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花園で笑う  作者: 宮澤花
第1部 千草
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15 放課後の挑戦 -3-

 だとしたら、私のするべきことはひとつ。口を閉ざす。諦めたかのように見せかけ、おとなしくしている。そして、相手が油断した隙を狙って。

 信号で車が停止するタイミングを狙ってシートベルトを外し。そのまますばやく外へ……。


「危ない。何をするんです」

 ドアをほんの少し開けたところで、腕をつかまれ、引き戻される。

 その横を、バイクが通り過ぎて行った。

「無茶な人だ。今降りていたら、バイクに潰されていましたよ」

 ううう。後方不注意。そこまで気が回らなかった。


「だって」

 情けないので、八つ当たりする。いや、それも更に情けないけど。

「克己さんの方が無茶です。急に学校を休めとか、辞めろとか」

「困ったなあ」

 車を再発進させながら、克己さんはため息をついた。

「聞き分けてもらいたいのですが。こんなに嫌がられると思わなかった」

 いや、思わない方がオカシイと思うけど。


「分かりました、一度車を停めます。安全なところでゆっくり話しましょう」

 そう言われて。仕方なく、私もうなずく。ここは譲歩するしかないだろう。

 とにかく、車内じゃないところでゆっくりと話して、何とか常識を理解してもらう。それしかないだろう。


 克己さんは右にハンドルを切って、海の方へ車を向けた。すぐに海岸沿いの道に出る。青い海を眺めながら少しの間走行して、それから赤い車は小さな店の前に停まった。


 チェリーハウス、という看板が出ている。見たところ、こぎれいな喫茶店のようだ。

「知人の店です。お茶でも飲んで話しましょう」

 

 知り合いか。そうなると、いざという時に店の人に助けを求めると言うのも難しいかもしれないが。

 とりあえず、ここは少しこの人を信頼してみるか。店の外にさえ出れば、人通りのある道だし。

 と、もしもの時の逃走ルートを確認する私に。

「少し寒いですね」

 克己さんは声をかけ、風を遮る位置に立ってくれた。


 その背中が広くて。また、ドキッとする。女の子たちとは違う高い背丈、がっしりした肩。

 この人は、男の人なんだ。


 薫の生々しい話が。ヘンな時にフラッシュバックする。

 もし、もし本当にこの人と結婚したら。それはつまり、そういうことで。私、この人と。

 あの腕に抱かれて。あの肩に、あの胸によりそって。

 それで。


「千草さん?」

 呼ばれて、心臓が停まるかと思った。

「店に入らないんですか?」

 そうでしたね。

 真昼間の戸外で、あらぬ妄想にふけってしまいました。恥ずかしすぎる。


 克己さんが店のドアを開けると、チリンチリンと軽やかにベルが鳴った。アンティークっぽい、いい感じの内装の店には他に客はいなかった。

 カウンターの奥にいた、長めの茶髪をゴムで束ねたチャラい兄さんが、顔を上げてこちらを見る。

「あ。北堀さんだ、いらっしゃい」

 ホントに知り合いなんだな。


 それからチャラ兄さんは、克己さんの後ろに立っている私をジロジロ見る。

「おお! 北堀さんも女の子を連れている。どうしちゃったの、北堀事務所は最近。この前、ヘイシン先生も女の子連れて来たよ、もうちょっと若い子。あの人ロリコンだったんだね、オレ驚いちゃったよ。その制服、百花園だよね、いいなあ、オレも女子高生や女子中学生と付き合いたい。誰か紹介して」

 マシンガンのようにしゃべりまくる。しゃべり方もチャラい。うわ。よりによって、一番苦手なタイプ。


 引き気味の私に気付いたのか、克己さんはチャラ兄さんを追い払うような仕草をした。

「葉桜くん、うるさい。ちょっと彼女と話がしたいから、君は黙って仕事をしてきなさい」

「えー」

 チャラ兄さんは不服そうな顔をする。

「じゃ、仕事下さい。ご注文は?」

「アフタヌーンティー」

「承りまっしたー」

 と。私にヒラヒラ手を振りながらカウンターに戻る兄さん。あの人が作るのか? マトモなものが出て来るんだろうか。


 海が見える席に座る。駐車場に、克己さんの赤い車がぽつんと停まっている。

「あの。ヘイシンさんって誰ですか」

 黙っているのが気まずくて、聞いてみる。

「前に話した僕のパートナーです」

「外国人なんですか?」

「ヘイシンは葉桜くんが勝手につけたあだ名です。葉桜くんは、人に変なあだ名を付けて喜ぶ癖がある」

 ふーん。


「その人。ロリコンなんですか?」

 今。その手の話題には大変敏感ですよ、私は。

「どうかなあ。知りません。今度、聞いてみたらどうですか」

 と言われた。そんなこと言われても、知らない人だし。ていうか、ロリコン疑惑のある人と一緒に事務所経営してるの、この人。やだなあ。


 お茶が来た。趣味のいいポットとティーカップ。そして、ティースタンドにきれいに並べられたサンドイッチとスコーンとプチフール。

 こんな本格的なものが出て来ると思わなかったので、びっくりした。この兄さんの雰囲気から、てっきりバッタものっぽいのが出て来るかと。


「お嬢さんにはー、とっておきのヌワラ・エリヤ。ストレート派でしょ?」

 にこっと笑うと、それなりにイケメンだ、この人。

 そしてその通り。ティー単独で飲むならミルクティーもいけるが、食べ物と組み合わせる時はストレート派である、私は。


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