3 距離 -2-
信じてもらえるとは、思えなかった。
それでも、嘘をつきたくなかったから。精一杯、話した。
お祖母ちゃんと、お祖母ちゃんに教えてもらったいろいろなこと。
小林さんの傍にいると感じた、厭な気持ち。
それがだんだん強くなったこと。具合が悪くなるほどになったこと。
そうして、嫌われるようになったこと。
小林さんだけでなく、古川さんや星野さん、笹井さんにも何度も嫌がらせをされたこと。
そうして。忍は話を終える。
「それだけか?」
先生は、意外そうに言った。忍は下を向く。
お祖母ちゃんの力でさえ、ママや、よその人は信じていない。パパやお姉ちゃんだって。お祖母ちゃんは信じても、忍に何かが出来るなんて思っていないだろう。
それなのに。何も出来ない忍の話なんか、誰が信じてくれるだろう。
こんな話をしたって、信じてもらえるわけがない。それどころか、大好きな先生に軽蔑されてしまうかもしれない。
そう思うと、後悔が胸に渦巻く。黙ったままの先生の顔を、怖くて見ることが出来ない。
「君が言う、そのおかしな気配」
先生が口を開いた。
「他にそういうものを発している人間は、いるのか?」
忍は。パッと顔を上げた。
先生は、今までと変わらない表情のまま、忍を見下ろしていた。
「昨日の風紀委員会の時も具合が悪そうにしていたな。あの中にも、いるのか?」
忍は。ポカンと口を開けた。
「先生。信じて下さるんですか?」
「別に、信じたとは言っていない」
先生は言った。
「君の言葉には、何の裏付けもないしな。だが、私はそういう力を持っている人間を一人、知っている。その男の力は信じざるを得ない。君がそれと同じような存在なのか、それともデタラメを言っているだけなのか。それは、これから判断することになるな。もちろん」
先生は冷たく笑う。
「デタラメで大人を惑わそうとするような行為には、厳罰をもって処するが。今の話は嘘なのかね?」
忍は。大慌てで、首を横に振った。
「では言いなさい。風紀委員会の中で、君が厭な雰囲気を感じるのは誰だ? 他にもそういう存在がいれば、全て名を上げろ」
忍は、少しためらってから言った。
「三年生の、穂乃花お姉さま」
「大森穂乃花か」
先生は少し意外そうに言い、少し考え込む。
「他には」
「いる、とは思います。でも、名前までは」
顔と名前が一致しない人が、委員の中にもいる。
「クラスには」
「もういません。小林さんが、いなくなったので」
「寮や、部活はどうだ」
忍は再びためらう。
「多分、います。でも、まだ名前を覚えていないお姉さまも多いし、どなたか特定するまでには」
「笹井や古川、星野は」
「普通です」
先生はもう一度考えた。それから言った。
「分かった。大森から調べてみよう。それから、他にそういう人間を見つけたらすぐに私に報告するように。名前が分からなくても構わない。必ずだぞ」
「はい」
忍は呆然と呟き。
それから。
こらえきれなくなって。大声で泣き始めた。
信じてもらえるなんて。一瞬だって思っていなかった。
ママも、パパも、お姉ちゃんも信じてくれていないのに。
友達だって、この力のことを話すと離れていった。
彩名のように、いじめてくるようになった。
誰にも信じてもらえない。お祖母ちゃん以外には、誰にも。
ずっとずっと、そう思っていたのに。
信じてくれる人がいた。
それが嬉しくて。
忍はいつの間にか、先生にすがりついて泣きじゃくっていた。
「君。落ち着きなさい、どうした」
先生は困ったようにそう言っていたが。
どうやっても忍が泣き止まないので、諦めたように。
落ち着くまでずっと、背中をさすってくれた。




