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花園で笑う  作者: 宮澤花
第2部 忍
94/211

3 距離 -1-

 昼休み。寮で昼食を取った後、生徒指導室へ向かう。十津見先生と話せるのは、普段だったらとても嬉しいのに。今日は気分が沈んで、足が進まない。

 恐る恐る部屋の戸をノックする。

「入りなさい」

 先生の声がした。


 黙って頭を下げ、中に入る。

「座りなさい」

 忍は腰を下ろしたが、先生は立ったままだ。

「朝の話は本当か?」


 先生の声が。上から降ってくる。

 忍は。下を向いて、膝に乗せた拳を見つめている。


「君は小林夏希の死について、何かを知っているのか。どうして黙っていた」

 その声が、怖くて。忍は、震える。

「知りません」

 ようやく、それだけを言った。


 先生は、眼鏡の奥で目を冷たく光らせる。

「だが、笹井や古川はそう思っていないようだったが?」

「あれは誤解なんです」

 忍は言った。

「私、何も。本当に、知らないんです」


 しばらく沈黙が落ちた。

 先生は。忍の言ったことが本当かどうか、見抜こうとするように。忍をじっと見ている。

 時計だけがゆっくりと、針を進めていく。


 昼食を取った後の昼休みは短い。このまま、帰らせてほしい。そう思った時。

 先生が口を開いた。

「笹井は、何か根拠がある様子だったな。少なくとも、君と小林の間には何かトラブルがあった。それには相違がないのではないか?」

 ドキリとした。


 トラブル。そういう言葉で、表していいのかは分からないけれど。

 確かに、忍と、小林さんの間はうまくいっていなかった。


「それについて詳細に話しなさい」

 先生は言った。

 けれど、忍は返事が出来ない。

 だって、あれは、とてもぼんやりしていて、ハッキリしなくて。あんなことを話して、誰が信じてくれるのだろう。

 傍にいると気分が悪くなるなんて。それを悟られて、嫌われたなんて。

 バカバカしすぎる。理由にもなっていない。

 信じてもらえないだろう。そう思うと怖くて、言葉が出ない。


 先生は、忍が何か言うのをしばらく待っていた。

 そして、口を開く気がないと悟ったのか。大きくため息をついた。

「ここでは、話す気にならないのか?」


 忍は先生の顔を見直す。意味が分からない。

「仕方ない。一緒に来なさい」

 先生は長い脚で、サッと扉の方に移動する。


 忍は時計を見た。午後の授業が始まるまで、あと五分しかなかった。

「午後の授業なら気にしなくていい。吉住先生には、君の聴取が長くなるかもしれないと言ってある」

 先生は言った。

「場所を変える。知っていることは、全て話しなさい」

 先生の目が、眼鏡越しに自分を見る。それに引っ張られるように。忍は、立ち上がった。



 先生は校舎の階段を上に、上にと登っていった。

 百花園の建物の一階は、生徒指導室や保健室、生徒用ロビーや職員室、応接室があり。二階と三階は教室。四階は、音楽室や理科室といった、特別教室になっている。

 そこを通り過ぎると、後は屋上しかない。


 階段から屋上に出るドアには、錠がかけられていた。先生は、内ポケットから大きな鍵を出して、それを開く。締め切られていた扉が、重そうに動いた。

「出なさい」

 先生はそう言って、先に立って扉をくぐった。


 屋上は明るかった。秋の青空からそそぐ日差しが眩しい。

 高台にある学校の、更に一番高い場所。

 ここからは、周りの家や店がまるでミニチュアみたいに見えた。遠くには海、反対側には山が見える。

 

 風が心地よく、髪とスカートを揺らす。

 先生は扉からまっすぐに歩いて行って、突き当りのフェンスのところで立ち止まった。

「ここでなら、他の人間に聞かれる心配はない。安心して話しなさい」

 それで。先生が、忍が誰かに聞かれることを怖がって、生徒指導室では話せなかったのだと思っていることが分かって。

 忍は泣きたくなった。


 先生は、忍のことを気遣ってくれている。それなのに。

「雪ノ下?」

 先生がうながす。

「本当に、何も知らないんです……」

 忍は小さな声で言った。

「役に立つようなことは、何も」

 その気遣いに、返せるものがない。


 先生はしばらく黙って忍を見てから、言った。

「それでも、小林と何かあったのだろう? その話は出来るはずだが」


 尚もためらっている忍を、先生はジロリと見て。

「雪ノ下。話しなさい」

 厳しい声で、そう言った。

 それが。忍の中で堰き止められていたものを、一気に崩した。


「先生」

 涙をこぼしながら。

「信じてくれますか?」

 忍は、先生の顔を見上げた。


 急に泣き出した忍を見て、先生はちょっと驚いたような顔をして。

「どうした。落ち着きなさい」

 と言いながら、不器用に肩を叩いてくれた。


 その大きな手が、温かくて、安心できて。

 忍は、ゆっくりと話し始めていた。


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