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九十九話 膨大な経験値

「うわっつ……!? ま、マジでか!」


 十四層のボス部屋を守る『門番(ゲートキーパー)』、ダンジョンアスラとの決着はついた。


過剰燃焼(オーバーヒート)】が切れた俺はゼェハァ言いながら、すぐに『ミルク回復薬』を飲もうとして――中断していた。


 なぜか?

 それはダンジョンアスラを撃破した直後、得た経験値によって全身が熱くなったからだ。


 もう一年以上も探索者をやっているから慣れたはずなのに……、

 それでも驚きを覚えるほどの、身を捩りたくなるような熱に襲われていた。


 ――たしかに、トドメを刺したのは俺である。

 緑子さん達が自然と譲ってくれた形だったのだが、そこから得られたものは想像を遥かに超えてきた。


 そして、と言う事はつまり、である。


 俺は【モーモーパワー】の状況を脳内表示させたところ、さっきの発言というわけだ。


「ご苦労さん太郎。……で、どうよ?」

「あ、はい。やっぱり『門番(ゲートキーパー)』ってのはスゴイですね。見事なまでに『上がって』ますよ」


 葵さんからの問いに、俺は驚きのあまり喜びもせずに答えた。


 ダンジョンアスラと戦う前の【モーモーパワー】は『二十五牛力』。

 さらにつけ加えると、その牛力は少し前に上がったばかり。


 だというのに現在、ダンジョンアスラとの激闘を経て、なんと一気に三牛力アップ――つまり『二十八牛力』になっていたのだ。


 体重で言えば……なんと『二十二・四トン』。


 もう比べる対象としては、陸生動物最重量のゾウでは軽すぎる。

 とっくに陸を飛び出して、クジラと競い合うような次元となっているぞ。


「かなりの上がり方ね。話に聞いていた通り、『門番(ゲートキーパー)』は亜竜に引けをとらない存在のようね」

「のようですね。実際、驚くほど強くしぶとかったですし。……でも、だからこそ俺で良かったんですか?」


 力と重さが増しに増した俺は、若干、申し訳ない気持ちで緑子さんを見る。


 何せこれほどまでの経験値だ。

 ならばやはり、ゲストメンバーの俺より『北欧の戦乙女(ヴァルキュリア)』の誰かがトドメを刺すべきだったのでは……。


「気にしなくていいわ太郎君。そもそも太郎君がいなければ、戦闘にすら入れなかったのだから」

「そういう事。しっかりウチらの期待に答えて亀裂を入れてくれたしねん。というか太郎、男なら遠慮しない! 黙ってお姉さん達のご厚意を受けとっときゃいいのよ」


 緑子さんは優しく言う一方、葵さんは力強く背中をバシバシと叩いてくる。


 ……ふむ。二人がそう言うなら気持ち良くもらっておくか。

 自分で言うのもアレだが、たしかにしっかり働いた感はあるしな。


 俺は右肩にファバサァ、と戻ってきたズク坊に、

「ホーホゥ。おつかれさんだぞバタロー」と労いの言葉をもらうと、手に持ったままの『ミルク回復薬』を飲み干す。


 さらにもう一本、胃の中に流し込んで疲労を完全回復させたところで。


 同じく回復薬を飲み終わった緑子さんより、パーティー全体に対して、


「皆もご苦労様。これで通せん坊していたものは消えたわ。次の復活までは少なくとも二ヶ月はあるはずだから、特に急ぐ必要はないわね」


 と、女神の微笑みで言う緑子さん。


 最後に「今日はこれくらいにしておきましょう」とつけ加えて、今日の探索は終了――。

 全員が回復薬を飲んだとはいえ、精神的にはキツイので、しっかり休憩を取ってから地上に戻る事となった。


 ……フッ、さすがはクールビューティーな緑子さんだ。

 強敵を倒したからって微塵も浮つかずに、リーダーとして冷静な判断を下してくれた。


 まあ、たとえ強行軍でボス戦に挑んだとしても、

 この友葉太郎――緑子さんに必ずや勝利を捧げる所存だぜッ!


「ホーホゥ? 何でニヤニヤしてるんだバタロー。……あっ、昨日のバラエティの思い出し笑いだな?」


 そんな的外れなズク坊をひと撫でしてから。


 とりあえず、まずは散らばったダンジョンアスラの素材(巨大な魔石と剛魔石の山)を回収するとしますか!


 ◆


 ズク坊の【絶対嗅覚】により見つけた、比較的モンスターが来ない安全な場所にて。


 そのズク坊がお姉様達にモフられるのを見て、

『いいなあ……。何かの間違いで俺も皆に触られないかな……』とか思いながら、束の間の休息を取った後。


 俺達一行は、できるだけ戦闘を避けて来た道を戻り『金沢の迷宮』から出ると――もう日が暮れて外は暗くなっていた。


「あれ? もうこんな時間だったか」

「ホーホゥ。俺の腹時計ももうすぐ七時だって告げてるぞ」


 てっきり日が出ているうちに戻れるかとも思ったが……。

 まあ、圧倒的戦力で進撃したといっても、十四層まで潜ったからな。


 かなり時間は経っていて、たしかに俺も腹が減ったぞ。

 休憩の時に持参したビーフジャーキーしか食べていないから、帰り道の最後はあまり力が出ていなかった。


 と、ここで『ぐうぅ~』と。

 俺とズク坊の腹の虫がキレイにシンクロしたのを聞いて、


「フフ、では皆で晩ご飯にしましょうか。太郎君とズク坊ちゃんは何が食べたいかしら?」


 十四層を往復&何十回も戦闘をしたというのに、緑子さんは整った顔に疲れ一つ見せずに涼しい表情だ。


 どうやら功労者として、晩ご飯の選択権を与えられたようだが――俺とズク坊の意見は腹の虫と同じく一致する。


「そうですね……。昼は寿司だったから今度はやっぱり肉ですかね」

「正確に言うと牛肉だな。ホーホゥ。せっかくだから能登牛ってやつを食べてみたいぞ」

「分かったわ。なら今日は能登牛にしましょうか。――ねえ葵、お肉ならいいお店を知っているわよね?」


 という緑子さんの問いに対して。

 こちらもまだ元気が残っているのか、葵さんは俺の肩を組みながら自信満々に笑う。


「もっちろん。肉なら私に任せとけって話よん。二人には飛びきり美味いのを食わせてあげるわ!」


 そう言い切った葵さんは早速、馴染みの店に電話をかけ始める。


 肝心のズク坊が入れるか心配したが……どうやら大物政治家ばりに顔が利くらしい。

 電話の内容に耳を傾けていたら、


『葵ちゃんの知り合いの喋る動物なら人間扱いで大丈夫だ』と、すぐに責任者からオーケーが出たようだ。


 ――よし、これで昼に続いて美味い晩メシにありつけそうだな。

 俺とズク坊はいざそのお店に向かうべく、装備を外して私服に戻ると、もう一人のエロいお姉様(ご褒美ッ!?)と一緒に葵さんのジープに乗り込む。


 他四人のお姉様達も別の車に乗って出発だ。

 ちなみにリーダーの緑子さんのみ、探索者ギルドに素材を出すから後から合流する事に。


門番(ゲートキーパー)』のダンジョンアスラという、量も量で質も質な素材なため、通常モンスターよりも査定に時間がかかるらしい。


「あ、そういや太郎。泊まるところってもう決めてあるの?」

「いやまだですね。……というか完全に忘れてましたよ。どっか近くのホテルでも取ろうかと」


 車での移動中、葵さんが聞いてきたので答える。


 ついつい緑子さんに呼ばれた喜びと、ダンジョンアスラとの激戦もあって、今になるまで頭の中から消えていたぞ。


「ホーホゥ。キャンプ以外での野宿は嫌だぞバタロー」

「大丈夫だって。部屋の一つくらいどっかのホテルに空いてるはず――」

「ならちょうどいいわねん。緑子の家に泊まればいいわよ」

「……そうそう。緑子さんの家に泊まれば探す手間も省け――ってへッ!?」


 ハンドルを握りながら、しれっと爆弾発言を落としてきた葵さん。


 ア、アータ急に何をブッコんで……!

 あの清楚で知的でクールビューティーな女神の家に、このオイラが泊まるですと!?


「呼びつける形になってしまったから、宿くらい用意してあげないとね。――緑子そう言ってたわよね?」

「ええ、たしかに私も聞いたわ。……うふっ、お言葉に甘えればいいと思うわよ太郎くん?」


 葵さんの問いに、後部座席のエロいお姉様が、助手席の俺の耳元に近づいてエロい口調(?)で言う。


 うおう……。何だかゾクゾクしますな……って、そっちは置いといて!


「いや、しかしご迷惑では……」

「大丈夫でしょ。緑子の家はメンバーの中で一番デカイし、私達もたまに泊まるから布団もあるしねん」


 イタズラな笑みを浮かべた葵さんは、意味深に俺の太ももをポンと叩く。


 ――とまあ、そんな俺の心を激しく揺さぶる会話がありつつ。

 これまた高そうな店に到着して、二十分ほど遅れて当の緑子さんが合流。皆で能登牛のステーキを堪能したわけだが……。


 ぶっちゃけ言おう。

 絶妙な焼き加減で、かつあんなに美味そうな肉汁が溢れていたのに……さっきの車内の会話のせいで味がよく分からんかったぞ。


 男子諸君は気になるだろうから――結論から言おう。


 結局、緑子さんの家には泊まりませんでしたよ、ええ。

 ズク坊がいて一人ではないとはいえ、ビビって食事後すぐに近くのホテルを取りましたとも、ええ。


 ……別に何か起こるとは思っていませんよ。

 相手は美女探索者ランキングで『五連覇中』であり、芸能人の中でもファンがいる雲の上の女神だ。


 しかし、急すぎるラッキーイベントを自分で回避してしまったわけで…………何か(怒)?


 そして、その夜――。


 寝静まった枕元のズク坊を起こさないように。

 がっくりうな垂れた俺は、ヤケ酒もできずにホテルの窓から月を見上げて呟く。


「お、おのれ俺……。石の阿修羅よりも美女にビビってしまうとは……」

熟練度をどれだけ上げようか迷った結果、とりあえず三牛力分にしました。

……あと主人公、無駄にヘタりました。

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