ出る魔力だけで凶暴なバーサクトレントを牽制しながら。
振り返った若林さんは、燃え盛る火ダルマの奥にある、僕の目をしっかりと見てそう言った。
◆
黄金色の毛皮、『六尾竜のローブ』の毛の一本一本が生きているようになびく。
若林さんが魔術を発動する直前、高まった魔力と冷気が周囲に満たされた。
左手は前髪をかきあげて、右手は掌を上にして口元にセット。
そして、凄まじい冷気の発生源となっているその掌に沿わせるように、強く短い息が吐き出された瞬間――。
ドパァアン!
耳をつんざく発砲音が一発。
と同時、十メートルほど先にいたバーサクトレントの体に、野球ボール大の風穴が開いた。
……けど、当然ながらそれだけでは終わらない。
若林さんが撃ったのはただの【真空砲】ではなく、【氷魔術】と融合された世界に一つの攻撃だからだ。
パキパキパキィ……!
今度はさっきの発砲音とは違う、静かでも身震いさせられるような音が鳴る。
それは開いた風穴から死神の足音のように広がり、ようやく静寂が戻った時には、バーサクトレントという枯れ木は『氷の彫像』へと変貌していた。
「す、スゴイ……」
わずか数秒の出来事。
そうやって作られた景色を見せつけられて、心底驚かされた僕は、別に魔術を受けたわけでもないのに氷のように固まってしまう。
単純な威力だけの話ではない。
圧倒的な一撃というなら先輩や白根さん、ついこの前の柊隊長さんで見ているから、
こうして驚かされたのは、同じ魔術師として驚く要素が『複数』あったからだ。
――とはいえ、まずはやはり威力だろう。
右手に込められた魔力から想像はしていたけど……凄まじいの一言である。
単独で亜竜を倒した実力は伊達ではないようで、ただの『牽制』(ボクシングで言うならジャブ)で仕留めてしまうとは驚きだった。
「というか……」
そもそも、今の魔術の影響を受けたのはバーサクトレントだけではない。
できあがった氷の彫像を中心に、半径二メートルほど余分に凍りついていた。
――驚きの原因その二は、しれっとやった『無詠唱』。
魔術には呪文みたいなものはないけど、魔術名を言わないと発動できないのは、魔術師以外の探索者でも知っている常識だ。
ただ、これについては全属性の魔術共通で、『レベル7』で覚えるらしいから、僕もあと一つ上げれば使えるようになる。
「そして何よりも――」
【氷魔術】と【真空砲】、異なる【スキル】を融合させるという達人技。
同じ魔術師だからこそ、説明されなくても何となく理解できた。
言葉で説明するだけなら簡単で、次のような感じとなる。
一・発動する【氷魔術】に必要な魔力を込める。
二・そこから魔術という『形』にせずに発動させない。
三・口から吹く【真空砲】に氷属性の魔力を纏わせる。
四・反発しないように完全に『一体化』させてから発射させる。
――という手順を、一瞬のうちにミスなくやり遂げたのだ。
これが『氷魔砲』。若林さんの異名にもなっている唯一無二の魔術である。
……もし、この場に先輩がいて、僕が今のを説明したら、
『何ちゅう芸当だよイケメン魔術師め!』とか言って驚く(怒る?)顔が見える気がするよ。
って、話は逸れたけど、当の本人はスゴイ事をしているという感覚はないらしい。
「まあ、僕の美しい魔術はこんな感じだね」とだけ言うと、桐島さんの肩を叩いて後ろに下がった。
「む、了解だ。……木本君、今の正史の魔術がどういうものかは分かったか?」
「はい。話には聞いていましたけど、これほどキレイに二つのものが合わさるとは……」
「その通り。片方をわざと不安定にして、異なる【スキル】を一つにする技術――。さて、では次は俺のケースを見せようか」
桐島さんは纏うローブ、漆黒色の革製でどこか剣呑な雰囲気がある、『冥府番のローブ』の襟を直して先頭をいく。
――あ、ちなみにいまさらだけど一つだけ。
若林さんの『六尾竜のローブ』もこの『冥府番のローブ』も、軽く一億を超えるオーダーメイドの超一級装備である。
僕の『ボルケーノシャークの鱗ローブ』(三千七百万)も中々の装備だと思ったけど、
いざ比較するとかなり見劣りするし、まあ実力もあれからついたから……また買い替えようかな?
「よし、間を開けずにお出ましか。……しかし、別に三体も必要はないんだがな」
漏れだす魔力でローブを揺らめかせながら。
桐島さんは面倒そうに言うと、首を左右に倒してポキポキと鳴らす。
そして、魔法陣を無視して真っすぐ距離を詰めてくるバーサクトレント三体に対して。
まるで剣士の居合のように低く半身に構えてから。
桐島さんは律義にも、遥かに格下で殺気も放ってくる敵に名を名乗る。
「俺は『黄昏の魔術団』副団長の桐島匠だ。またの名を『超合金の探索者』――手加減をする気は毛頭ないぞ枯れ木共!」
次回もすぐる視点で、その後の二話が花蓮視点の話になる予定です。




