15 放課後の挑戦 -5-
私は少し考えた。
この人は、事件の内情を知っているのか?
そうだ、そもそもの最初から。この人は事件の近くにいた。
私は彼を、ただの客だと思ったけれど。そうではないとしたら、彼は何故あそこにいた? 彼は事件に、何かの利害があって関わる人なのか?
もう一度、まっすぐに彼を見る。
しっかりした輪郭の、整った顔立ち。茶色がかった髪と、何よりこちらを心配そうに苛立たしげに見つめている、茶色の目。
「私は」
小さな声で言う。
「あなたを信頼しても、いいんでしょうか」
「君は僕と結婚するつもりだと思っていましたが」
克己さんはちょっと腹立たしげな口調で言った。
「信用していなかったんですか?」
「信用していなくても結婚は出来ます」
そう返事をすると、彼は眉を軽く上げる。
「ついでに言えば、信じることと愛することは別のことだと思います」
付け加えると、ますます眉が上がった。
「それは、僕のことは信じられないということですか」
「まだ、あなたのことをよく存じ上げていません」
克己さんは黙って、指先でテーブルをトントンと叩く。
だいぶ苛々させてるな。
この人を信じられるのかどうか。そんなデータは、私の中に一つもないけれど。
「信じても、よろしいですか」
私は言った。
テーブルを叩く指の動きが止まった。
「私を、助けてくれますか?」
「千草さん」
声が。ホッとした響きを帯びている。
「僕は最初から、そう言っています」
「では、お願いします。助けて下さい。……私と、妹たちを」
その言葉に。茶色い目が、まん丸くなった。
私は続ける。
「妹の忍と、後輩の浦上薫さん。この二人は、私より危険な状態にあると思います。私より、あの子たちを学校から連れ出した方がいい。彼女たちと一緒なら、私もご自宅に参ります。ただ、今日はムリです。薫さんはともかく」
忍とは、寮が違う。柊実寮に入られてしまったら、連れ出すのは難しい。
「明日は百花祭です。その騒ぎにまぎれて、二人を連れ出しましょう。幸い、私は実行委員です。全体のスケジュールは把握しています」
にっこりと笑うと。
克己さんが、呆れたように私を見ていた。
「千草さん。君、本気ですか」
「もちろんですとも」
私はうなずいた。
「戻るのは危ないと言っています」
「寮の中にいる間は大丈夫でしょう? 同室の友人は信頼できる人間ですし、腕も立ちます」
「文化祭は外部の人間も入ってきます。危険ですよ」
「あら」
私は、少し大げさに驚いてみせ。じっと、彼を見る。
「明日はいらっしゃるのでしょう? だったら、守ってくださるんですよね?」
彼は、あんぐりと口を開けた。それから言った。
「君。ずいぶんな悪女ぶりですね」
失礼な。
「素直にしているつもりですけれど」
「下級生の誘拐を教唆されると思いませんでした」
「誘拐じゃありません、保護です」
脱走は問題になるだろうが。
克己さんの言うとおりに、これから何かが起きると言うのなら、あの二人を学校から引き離したい。そのためなら、何でもする。
「参ったな」
克己さんは深いため息をついた。
「僕の奥さんになる人は、とんでもない陰謀家だったようですね」
だから。失礼だな。
紅茶のカップを空にしてから、克己さんは少し前へ身を乗り出した。
「仕方ありません、僕の負けだ。君の指図に従いましょう。ですが、くれぐれも気を付けて下さい。相手はもう、ひとり殺している危険な相手です」
その声は真面目だった。
私はうなずき。
美味しいお茶とお菓子をいただきながら、明日の計画を二人で練った。




