16 百花祭 -4-
さて、そんなことをしている内に。
並んでいる生徒たちの中に、見覚えのある細い姿を見つけた。
「薫さん」
声をかける。クラスか部活の友達に連れて来られたようだ。先日から寮でも私を避けている彼女は、明らかに居心地が悪そうだ。
「克己さん。寮で一緒の、浦上薫さんです。薫さん、この方、私の婚約者」
さりげなく紹介する。
克己さんは、少し鋭い目で彼女を眺めた。
それから、
「こんにちは」
とだけ言った。
「ご、ごきげんよう」
薫は頭を下げて、急いで教室、いや地獄の門の中に入って行ってしまった。
その背中を克己さんは見つめてから。小さく呟いた。
「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」
それは。教室の入り口に掲げてある、ダンテの「神曲」の中の一節。地獄の門に書かれているという言葉だ。
「あの子は、なるべく早く保護した方がいいですね」
そう囁くように言って。
間に合えばいいが、と。彼は、付け加えた。
私たちの計画は、そう複雑ではない。
午後遅く。出し物が終わりに近付き、しかしまだ一般客が帰るピークに至る前。校門近くに、忍と薫を連れてくる。
忍はともかく、薫の方は私の呼び出しには応じそうもないが。そこは、小百合を使おうと思う。もちろん、詳細は知らせずに。薫も、小百合には私ほど警戒していないはず。六年のお姉さまの権威を使えば、きっとついて来る。
そして。校門まで来たところで、三人まとめて克己さんの車で拉致する。もちろん、私も一緒に逃走。
そのまま、近くの町のビジネスホテルにチェックイン。小百合に事情を話し、忍と薫の監視役を一緒にやってもらう。
そして、警察に行って知っていることを話すように、二人を説得する。
拉致先を事務所ではなくホテルにしたのは、主に密閉性の問題である。あの事務所では、広すぎて二人を効果的に監禁できない。
小百合にかんでもらうのは、一応うら若い乙女を相手にするからで。
少女二人の監禁現場で克己さんが監視役の一人になるのはいろいろ具合が悪かろう。という、双方への配慮である。
「分かりました」
計画の大要を話した時、克己さんはそう言ってうなずいたのだが。
「ひとつ問題があります。僕の車のリアには、二人しか乗れないのですが」
「大丈夫です」
私は言った。
「詰め込んでしまえば、なんとかなります。小さなバッグだって、上手く詰めれば驚くほど物が入るものです」
克己さんは眉を上げた。
「定員オーバーは違反なのですが」
「それを言ったら、そもそも他人を無理やり車に乗せて連れ去ることが法律違反です」
私は言った。
「警察に目を付けられないよう、ぜひ安全運転でお願いいたします」
微笑むと。
「君は本当に、とんでもないことを考える人ですね」
と、笑われた。
まあ、そういうわけで。拉致、いや保護予定の三人を克己さんに紹介することも出来たし。お昼ご飯から帰ってきたクラスメートと交代して、私たちも食事に行くことにする。
校内のいたるところで、お茶やお菓子、軽食を出す店が乱立しているが。その辺りはスルー。確実に美味しいモノが食べられるところに行く。
百花園の寮の食事は寮母さんが作っているわけではなく、外の業者が配達している。いい額の寮費を取るだけあって、なかなか美味しい。
今日と明日は寮での昼食がない代わりに、その業者が中庭でお弁当を出してくれる。百花園生は学生証を見せれば無償、外部の人は有料である。私はシチュー丼、克己さんは焼肉弁当を頼んだ。
適当に、芝生に座って食べる。いつもならやらないことだが、今日は席がないからみんなやっている。
「天気が良くて良かったですね」
克己さんの言葉にうなずいた。四年生の時は雨が降って、アレは悲惨だった。結局、お弁当を寮に持って帰って食べたりして。お祭り気分台無しだった。
「午後はどうするんですか?」
「妹が芝居に出るので、それを見に行きます」
と言った。
「それが終わった頃に、妹にもう一度挨拶をさせますから」
克己さんはうなずいた。
つまり、それが。脱走のタイミングだ。
まあ、忍も一所懸命練習したんだろうし。間島美空も燃えてるみたいだったから、一回くらい公演をやらせてやりたい、という私の姉心である。
芝居が終わるのは三時少し前、新しく入って来る人は少ないだろうし、帰る人もまだそんなには多くないはず。後は、校門にいるチェック係の先生たちをいかに出し抜くか、という話になるが。
その点については、多少強引になってもなんとかする。ということで、私と克己さんの意見は一致していた。後のことは考えない。そういう時もあっていいと思う。




