1 アリジゴク -6-
小林夏希は、ごく普通の生徒だった。
テニス部で、陽に焼けていて、快活でよくしゃべる。ショートカットのさらさらした髪と、はつらつとした動作が印象的な少女だった。
ただ。
いつの頃からか。彼女は、忍に辛く当たるようになっていた。大きな目でにらみつけて。忍を威圧した。
「何が不満なのよ? 忍、何もしてないじゃない」
ひかりちゃんがかばってくれたが。
「知らない。あえて言えば、存在が? いるだけでムカつくのよね、ソイツ」
小林さんの態度は変わらなかった。
忍も。彼女が苦手だった。
なぜだろう。彼女が近くに来ると、空気が淀む気がした。息苦しくて、咳き込んでしまうこともあった。
そんな気持ちが。顔や、態度に出ていたのかもしれない。だから嫌われたのかもしれない、とも思う。だとしたら、悪いのは自分の方なのだが。
それでも。小林さんの傍にいる時の気持ちの悪さは、だんだん強まっていき。夏休みが終わった後には、耐えがたいほどになった。
秋休みの少し前。期末テスト直前の、体育の時間。バスケットボールでたまたま、小林さんと同じ班になった。しばらく一緒にやっている内に。忍は具合が悪くなり、プレーを続けられなくなった。
保健室に行きなさい、と送り出された。
保健室は苦手だ。あの白い部屋。漂白の香り。空っぽの雰囲気。
保健室の朝倉先生は優しいけれど。
あの場所にいるのは、何だか落ち着かない。
そんなことを考えていたら、余計に具合が悪くなり。途中の廊下で、歩けなくなって座り込んでしまった。
通りかかった十津見先生が研究室で休ませてくれ。ソファーで横になっている内に、少しずつ気分が良くなって。先生がいれたお茶を飲んでいる内に、授業時間が終わった。
だから、教室に戻ったのだけれど。
小林さんは忍が保健室に行かなかったことを知っていて、ひどく責めた。
具合が悪くて保健室まで行けなかったのだ、と言ったのだけれど。
もともとサボる気で授業を抜けたのだ、と決めつけられ。
ひかりちゃんが間に入って反論してくれて。最後は、二人で平手打ちの応酬になり。騒ぎになったところに、歴史の先生が来て、二人を止めてくれた。
忍は、申し訳なくてしょうがなかったけれど、ひかりちゃんは笑って。
「私がやりたくてやったから、いいんだよ。十津見と一緒だったの? 私だったらゴメンだけど、良かったね。忍的には、ラッキーだったんだろうね」
と言ってくれた。
ひかりちゃんはいい子だ。
今まで、こんな風にしてくれる相手に会ったことがなかった。
もちろん十津見先生は別だけれど。
ひかりちゃんみたいな子が、きっと本当の友達なんだと思う。
そう思うと。百花園に入ったこと、ひかりちゃんと同じ寮で、同じ部屋で、同じクラスにもなれたこと。それが、とても幸せに思える。
あの学校に入って良かった。ずっと、そう思ってきた、のに。
小林さんが。殺された?
真昼間の繁華街で。制服を着たまま、刺されて、と。
テレビのワイドショーが情報をわめき散らす。
どうして、そんなことが。
分からない。
「どんな子だったの」
ママは聞くけれど。
考えられない。頭が。まとまらない。
ただ、自分の前に立った小林さんの怒った顔と、声が。
彼女の傍にいる時に感じたイヤな気持ちが、蘇って。
気分が悪くなる。
その日はほとんど、部屋に閉じこもって。お姉ちゃんが帰ってくるのを待たずに、早目にベッドに入った。
少しでも早く、学校に戻りたかった。
このまま家にいて。ママに、小林さんのことを聞かれ続けるのは。耐えられない。
百花園に帰れば。
ひかりちゃんがいる。
十津見先生もいる。
それだけを思って、暗いベッドの中で。強く、目を閉じた。




