16 百花祭 -3-
お昼になって受付当番が終わり、克己さんが迎えに来るが。それで自由になるわけではない。
今度は我がクラスに向かい、お昼の時間帯の受付を交代する。実行委員の仕事が忙しく、あまりクラスの出し物に関われない私の、せめてものご奉仕である。
「忙しいんですね」
「そうですか? こんなものです」
「僕は、こういう学校行事の時は大概、屋上で寝ていました」
そう来たか。どうやって貴方が小、中、高を卒業したのか、考えるのも怖いです。
「ここは何をやっているんですか?」
「地獄の門、です」
「それは書いてあるから分かります」
「お暇だったら見て来たらいかがですか?」
説明するのも面倒なので、そう言う。そんな話をしている間にも、私たちのところにまた女の子たちが群がって来て……と思ったら。
中で地獄の獄卒となって亡者を鞭打つ役目だった人が、その扮装も解かずにこっちに走って来たよ。
「千草ー! 千草のオトコが来てるってホントー?!」
うむう。本当にお嬢様学校の生徒か、コヤツは。
私は駆け寄ってくる小百合をつかまえて。
「こういう恰好をした女の子が、中で待ち構えている出し物です」
と説明した。
克己さんはうなずく。
「なるほど。コスプレバーのようなものですか?」
そんないかがわしい出し物はしませんよ! ここお嬢様学校!
「お化け屋敷です」
「そうなんですか。でも、女の子ばかりじゃ怖くありませんね」
「この学校には女の子しかいませんから」
それに、女もコワイよ! 言っておくけど。
小百合が声をひそめて聞いてきた。
「コレ?」
小百合さん。お嬢様学校の生徒が、外部の人をコレ扱いしてはいけない。
「寮で同室の白濱小百合さんです。小百合さん、こちら私の婚約者の、北堀克己さん」
双方を紹介する。
「ご、ごきげんよう」
急にビクビクし出す小百合。忍といい、女子校生活は男性に対して過剰な警戒心を抱かせるようになるものらしい。
「こんにちは」
克己さんは穏やかに微笑んだ。
「面白い恰好ですね。君の趣味ですか?」
だから。出し物だってばさ。
小百合は困ったように私を見て。そして、
「よく分かった」
と言った。
「何が」
「お前と結婚するなんて、絶対、頭オカシイ男だと思ったけど。よく分かった」
それはどういう意味かな? 小百合さん、後で覚えておけ。
「とにかく、当番終ったなら着替えて来なさいよ。そんな恰好で、校内をウロウロしないで」
背中をバン、と叩いて追い払う。私は仕事中なのである。
列をなしているお客をさばいている内に。結構な数の好奇の視線を浴びたり、知り合いにからかわれたりした。
もちろん我らの撫子さんもすぐに、例の占い研の出し物用のズルズルしたあやしい衣装で現れる。
「まあ千草さん! 婚約者さんがいらっしゃるなんて、どうして教えてくれなかったんですか?!」
殊更に大きな声で言うのは、絶対に嫌がらせだ。
「ごめんなさいね。私だけの内緒にしておきたかったの」
なんて、爽やかに流しておく。
「まあ。千草さんがそんな女の子らしいことをおっしゃるなんて。すっかり婚約者さんに夢中なのね」
この女。わざと克己さんの前で言ってるな。
克己さんは、私と撫子のやりとりを興味なさそうに眺めている。
「克己さん。寮のお友だちの、瀧澤撫子さん」
厭味で紹介しておく。
「撫子さん。私の婚約者の、北堀克己さんよ」
撫子は、『まあ、これが噂の家賃生活者』みたいな目で克己さんをジロジロ見て。
それから、紹介されたからには挨拶をしなくてはならないということに気付いたらしい。
急に怖気づいた表情になった。完全に女子校の呪いである。
ざまあみろ撫子よ。今日は私の完全勝利だな!
撫子は不器用に挨拶をすませると、すごすごと占い研の出店に戻っていく。
彼女の占いは、的中率が高いと校内では評判なのだが。
私にしてみれば、あれだけいろいろな情報を仕入れていれば、むしろ当たらない方がおかしい、と思う。
占いというのは要するに、悩み事相談だ。あちらこちらからいろいろな裏話を先に仕入れておけば。それにしたがって的確なアドバイスをすることも可能だろう。
そして撫子が占い研に所属しているのは。いろいろな子から、そういう悩み相談を受けたいからだ。
それは、撫子の大好物の噂話の、核心に迫る情報を含んでいることが多い。
瀧澤撫子が放送局だ、ということくらいは百花園生には広く知られた事実だと思うが。それでも、占いが当たるという噂に魅かれて自分の個人情報をバラしてしまう少女が絶えないのである。
少女たち、そんなデマカセに惑わされてはいかん。あの女の占いは間違いなく裏がありますよ!




