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花園で笑う  作者: 宮澤花
第2部 忍
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1 アリジゴク -4-

「学校で、新しいお友だちとはうまくやってる?」

「うん」

 忍はうなずく。寮で、ルームメイトになった遠山ひかりちゃんの顔を思い浮かべた。明るく親切で、何かと忍の面倒を看てくれる。彼女とはクラスも同じで、とても助かっている。


「そう。本当に?」

 ママは。心配そうに忍を見る。

「心配してたのよ。お姉ちゃんに引っ張られて行ったのはいいけれど、お友だちの誰もいないところで困ってるんじゃないか、って。千草はねえ、要領がいいし、自分で探してきた学校だから何とでもするんでしょうけど。忍はおとなしいから」


 忍は。曖昧に笑う。

 ママは、忍のことを心配してくれている。それは間違いない。大事に想ってくれているのも、知ってる。でも。ママには、何も見えていないのだ。


「大丈夫。私、百花園が好きよ」

 忍が言うと。ママはちょっとだけ残念そうに、そう、と言った。

 本当は、ママは。今も忍に家に帰って来てほしいのだろう。百花園をやめて地元の学校に転入したい、と忍が言えば。喜んで手続きをしてくれるのだろう。

 だけど。


 夕方の体験を思い出して、忍は身震いする。もし、あの時。運よく逃げ出すことが出来なかったらいったい、どうなっていたのだろう?

 ダメだ、絶対に帰れない。ここで。彩名の近くで。また暮らすなんて、出来ない。

 忍はギュッと目を瞑って。早くお皿を空にしてしまおうと、急いで夕ご飯を食べる。


 学校のことを思った。

 あそこには、ひかりちゃんもいるし。

 そして。

 十津見先生が、いる。


 忍は目を開ける。

 緊張に固くなっていたからだから、ホッと力が抜ける。

 先生の姿を思い出すだけで。冷えていた体の中が温まるような気がした。



 お姉ちゃんが受験を進めてくれて。それが、逃げ場のない状況のたった一つの出口に思えて、忍はすぐに飛びついた。

 ママたちは反対で。出席した人だけが受験票をもらえることになっている学校説明会の日も、一緒に行けないと言われた。

 それでも。一人でも行く、と言ったら。好きにしなさいと言われたけれど。


 でも、その日。

 出かける途中で彩名たちに見つかって。からまれて。

「急いでる」

 と言えば言うほど、笑いながらみんなは忍をつかまえて。やっと、会場である百花園に着いた時には、とっくに説明会なんか終わっている時間だった。


 校門を、背の高い男の先生が閉めようとしていて、忍は落胆した。中学でも続く地獄だけが、目の前に待っているような気がした。着てきたスーツもぐちゃぐちゃにされて、白いハイソックスの片方が泥だらけで。

 そんな姿でも、みんなにじろじろ見られても、ひとりで電車に乗ってやって来たのに。

 泣きたかった。この恰好で、家に帰るのも悲しかった。


 そんな忍を、先生はしばらく黙って見つめ。それから、

「何か用か」

 と尋ねた。

「説明会に、来たかったんですけど。遅れちゃって」

 泣き声で答える自分が。ますます嫌になった。


 みじめな気持ちのまま、背中を向けようとした時。

「入りなさい」

 と言われた。振り返ると、先生は校門を少し開けて、忍を手招きしていた。

 そのまま。

 怖い目付きで人を見て厳しい口調で話す、その人は。

 忍を連れて校内を回り、ひととおりの説明をしてくれ。受験票も渡してくれた。

 

 その時、初めて。この学校に来たい、と忍は思った。

 逃げ出すためではなく。この場所に来るために。

 勉強をしようと思った。


 受かった時は、天にも昇る心地だった。

 入学式で、並んでいる教師の列の端にあの人を見かけた時は、胸がときめいた。

 

 それから。

 忍はずっと、十津見先生のことが、大好きなのだ。


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