14 警告 -4-
「はじめまして。雪ノ下千草、六年松組です」
おそるおそる、そう自己紹介してみる。深森博士は鷹揚にうなずいて、
「今日はどうしたのかな?」
と、穏やかに言った。
いや、もちろんパペットなわけだから。そう感じるのはまあちゃんの人形操作と声色のたまものなんだけど。
こんな隠し芸があったとは。人形劇団とかでもやっていけるのではなかろうか。
「実は」
私は一瞬ためらい。すぐに決心した。
ここへ来た用事はひとつだ。それは素早く済ませなくてはならない。
持ってきたカバンを膝に乗せる。
「先生、今日ここへ来たのは……」
まあちゃんの目をまっすぐに見ようと顔を上げると。
「何かな」
深森博士に遮られた。まあちゃん……凝り性。あくまで私は深森博士と会話中なんですね、そうなんですね。
何だか脱力した。
「あの。これ。学校の隅で、拾ったんです」
「遺失物なら事務室に届けた方が良いのではないかね?」
とおっしゃる深森博士。博士、うちの学校の内情にお詳しいんですね。
私は首を横に振った。
「中身を検めていただきたいんです」
まあちゃんと深森博士が顔を見合わせた。小芝居長いな!
少ししてから、まあちゃんがいつもの声に戻って。
「分かった。開けてみるね」
と言った。いったん深森博士を手からはずし、テーブルの上に座らせてから。バッグのジッパーを、ゆっくりと開ける。
中味をひとつずつ、テーブルの上に置いた。スカート。ブラウス。ストッキング。靴。化粧ポーチ。そして、あの封筒。
「これは?」
そう聞いたのは、もうまあちゃんではなく深森博士だった。装着速い。
「ほう、少女の着替え一式のようだね」
触って見ている。興味津々の様子だ。
「衣装よりも、その封筒を見て下さい」
私は自分のペースで話すことにした。構っていたら、先に進まない。
「落とし主の手がかりがあるかと思って、私、一度これを開けてみました。それで、その封筒を見て。これは先生方にお任せするべきだと思ったんです」
まあちゃんは少しためらってから。封筒を手に取って、中を見てみる。
小さなビニール袋に入った、お香を見つめるまあちゃんに。
「分からないですけど。それ、警察の人が探してるモノじゃないでしょうか。そう思って、ここに持ってきたんです」
「どうしてそう思ったのだね?」
深森博士が聞く。
「さっき、君はそれを中庭で拾ったと言ったな。真綾から、女学生たちの間でそのようなものが流行しているとも聞いている。どうして、これを不審に思ったのかな?」
人形にツッコまれるのは想定外だが。質問自体は想定内のものなので、私は黙って、スマホを取り出す。
『妖精の園』を表示させた。今はもう放課後扱いだから、携帯の所持は自由だ。
「最近、こういうものがあることを知りました。学校の裏サイトみたいです。そして、ここではとても口に出せないようなことが行われています」
私は。お花屋さんのページを開ける。そこには今日も、あからさまな「買い」希望の書き込みがされている。
深森博士の後ろから、画面をのぞきこんだまあちゃんの顔が険しくなった。
「これをきみの学友が?」
博士が言う。
「証拠はあるのかね」
「知りません。でも、警察の方々がまだご存知ないなら、調べていただく価値はあるのではないでしょうか」
私は言った。
「被害に遭った小林さんと大森さんの手荷物に薬物があったと、学校からの説明にありました。だから、もしかしたら、と思ったのです」
沈黙が落ちる。それを破ったのは、またしても深森博士だった。
「真綾。これは由々しき問題だな」
「はい、深森博士」
どうでもいいけど、まあちゃんホント芸達者だな。大したものだ。今、この場面で披露してくれなくても良かったんだけどね。
博士は私に向き直る。
「分かった。このことは我々に任せてくれるね?」
私はうなずいた。
そのためにここへ来たのだから。
「今は、学院祭の準備で教師たちもごった返している。すぐには表だって動けないが、必ずしかるべく処理しよう。信頼してくれるね?」
もう一度、うなずいた。
「その時は、他の先生や、警察から事情を聴かれるかもしれないけど……」
まあちゃんがいつもの声で、申し訳なさそうに言う。
「承知しています」
私はうなずく。それは覚悟の上だ。こんな物を出せば、私自身が薬物や売春をやっていたと疑われかねないだろう。
だけど、私は無実だ。叩いてもホコリは出ない。問題ないだろう。
警察の皆さんに、ちょっと余計な捜査をしてもらうことになるだけの話だ。




