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花園で笑う  作者: 宮澤花
第2部 忍
96/211

3 距離 -3-

 ずいぶん泣いてから、我に返って。忍はとても恥ずかしくなった。こんな風に先生の胸にすがりついて泣くなんて。恥ずかしくて顔があげられない。

「もう落ち着いたか?」

 困ったような先生の声が聞こえた。忍は耳まで赤くなって、先生から離れる。


「君は少々感情的すぎる。そんな風にされては、どうしたらいいのか分からん」

「すみません」

 忍は更に頭を下げた。ため息が聞こえた。

「とにかく、先ほど言ったことは忘れないように。何か気付いたら、すぐ私に報告しなさい。それから、身辺には気を付けるように」


 それだけ言うと、先生は歩き始めた。少し離れてから、

「早く来なさい」

 と厳しい声で言う。忍は慌てて後を追った。


 先生は速足で屋上から階段に通じる扉をくぐった。忍が後を追うと、元通り厳重に鍵をかける。

「では。六時間目の授業には、ちゃんと出席しなさい」

 それだけ言って、先生はさっさと階段を下りて行ってしまった。

 その後ろ姿に。忍は慌てて、

「ありがとうございました」

 と声をかける。


 先生は、返事もしなかった。

 それでも忍の胸には、信じてもらえたという温かい気持ちが残った。



 教室に戻ると、ひかりちゃんが心配していた。

「大丈夫だった? 全然帰って来ないから、心配したよ」

 そう言ってくれるひかりちゃんは、本当に優しいと思う。

「十津見にいじめられたんじゃない? 大丈夫?」

 そんな心配は的外れだが。


 忍は首を横に振って微笑んだ。

「大丈夫だよ。十津見先生、優しく話を聞いてくれたよ」

「十津見が、優しく?」

 ひかりちゃんは何だか訝しげな顔をするが。先生はあんなに優しいのに、どうしてみんな分からないんだろう。と、そう思う。


「そう言えば、お姉さんが来たよ。忍のお姉さん。千草お姉さま」

 ひかりちゃんは言った。

「忍に会いたいんだって。放課後、生徒用ロビーに来てだって。綺麗で優しそうなお姉さまだね。ホントは怖いって噂だけど、そうなの?」


「あー、うん」

 忍は曖昧に笑った。そんなことを言われたら、お姉ちゃんは全力で否定するだろうが。

「うーんとね。お姉ちゃんは、敵に回さない方がいい人だよ。多分」

 小さい時の記憶をたぐり寄せてみると。近所のいじめっ子も、年上の子供たちもみんな、お姉ちゃんには頭が上がらないようだった。お姉ちゃんを知っている上級生は、忍のことを決していじめない。それどころか、忍が同級生にいじめられたりするのを見ると。

いじめている子を諭したりさえしていた。


 お姉ちゃんは女の子らしくてたおやかな人で。だから一体どうやっているのか忍には見当もつかないのだが。

 とにかく、何か特別なやり方で。お姉ちゃんは他の人たちをおとなしくさせてしまう、不思議な人なのだ。

 忍はひかりちゃんに礼を言い、放課後、お姉ちゃんに会いに行くことにした。



 生徒用ロビーは、主に寮も部活も違う生徒同士が交流するための場所だ。

 忍が行くと、もうお姉ちゃんは来ていて、窓側の日当りのいい席で缶コーヒーを飲んでいた。


「お待たせ」

 忍は近寄っていって、声をかける。

「お姉ちゃん、何の用?」


 お姉ちゃんは答える前に、忍に座るように身振りで示した。

 忍はうなずいて、腰掛ける。百花園では、上級生と同席する時には許可なしで座ってはいけない。たとえ実の姉妹でも、校内なら同じことだ。

 忍が腰を下ろすのを待って、お姉ちゃんは口を開いた。

「元気そうね」

 忍はとまどった。何のことだろう。

「元気だけど」


 首をかしげると、お姉ちゃんは言い訳するように微笑んだ。

「小百合がね。昨日、アンタが具合が悪そうだったって」

「小百合お姉さまが?」

 忍は呟いた。

 

 そうか。昨日の委員会の時か。

 部屋を出て行くときに、忍が具合が悪そうに下を向いていたのを見たのかもしれない。


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