14 警告 -5-
「それまではこの話が外に漏れないようにしてもらいたいが、出来るかね?」
深森博士が言った。
私はうなずく。
「真綾。私は少し考えたい」
博士の言葉にまあちゃんはうなずき、右手から博士を外した。……って、何かシュールだな、ホントに!
そして、博士は棚の上に戻され。私とまあちゃんは二人で向かい合う。いや、初めから二人だったんだけどね! ややこしいな、もう。
「とにかく、これは預かった。出来るだけ早く、上の人に報告するから」
まあちゃんはバッグをしっかり持って、そう言った。
「お願いします」
私は頭を下げる。
「でも。聞いていいかな」
まあちゃんは私を見る。
「何で私に? 担任の先生とか、他に適任者はいたんじゃない?」
私も。まあちゃんを見返す。
「いろいろ考えて。先生が一番相談に適した方だと思いました。朝倉先生なら騒ぎ立てず、冷静に対処してくれると思いましたし、真摯に話を聞いて下さると」
正直な気持ちを言う。
「それに。全校生徒の体の不調を知っていらっしゃるのは先生です。先生なら、薬物と援助交際というキーワードから、何か手がかりを発見できるのでは、と思いました」
「そっか」
まあちゃんは微笑んだ。
「そうだね。今の話で、私なりに考えることはあるよ。ごめん、個人情報になるから話すことは出来ないけど」
私はうなずく。
それでいい。私たちが集めた情報が、何かの役に立つなら。
今、この学校で起きていることを終わらせられるなら。
「信頼してくれてありがとう。頑張るからね」
その言葉で。私も、肩の荷が下りたような気持ちになった。
「でも」
やわらかい声が。確認を取る。
「本当に、このバッグの持ち主に心当たりはないのね?」
小さく。まあちゃんに気取られないよう、小さく小さく、息を吸い。
「分かりません」
と。サラリと、言った。
そう、と、まあちゃんはうなずいた。
「先生」
これだけは、伝えなくてはいけない。
「そのサイトのせいで、今も苦しんでいる子たちがたくさんいるはずです。薬物と関連しているなら、心にも体にもいっぱい傷を付けられて、逃げ場もなくて辛い思いをしているはずです。お願いします、彼女たちを助けて下さい」
「うん」
まあちゃんは真面目な顔でうなずく。
薫の妊娠のことも、言いたい。言いたいけど。今はまだ、きっと早い。
薫の心が決まってから出ないと。私の口から、特定できる個人を知っているようなことを言うのは避けなくてはならない。
「絶対に、何とかしてみせる。安心して」
保健室の主は力強く、そう言った。
今も薫は苦しんでいる。もしかしたら、忍まで。
あの子たちを助ける。それが何より大切なことだ。
だから、お願い。どうか、あの子たちを救ってほしい。
朝倉真綾ならきっと。学校の体面なんかより、そちらの方を優先してくれる。
それを確認できて、私はホッとして一礼し、保健室を去ろうとした。
その時。
「気を付けてね、雪ノ下さん」
まあちゃんが。いつもと違う、沈んだ声で言った。
「もう二人も犠牲になってる。これ以上、生徒が悲惨な目に遭うのを見たくないの」
その言葉が。不吉な棘のように、私の胸に刺さった。
保健室を出て、大きく息をつく。
これで、自分に出来るだけのことはした。一介の学生には、これが精一杯だ。
後は、警察と学校がうまくやってくれることを祈るしかない。
薫は望まないかもしれないけれど。
このまま、都合の悪いことを見ないフリして進んでいっても、袋小路に突き当たるだけだ。正面から向かい合わなければ、道は開けない。
だから、全てを陽の下に晒す。それが、私が選んだ解決だ。
そこを立ち去ろうとして。
遠ざかっていく足音を聞いたような気がして、ビクリとする。
誰かが聞いていた?
まさか。ナーバスになっている自分に、私は苦笑する。
私が狙われる? そんなことは有り得ない。
私は一連の出来事の、部外者に過ぎない。
さっきの話を、聞かれてさえいなければ。
そう思って。また、ゾクリとした。




