九十四話 美女達の【スキル】
「……いや、そりゃまあ美しいだけじゃないとは思ってたけど……強いな」
年上の美女七人(神セブン?)に交じっての『金沢の迷宮』での探索。
俺はたった一人の男なので、引っ張っていこうと意気込んだのだが――それは特に必要なかったらしい。
あくまで呼ばれた理由、『石像』を倒す手伝いだけで大丈夫。
そう理解させられるほどに、緑子さん達はそこら辺の男探索者なんかより強かった。
「ホーホゥ。葵なんか『バタローみたい』だしな」
道中があまりに安全すぎて。
最後方にいるはずのズク坊が、いつの間にか俺の二メートル後ろまで出てきて言う。
……たしかにズク坊の言う通りだな。
日本有数のパーティーの前衛を務め、俺と手合わせしたいと連呼し、
何より、『女オーガの探索者』という異名がついているだけあって、葵さんは想像以上にパワフルだった。
「――オラオラァ! いつも通り軟弱者かお前らはッ!」
壁が淡いオレンジ色に発光して、どこか温かみを感じる洞窟の中。
木製の鎧を纏った葵さんは、同じく木製(と言っても下手な金属より硬そう)な、棘つきの『棍棒』を振り回してモンスターを撲殺する。
腕力。ただただ腕力。
そんな力押しな戦いを可能としているのが、『女オーガの探索者』と呼ばれる所以となったこの【スキル】だ。
【スキル:鬼の系譜】
『鬼を自らの体に憑依させて力を得る。武器を棍棒とする事で、腕力にさらなる補正がかかる。憑依する鬼の階級は熟練度に依存する』
朝ドラヒロイン風な見た目を除けば、何とも葵さんっぽい【スキル】だ。
熟練度に関してはレベル、ではなく『オーガキング』。
俺が上野で戦ったオーガの上位種、オーガロードの一つ上の存在らしい。
これによって猛烈な攻撃が生まれているわけだが――さらにもう一つ。
葵さんの強さとなっているのが、【空中殺法】という二枠目の【スキル】だ。
――実は葵さん、腕力にものを言わせるような戦い方でも、俺とは違う点がある。
それが【空中殺法】、敵の頭上から狙う攻撃だ。
足場のない空中で最高『七回』まで、跳躍して動き回る事が可能となっている。
しかも地面を蹴るよりも宙を蹴る方が勢いがつくらしく、かなり見応えのある三次元的な戦いをしていた。
これら二つにより、パワフルかつ華麗に棍棒片手の葵さんが舞う。
移動中に聞いた話で、今は亡き凶悪殺人鬼、稲垣文平に次ぐ『肉体の強さ』を持つ探索者『だった』というのも……納得だな。
「んで、今はモーモーな俺が一番ってか……。正直、この強さを見たらますます手合わせなんかしたくないぞ……」
俺は葵さんが稲垣みたいに強引に来ない事を願いつつ。
頼もしすぎるお姉様の戦いを、少し下がった位置で見守る。
あ、ちなみに実況(?)が遅れたが、サクサク進んで今は三層にいるぞ。
戦っているのは約三メートルのゴーレム、高い防御力とそこそこの再生能力を持つ『リバイバルゴーレム』というモンスターだ。
強さ的にはトロールより少し弱いくらいで……だからだろうな。
どこからどう見ても蹂躙である。
前衛の葵さんだけでなく、後衛のお姉様達からの攻撃(『砂嵐』とか『風の鞭』とか『冷たい炎の投擲槍』とか……まあ色々だ)も飛び交っているので、
ちょっとした軍団でいるリバイバルゴーレム達でも、すでにズタボロ。
打撃に斬撃に魔術系攻撃に、息ピッタリで連携も抜群――。
おまけに各【スキル】も漏れなく熟練度が高いようで、
とても再生など間に合わない致命的なダメージを受けて、ゴーレムの巨体が片っ端から崩れ落ちていく。
そんな光景をまざまざと見せつけられて。
結果的にほとんど温存される形になっている俺は、無意識のうちにぽつりと呟く。
「これが『北欧の戦乙女』……。いくら美女に葬ってもらえても……涙目不可避なレベルだな」
◆
さて。
岐阜では竜のせいで見られなかった、葵さん達の実力を見せてもらっているわけだが……。
――やはり、何と言っても一番はリーダーの緑子さんだろう。
現在、十四層まで最短ルートが分かっているのもあり、恐ろしいまでにサクサク進んで――十層目。
ここに至るまでも力は披露していたが、十層にしてようやく緑子さんの本領発揮となっていた。
「さすがは緑子さん! これが最強の女性探索者の力か……!」
「何かちょっと魔術っぽいというか……『影』ってカッコイイぞホーホゥ!」
「ハハッ、恐れおののけ太郎にミミズクちゃん! ウチのリーダー、『影姫の探索者』はハンパじゃないからねん」
……なんて悠長に会話できるほどに。
俺もズク坊も葵さんも、他五人のお姉様も緑子さんの戦いをただ『見学』している。
ここ十層で相対するは、体長三メートル、翼開長六メートルを誇る死の白鳥『デススワン』。
素早い動きと鋭い嘴で探索者を鎧ごと貫き殺す、見た目の美しさに反して強力なモンスターだ。
強さはオーガロードより上で、飛行系かつスピードタイプだから……俺的には相性は良くない。
あと一応、素材的な面に触れておくと、
ズク坊にも負けず劣らずな上質で真っ白な羽があるため、『指名首』ではないものの、一体につき『二百万』という価値がある。
そんなデススワンに対して、しかも『二体』に対して。
同じく見た目は美しくても強力な探索者、緑子さんが一人で立ち向かっていた。
――っと、その間に緑子さんの【スキル】も紹介をしておこう。
【気配遮断】。これについては名前のままで、ズク坊と同じだから割愛するとして。
緑子さんの戦いの核となっている、もう一つの【影舞闘】についてだ。
【スキル:影舞闘(レベル8)】
『ありとあらゆる影を様々な用途に利用できる。扱う影の量および変質の幅は熟練度に依存する』
……うむ。過去一番の曖昧さ、だいぶザックリとした説明過ぎてイマイチ分からんな。
だからまあ、この【スキル】に関しては、紹介しといて何だが見てもらった方が早いだろう。
俺は気配が消えた緑子さんと、すでに『動けない』デススワン二体を見る。
圧倒的な速度を封じられ、舞う事を禁じられたデススワンは必死にもがくも動けない。
理由は単純明快、自分の影に捕らわれているからだ。
【影舞闘】はその名の通り、影を利用して戦うわけだが――使い方は主に『三つ』ある。
一つ目は今、目の前で行われている『縛り』。
敵の影を利用して、足元の影の中に沈めたり、触手のように飛び出した影を全身に絡めて動きを封じてしまう。
二つ目は影から影への『移動』。
トプン、という奇妙な効果音と共に影に潜って、また別の影から出るというビックリ仰天技だ。
もはやちょっとした転移で、容易に相手の背後を取れるって寸法だな。
そして、三つ目は当然ながら『攻撃』。
影を物質化・硬化・変形させて殺傷能力を持たせるため、他二つの使い方よりも体力を使うらしいが、結構、強力な一撃を繰り出せるらしい。
――ドシュドシュッ。
あ、なんて考えいたら攻撃が放たれたぞ。
デススワンの影、ではなく近くに転がる岩の影から、
影の先端を槍のようにした攻撃が二発同時。音もなく地面から放たれて、デススワンの弱点である首を貫いてしまった。
うん。なるほど。
緑子さんからいつか聞いた、『ジョブで言うなら暗殺者かしら?』という言葉はまさにその通りだな。
猪突猛進接近型、重戦士な俺とは真逆のスタイル。
影を利用した柔軟かつ華麗な、何とも引き出しの多い戦闘スタイルだ。
同じ前衛なので、最初は加勢する気満々だったが……まったくもって必要なし。
むしろ戦闘という名の、影による『舞』の邪魔になりそうだしな。
だから俺は後ろの方で突っ立ったまま、兜の下でしみじみと言う。
「う、美しい……。これこそまさに超絶クールビューティーってやつですな」




