1 アリジゴク -5-
その夜。お姉ちゃんは知らない男の人を連れて、遅い時間に帰ってきた。そして、結婚するって言ったのだ。
もちろんママは引っくり返りそうになった。男の人は、結婚することだけ言って、『それじゃ』と帰ってしまうし。お姉ちゃんはお姉ちゃんで、さっさとお風呂に入ってしまった。
「本当に、結婚するの?」
後で。お風呂から出て来たお姉ちゃんに、こっそり聞いてみた。
「するわよ」
当たり前のことのように言う。
「みんな、大人になったらしたがるじゃない? だったら、今しても同じだと思うの」
そんな風に。言い切れるお姉ちゃんが、とってもカッコ良いと忍は思う。六年生とはいえ、同じ百花園生なのに。
ドアの隙間からちらっと見たお姉ちゃんの相手は大人で、学生には見えなかった。どうやって知り合って、いつから恋人同士になったんだろう? お姉ちゃんはいつだって、『男なんて生きてる価値もない』っていうのが持論だったのに。
すごく、不思議だった。
部屋に戻って、パジャマに着替える。
お姉ちゃんほどではないけれど、忍も男の子はあまり好きではない。ウェーブのかかった髪や、背の高いことをからかわれてばかりだったから。
ひかりちゃんは、よく彼氏を作りたいなんて話をしているけれど。男の子と恋愛するなんて、忍にはうまくイメージできない。
どんなカッコいい男の子を想像してみても、その口からは。
「のっぼの電柱女!」
とか、
「パーマかけて学校来ちゃいけないんだぞ」
とかいう、意地悪な言葉しか出て来ない気がしてしまう。
そんなことをしない男の人は。パパや、伯父さんや、お祖父ちゃんや。
後は。
十津見先生。
ドキッとした。
もちろん、先生は先生だから。そんなこと言うはずはないし。なのにどうして、思い浮かべてしまったのだろう。
あわてて、その面影を振り払ったけれど。
何だか胸がドキドキして。その夜、忍はなかなか寝付けなかった。
次の日。事情を聞こうと手ぐすね引いているママを、
「ごめんなさい、約束があるから」
と、お姉ちゃんはスルリとかわして出かけてしまった。どうしてそんなことが出来るのか、忍には不思議で仕方がない。忍はいつも、ママに厳しく言われるとどうしたらいいのか分からなくなってしまうのに。
姉妹なのにどうしてこんなに違うのかな、と。自分にガッカリしてしまう。
もちろんママは怒ってしまって、一日中文句を言ったり、お姉ちゃんのスマホにメールをしたりしてばっかりいた。
忍も遠慮して、テレビを見たりも出来ず。おとなしく本を読んでいた。
そのうち、パソコンを見ていたママが驚いたような声を上げた。
「忍。ちょっと新聞を取ってくれない?」
そう言われて。おとなしく忍はママに新聞を渡す。
ママはしばらく新聞をめくったり、記事を読んだりしていたが。
「忍。これ、あなたたちの学校のことじゃない?」
真面目な顔になって、記事の一つを指し示した。
「ネットに載っていて、まさかと思ったんだけれど」
紙面には、『白昼の惨劇』『女子中学生、路上で刺殺される』 という文字が躍っていた。
学校名は出ていないけれど、そこに載ってある地名は。家からも学校からも、電車で一時間ほどの繁華街。そして、殺されたという人間の名は。
小林夏希。
「ネットに、百花園の子だって出てるのよ。新聞には詳しい身元は出ていないけれど」
ママは。忍の顔を覗き込むように見る。
「知ってる子じゃ、ないわよね?」
ママは、どんな返事を望んでいるのだろう。
知らない、と言って首を横に振ってほしいのか。それとも、うなずいて欲しいのか。
新聞の写真。ぼんやりとした、荒い画面。
だけど、そこに写っているのは。
「同じ……クラスの子」
それだけを、忍は絞り出すように言った。
頭がクラクラとして。世界がぐるぐる回った。




