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花園で笑う  作者: 宮澤花
第1部 千草
79/211

16 百花祭 -6-

 中一(しかも実妹)の太ももに、そんなに注目するのもどうかと思うが。白黒の衣装の中で一点だけの赤が、とにかく目を引くのだ。

 うわ、これアリか。

 私もこの劇の上演を推進した一人だが。こんな刺激的なものをやれとか言ってない。むしろ、おとなしい宗教劇に作り替えろって言ったのに。


 これはサロメだ。改作してあるけれど、聖書じゃなくワイルドの『サロメ』の系統だ。

 いかにもヨハネが主人公の宗教劇みたいな脚本を作って来たけれど。演出がはっきり、サロメが主人公だと言っている。

 間島美空! 上級生の忠告はちゃんと聞けよ! 知らないよ、問題になっても。


 で、舞台の方。ヨハネはとっ捕まって死刑を宣告される。

 ヨハネが自分の清らかさを神に向けて語り、信者たちが周りですすり泣く。まあ、この辺りは宗教劇っぽい。

 刑が執行されるところはさすがに舞台では行われず効果音だけ。信者役の子たちが舞台で一斉に賛美歌(暗いヤツ)を歌う。


 その後。

 暗くなった舞台の上に、スポットがともり。サロメが照らし出される。

 そして。


 会場内に押し殺した悲鳴とざわめきが走る。

 サロメの前に置かれた台の上に。

 ヨハネの首が。


 多分、手品的な何かなのだと思う。

 けれど、その見た目があまりに衝撃的で。客席のざわめきが、止まらない。


 その中で。妹は。いや、サロメはゆったりと、首の置いてある台に近付いた。

 黙ったまま、じっくりと首を眺める。

 その視線が冷たくて。私は何だかゾッとする。

 

 あれは本当に忍なのか? まるで、知らない人のようだ。


 そして、彼女は。

 そのまま客席を見て。

 右手で顔にかかる髪をかき上げ。

 歪んだ顔で、微笑った。


 その微笑みがあまりに異様で。凄まじくて。ざわついていた講堂が、一気に静かになる。

 あれは誰? あれは私の妹じゃない。おとなしくて人見知りな、うちの忍じゃない。


「これで」

 少しかすれた、低い声で。サロメは言った。

 静かな声なのに。水を打ったようになった講堂に、その声ははっきり響き渡る。

「私は大丈夫。もう何も、心配しなくていい」


 それから彼女は。スポットライトの中で。スカートを翻して、くるりと軽やかに回った。

 ガーターベルトの赤が。最後まで不吉に目に残る。


 それからスポットライトは消え。闇の中、讃美歌が響く。「神の使者、その名ヨハネ」だった。歌がキリストの到来を暗示して終わるのと同時に。幕が閉まり、芝居は終わったと告げる。


 そこへ三人の女生徒が出て来た。一人は星野志穂、あと二人は知らない。三人はせーの、と小さく声を合わせ。

「一年竹組の劇、『洗礼者の殉教』を見て下さってありがとうございました」

 と言った。

 それから。

「つい先日。私たちの大切なお友だちが、命を落としました」

「ヨハネのように、清らかな身で無惨に殺されました」

「サロメやヘロデ王のように、身勝手に人を殺す人は許されないと思います」

 何かと思ったら。小林夏希の友人たちの、生の叫びというヤツらしい。


 おいおいおい。誰がここまでやれと言ったのよ。確かにストレートに訴えろとは言ったけどさ。ここまでストレートでなくても。

 客席でカメラのフラッシュが光る。報道の人ではないだろうな。結構何人も来ていたけど。


「主のお怒りが、犯人の元に落ちますように。犯人が一刻も早く捕まりますように、祈っています」

 そのメッセージはそうやって締めくくられたが。

 正直、あの強烈なサロメの後では蛇足に見えた。

 あれは何だったんだろう、今舞台の上で私たちが見たものは。まるで、本当の殺人者があそこにいたような。


 私は首を横に振り。不吉な予感を振り払う。

 横を見ると。克己さんは腕を組んだまま首を垂れ。うつらうつらと、居眠りをしていた。


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